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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
11/96

第11話 リーテシア 苦難の幕引き

思わず駆け出していた。

冷静に考えれば、ああ何という愚かな行為だったのか、とさぞかしこの時の自分が滑稽(こっけい)に見えただろう。

冷静になれていない今でさえ、なぜこんな行動をしてしまっているのか分からない。


剣士の青年が大剣を手放して、魔獣との距離をとった。


リーテシアにとって、その光景は絶望以外、何物でもなかった。

戦うための武器を失ったのだ。

残る道は魔獣たちに(なぶ)り殺しにされるだけの未来しかない。


彼女は青年に向かって走る。

一体、彼のところに向かっていき、何ができると言うのか。

実際、何もすることはできないだろう。

むしろ足手まといとなり、事態が悪化する可能性の方が高い。

そんなことは分かっている。

でも止まらない。

自分がもし何か行動をして、それで未来が少しでも良い方向へ変わるのであれば――、そんな可能性が微塵でも残っているのであれば、足掻くべきではないのか。

そう本能が告げている。

だから足を動かし、精神はこれから放つ魔法を想像する。


「うわぁぁぁぁっ!!」


自身の恐怖心を紛らわすための声をあげ、リーテシアは右手を彼に一番近い魔獣に向け、魔法を放った。

風の魔法だ。

魔法で全力を出す、というイメージがリーテシアには沸かなかったが、少なくとも自分が想像できる最も凶悪な暴風――砂嵐(フール)を想像し、それを標的にぶつけるよう右手に力を込めた。


歪な魔法陣が砕け散り、魔法が発動する。


「・・・・・・!」


ヒザキはとっさに腕で顔を覆う。

幾つもの風が絡み合うように重なり合い、魔獣の周囲に小さな渦が発生する。

渦は中心から徐々に広がっていき、周囲の小さな岩を拾い上げていく。

風という力に引き寄せられ、無造作に舞い上げられていく岩が魔獣たちにぶつかっていった。


「グゥゥゥオオオォォォッ!?」


「ギィィイィィッ!?」


間違いなくリーテシアにとって、過去最大の威力であった。

今までそういう場がなかった、というの事実だが、この場合は全力を出しても構わない相手だった、というのが力を引き出せた一番の要因のようだ。

並みの人間がこれをまともに受ければ、重症どころか命を失う危険性すらある。それほどの威力であった。


しかし・・・。


魔獣たちは足の爪を地に深く食い込ませ、両腕で顔を守るようにして小さな嵐の渦に耐える。

確かに体にはいくつもの岩の破片が当たり、多少のダメージは与えているようだ。

それでも、魔獣は倒れない。

それどころか、腕の隙間から光る赤い目は「この嵐が静まったとき、こちらの番だ」とでも言わんばかりに、殺気に満ち溢れていた。


「・・・ぁ・・・」


膝に力が入らなくなり、リーテシアは崩れ落ちる。

地面に体を打ち付ける前にヒザキが彼女を抱え上げた。


「どうして逃げなかった?」


腕の中に抱えられたことに気づいたリーテシアは慌てて体を起こそうとしたが、まったく手足に力が入らない。まるで自分の体がどこかへ消えてしまったような不安感に襲われる。


「・・・魔法の使い過ぎ、だな。今の魔法で君の限界に達してしまったのだ」


「ぁ・・・す、み・・・ません・・・」


「何に対して謝る? もし俺が抱えていることについてなら謝る必要はない。だが・・・もし、君が今日の君自身の行動について、謝りたいことがあるのであれば・・・まあ後で聞いてやるさ」


「・・・・・・っ」


彼の言葉はどこかリーテシアの胸の奥に刺さるものがあった。

そうだ。

今日の自分は信じられないほど、冷静さに欠けた行動ばかりだった。

それが上手く行くこともあれば、今みたいに逆に足を引っ張ることもある。

どこかそれらの失態を誰かに謝りたい気持ちがあったのかもしれない。

それを彼は察したのだろうか。

それ以上の続く言葉はなかったため確信はできなかったが、リーテシアは「きっとそうなのだろう」と思った。


不意に嵐の中から魔獣の咆哮が響く。

どうやら魔獣たちが動ける程度に魔法も弱まってきているようだ。風の音も徐々に静まり始めている。


「そろそろ、この戦いも終わらせなくてはな」


「ど、やっ・・・」


どうやって、と声に出そうとしたが上手く行かなかった。

しかし言いたいことは伝わったらしい。

ヒザキは一つ頷き、続けた。


「君の魔法は粗削(あらけず)りだな。おそらく誰かに教えを乞う機会がなかったのだろうが・・・おそらくこれから君の魔法の資質は伸びるだろう。稀有(けう)な特性も持ち合わせているようだしな」


稀有?

特性?

何のことか分からず、しかし自分の素質を褒められていることは理解できたので、リーテシアは腕の中で固まってしまう。


「さて・・・俺は魔法師ではないからな。あまり器用なことはできない」


当然だ。

魔法師であれば、あんな大剣を携えて前線で戦うスタイルなど取らない。

アイリ王国筆頭の近衛兵隊長のミリティアなど、魔法の素質に恵まれ、合わせて腕に自信を持つ猛者(もさ)となれば話が別だが、大半の魔法師は陣形の後方に位置取るのが常道と言われている。


リーテシアは目を見開いた。

気づけば、眼前に浮かび上がる魔法陣があった。

「火」を表す型の魔法陣だ。

しかし、どこか自分が放つ際の魔法陣とは違和感を感じた。

魔法陣を形成するラインから、鈍い(くすぶ)った火が漏れているように見えた。魔法陣を形成する光の線は、あくまで魔法を発現するためのものであって、それ自体に属性を持つことはない。しかし、目の前にある魔法陣のラインには明らかに「火」の属性が込められている印象を受けた。

火の粉が魔法陣からあふれ出てくる。


(なに・・・、これ・・・? でも、何だか・・・)


リーテシアの双眸に映る燻った火の光は、どこか幻想的に思えた。


(きれい・・・)


「だから、俺はこれしかできない」


言葉を続ける青年の顔を見上げる。

瞬間、魔獣たちが雄たけびを上げながらこちらに向かってくる。

風の魔法は完全に姿を消していた。

ヒザキの魔法に気づいたのか、魔法が発動する前にこちらの息の根を止めんとばかりに、血走った眼を見開きながら三体の魔獣が猛然と向かってくる。


「・・・っ!」


息を飲む。

しかしそんな光景も他人事のように淡々とヒザキは魔法を締めくくる言葉を告げた。

それは実に単純な一言だった。


「燃やせ――」


魔法陣が砕け散る。

砕けた魔法陣から大量の炎が沸き上がり、やがて(まばゆ)いほどの光で周囲を埋め尽くす。


それは「火」と表現して良かったのか・・・リーテシアには分からなかった。

彼の魔法が生み出したのは「火」であったのは間違いない。

しかし、魔法陣が砕け散った後に出現した膨大な炎は、一瞬で圧縮されたように見えた。圧縮された炎は赤い光を放つ光体となり、そこから何本もの赤い光線が魔獣たちや周辺に向かって無造作に放たれていった。


そのあとは実に呆気ない幕切れであった。


赤い光線の通り道にいた魔獣たちは、まるで豆腐を箸で崩すかのように溶かされ、四肢を分断されて絶命した。

この魔法はあまり精密に相手を定められないのか、何本かの赤い光線は空に向かっても放たれ、頭上の雲を少し赤く染めたかと思うと、そのまま消えていった。

赤い光線が通った地表が赤く燃えている。

その熱気にリーテシアは先とは別の意味で息を飲んだ。


(これは・・・ま、魔法、なの・・・?)


燃やす、と同義の現象とは思えない。

では何かと問われれば、リーテシアにその回答を導き出す知識はなかった。

相応しい形容の言葉も見つからない。

熱気に照らされ、汗が額や頬を伝って落ちていく。


「見ての通り、精度はイマイチだからな」


ヒザキの言葉にリーテシアはハッと顔を上げる。


「それに環境にもあまり宜しくない。だからあまり使いたくはなかったのだが・・・まあ火急の事態というやつだ。仕方なかった、ということにしておこう」


どこか独り言のように呟き、彼はリーテシアを右手で抱えながら立ち上がった。


「わっわわっ・・・」


唐突に視界が高くなったため、慌てふためくリーテシアに「おいおい、暴れるな」とヒザキはたしなめた。


「悪いが少しだけここで待っていてくれるか」


彼はリーテシアを手ごろな岩に座らせ、踵を返すと、すたすたと未だ炎で燻り続ける灼熱の中へ足を進めていった。


「ちょっ・・・!?」


その行動に目をむくが、彼にとっては大した行為ではないのか、涼しい顔で灼熱の地を歩いていく。

やがて赤黒く燃えている魔獣に刺さっていた大剣を抜き取り、刀身を確認する。


「まだまだ俺の相棒は続けられそうだな・・・」


そう言って大剣を腰にある鞘に納める。


「む」


が、高温を帯びていた大剣の刃は鞘をあっさりと溶かし、再びむき出しの状態で地面に突き刺さった。

戦闘中ですら表情に変化がなかったヒザキだが、この時ばかりは少しだけ間の抜けた表情を浮かべていた。

その変化にリーテシアは少し安心した。

何故安心したのだろうか?

分からないが、そういう気分であった。


若干、肩を落としつつ抜身の大剣を右手に持ちながら、リーテシアのところに戻る。


「あの・・・剣、熱くないですか・・・?」


あの灼熱に炙られていたのだ。

刀身は勿論のこと、柄まで熱が溜まっていてもおかしくはない。

その問いに彼は握った剣をリーテシアに見えるように持ち上げ、


「まあ我慢できる範囲だ」


と短く答えた。


(何だか手からジュージューって音がする・・・ほ、本当に我慢できる程度なの・・・?)


そんなリーテシアの心配を他所に、「そういえば」と話を続けられた。


「名前を聞いていなかったな。俺の名はヒザキ、だ」


ヒザキ。

あまり聞かない響きの名前だった。


「あ、えっと・・・ヒザキさん。私はリーテシアと言います。リーテシア=アロンソです。よ、宜しくお願いします」


「ああ。いい名前だな。よろしく」


無表情で「いい名前だな」と言われても、社交辞令にしか聞こえてこないのが悲しい。

ヒザキは熱を帯びている剣を適当な地面に突き刺し、少し離れた岩の陰で未だ気を失っているラミーのところへ歩いて行った。そして先ほどのリーテシアと同様に片手で抱き上げ、リーテシアのところに戻ってくる。


「あ、ありがとうございます・・・」


感謝を伝えられないラミーの代わりにリーテシアはがお礼を言ったが、ヒザキは「気にするな」と首を横に振った。ラミーをリーテシアが座っている岩を背にする形で寝かし、ヒザキは一つ息をついた。


「さて・・・早々に君たちを国に戻したいところだが、あいにく俺の左腕はこの通り無くてね」


何も通っていない左袖に目を向けつつ、リーテシアは「は、はい」と答えた。


「体に力が入らない君と、気を失っている子を抱えて戻るのは中々に厳しい。体制的にな。どちらかがしがみついてくれれば問題はないのだが・・・」


「す、すみません・・・喋ることはできるのですが・・・まだ、体に力が入らなくて・・・」


「そうか」


無表情に言葉を返され、さらに委縮してしまう。


(うぅ・・・この人、笑うことってあるのかな・・・?)


そんな失礼なことを考えている間にヒザキは膝を折り、リーテシアを挟んでラミーの反対側に岩を背に腰かけた。あまりに近い位置だったため、リーテシアは自然と緊張してしまった。その緊張を無意識に隠そうとしたが、どう隠したら良いのかも分からず、そんな無意識下の自己問答に体が反応しきれず、妙にそわそわとしてしまう結果となった。


「まあ少し休もう。大方もうすぐ助けもくるだろう」


「あ、はいっ」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


会話が途絶える。

人と人のコミュニケーションには、言葉以外に雰囲気というものがある。

例えば会話をしなくても自然体でいられる仲がある。これは互いに気心が知れた仲であり、ある程度、相手に気を許していれば感じる雰囲気の一つである。逆に会話がないと妙に気持ちが落ち着かず、無駄に喋ってしまい、ネタが切れればまた黙ってしまう。そんな嫌な繰り返しをしてしまう仲もある。大抵が「相手のことがまだよく分からない」段階で見られるものである。

まさに今がそれだった。

リーテシアはそれに増して、相手の顔色を窺ってしまう性格もあり、尚更今の無言の空気に落ち着きを失っていた。


(ど、どうしよう・・・何か喋った方が、いいのかな? で、でも・・・何の話題がいいんだろう・・・。あんまり続かない話を振っても・・・逆に失礼そうだし・・・ええっと、えっとー・・・)


目をぐるぐる回し始めるリーテシアに気づいたのか、ヒザキは少し彼女を見上げ、また視線を前に戻し、少し思案する。


「リーテシア」


「ひゃい!!」


いきなり名を呼ばれ、力んで変な声を出してしまった。

恥ずかしい。

もうどこか誰もいないところに逃げ込みたい。


「まだ聞けてなかったのだが、どうして逃げなかったんだ? その少年を担いで逃げるのは君の力では難しいことではあるが、それでも少しずつ国の方へ移動することはできたはずだ」


「あ・・・」


「無理に聞き出しはしないが・・・まあ、小話程度に話せることなら、聞かせてほしい」


ヒザキと目が合う。

彼の落ち着いた雰囲気が影響したのか、リーテシアは自然と冷静さを取り戻していった。


「あ、えっと・・・その・・・」


「・・・」


リーテシアが頭の中で何をどう話すべきか整理している間、ヒザキは黙って次の言葉を待った。


「その、ですね・・・怖かった、と思うんです」


「怖い?」


それならば尚更逃げるべきだろう、と続けようとしたが、ヒザキはその言葉を寸前で飲み込んだ。この少女が同年代の子供よりも物事の考え方が()けていることは、この短い間のやり取りの中でも感じ取れている。だからこそ、ここで話の腰を折るような真似は無粋だと判断した。


「はい・・・あの、ちょっと言いづらいことなんですけど・・・実は国の門が開けっ放しだったんです・・・」


「ああ、そうだったな。門を開ける必要性があったから開いていたわけではないのか?」


あの戦いの最中(さなか)で、どうやらヒザキは門の状態も見ていたようだ。

そのことに心中驚きを覚えながらも続ける。


「その・・・門の衛兵さんたちがいない状態で開けっ放し、でして・・・」


「それはまた・・・」


「なので、もし・・・魔獣たちがあの門から入っちゃって・・・、っ、その・・・国の皆を、孤児院の皆を・・・」


「・・・そうか」


魔獣に殺される、という言葉をリーテシアは上手く口にすることができなかった。

言葉にすれば、嫌が応にもその光景を想像してしまう。それは彼女にとって想像すらしたくない凶事である。


「だから何とかしなくっちゃ、って・・・何ができるか分からないけど、でも何かできるならしたいって・・・思ったんです。それが逆に悪い方に行っちゃっても・・・何もしないでそうなるより、マシなんじゃないかな、って・・・。今思えば、何だか自分勝手ですよね・・・」


「安心しろ。そもそもはその衛兵が職務を全うしなかったがために発生した考えだ。誰かを責めるというのなら、その原因を作った衛兵だろう」


「あ、ありがとうございます・・・」


話しているうちに少し手足の感覚が戻ってきた。

じんわりと指先に温かさが広がっていく感触がある。


「リーテシアは国が好きなのか?」


「え?」


「お前は国民の安否を気遣った。自分の身の危険よりも、そちらが重いと判断したんだ。だから残ったのだろう? それとも違うのか?」


ヒザキの質問にリーテシアは心の淵に迷いを感じた。

その迷いが何なのか、紐解くように話し始める。


「そう、ですね・・・国、というより・・・。あ、私、その孤児院に入っているんですけど、その孤児院の皆は大好きです。先に降りたサジや、そこのラミーとはあんまり馬が合わないですけど・・・それでも大事な家族の一人だと思っています。ラミーにはちょっと今日のことで文句を少し・・・かなり言いたいですけど。でも・・・」


「・・・」


「今の国が好きか、と言われれば・・・私は――」


一瞬、言葉にしようかどうか迷う。

これは自分の住む国に対して言う言葉なのか。

今まで、その気持ちを誰かに話したことはない。

親代わりのレジンや仲の良いシーフェにも打ち明けたことはない。

でも何故だか、今は無性にそれを聞いてほしかった。

誰かに聞いてほしかったのだ。


「私は・・・、この国が嫌いです。できれば・・・いつかここを出たいと、そう思っています」


「そうか」


思いのほか短い回答に、リーテシアも口をつぐんでしまう。

その一言はどんな意味を持っているのか。

呆れか、怒りか、それとも興味がないのか。

彼の口調は淡々とし、表情も起伏がほぼない。

だから、その一言では彼の心情を全く察することができないのがリーテシアには不安でたまらなかった。


「そうだな」


「?」


心のモヤモヤと格闘していたリーテシアは、その一言で我に返る。


「俺は別にこの国で長年暮らしているわけでもないし、特別思い入れがあるわけでもない。だからお前と同じ目線での感情は抱けないだろう。だからその気持ちに同意もできないし、意見もない」


「は、はい・・・」


「だが共感はできるな」


「・・・え?」


思わず目が合う。

ヒザキの目はどことなく眠そうな感じだが、その奥にはリーテシアの言葉を受けて真摯(しんし)に答えようとする意志を感じた。


「共感はできる。この国は長いこと時の流れに身を任せすぎた。抗うことも、変わることも諦めてな。それに付き合わなくてはならない国民の感情を思えば・・・まあ、俺も国民であったのなら、そう思うかもな」


「ぁ・・・」


「お前の人生だ。決めるのはお前だ。だが、もし・・・その道に力が必要なら。まあ、これも何かの縁だ。その時は少しだけ手伝ってやるさ。暇だからな。だから――」


ヒザキは右手に熱が残っていないか(てのひら)を開閉して確認して、問題がないと判断した後、リーテシアの頭を撫でた。


「あんまり泣きそうな顔をするな」


「・・・っ・・・」


気づけば涙腺が緩んでいた。

どうやら、リーテシアは自分の思いの(たけ)を聞いてほしかっただけではなかったようだ。

聞いてもらった上で、誰かに――、自分以外の人の意見を聞きたかったのだ。

この想いは間違いなのではないか。

この想いは悪ではないのか。

この想いを抱く自分はこの世界に不要なのではないか。

今朝もレジンとの会話で自分の想いがどれほどのものか迷いも生まれた。その経緯も加わり、もう自分自身でもそれが本心なのかどうか分からないぐらい、形のない不安として渦巻いていたのだ。

大人が聞けば「なんだ、そんなこと」と笑ってしまう程度の悩みなのかもしれない。

だがまだ多くの人との交流を経験していない、知識だけが背伸びしてしまっているリーテシアにとっては感情を大きく揺さぶるほどの経験であった。


慌てて袖で涙をぬぐう。

恥ずかしい。

けど嬉しい。


「え、えへへ・・・す、すみません・・・。でも、何だかちょっとスッキリしました」


「そうか。お前は誰にも相談しないで一人で考え込むタイプだな。そういう人間はいつか精神に限界が来る。今のうちに他人に頼る癖をつけておいたほうがいい」


「ぁ・・・はいっ」


レジンにも今朝「大人を頼ってほしい」と言われたばかりだ。ヒザキもそういう意味で「手伝ってやる」と口にしたのだろう。

今の気持ちを思えば、そういうことだったのかな、と深く納得できた。


風向きが変わる。

風になびく黒髪を抑えながら「あ、手足がちゃんと動く」と思いつつ、上空を見上げる。


「お迎えだな」


「えっ?」


そう呟くヒザキの視線を追うと、アイリ王国の方角から何かが文字通り飛んでくる。

風を纏う人影。

それはリーテシアも見たことのある人物だった。



その後、現地に到着したミリティアに保護してもらったリーテシアとラミーは、無事アイリ王国へ帰ることができた。

しかし、言うまでもなく帰ってきた孤児院で待っていたものは――



*************************************



「・・・一週間、飯抜きって、それ死なねーかな・・・」


「マジで、いやほんと・・・死ぬって、なあ?」


「しかし、泣きながら怒るって・・・俺、ばーちゃんのあんな顔、初めて見たわ・・・」


「俺もだって・・・なんつーか、さすがにヘコんだわ・・・」


「ああ・・・」


「・・・」


ラミーとサジは無事、端っこ孤児院に返ってくると、ミリティアから事情を受けて急いで引き返してきたレジンに叱られた。それはもう盛大に。安堵からくる涙と、その安直な行動への怒り。それを見事に同時に体現したレジンはリーテシアも含め、三人に対して3時間ほど説教を続けた。


もはや拳骨で済ませる余裕もなく、いかに自分たちが危険なことをしたのか、いかに周囲の人間に心配をかけたのか。いつもは論理的に説教をする御仁も、今日に限っては感情ばかり先走りって、そんなことばかりを子供たちに言い続けた。


リーテシアは当然のことながら、サジやあのラミーでさえ、何も言えずにその説教を受け入れた。


さらに朝にレジンから伝えられていた「冷所にあるご飯」のことを端っこ孤児院の残った子供たちに伝えてなかったこともあり、冷所のご飯の存在には気づいていたのだが、食べていいかどうか分からず、結局のところお腹を空かせながら待っていたらしい。

そのこともあり、若干、他の子供たちから非難の視線も浴びてしまった。


ラミーとサジは端っこ孤児院の前にある石段に腰かけ、反省の念を醸し出していた。

しかし数分もたたず、ラミーが立ち上がる。


「あん、どうしたんだ?」


サジの問いかけに、ラミーは腕を組んで息を吐く。


「俺はよー・・・今回はマジで情けねー感じだったわ。最悪、ああ最悪だよ・・・マジで最悪だったわ」


「俺も人のこと言えねーけどな・・・結局、いの一番に逃げちまった・・・」


「はっ、俺なんか、黒髪に助けてもらわなきゃ、今頃お陀仏だったらしいぜ!? とんだお荷物だよ・・・けっ!」


感情任せに足元の砂を蹴り上げる。

その砂を口に吸いこんでしまったらしく、間抜けに何度も咳き込んでしまった。


「・・・」


「・・・」


二人は黙り込む。

今回の件は二人にとって、苦い思い出にしかならなかった。

好奇心から始まったものだったが、結果的に多くの人を巻き込み、レジンを泣かせる事態に発展してしまった。

この経験は悪いものではあるが、無駄にはならない。

二人は意識しているわけではないが、しかとその経験は彼らの奥深くに刻まれた。

それが今後、将来にどういう影響を及ぼすのか。

まだ彼らはそれを知ることはない。


「へっ・・・まあアレだな」


「ああ、アレ、だな」


「ばーちゃんの泣き顔なんてのはー、見るに()えねえってことだ」


「ああ、もう二度と見たくねーわ」


「おーよ・・・だからよ」


ラミーは孤児院を見上げる。


「俺は強くなる・・・なってやるぜ、なあ黒髪! テメーにも負けねー! ばーちゃんにも誰にも心配なんか、かけねーぐれーに強くなるぜ!」


「負けねーぞ、ラミー?」


「言ってろよ!」


何かが吹っ切れたかのように笑う二人。

それはいつもの無邪気に遊んでいるときの顔ではなく、一つのステップを上った後の少年の顔であった。


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