スタート その1
一・二限目、ロングホームルーム。
「さて、それじゃこのままの流れでロングホームルームに入っちゃうよー」
桜庭先生はそう言って、黒板に何やら箇条書きしていく。どうやら委員会らしかった。
学級委員に始まり、風紀委員、保健委員、図書委員、放送委員、文化祭・体育祭の実行委員など、一般的な高校にある委員会が並ぶ。
「まずは委員会から。といっても全校生徒三十二名なんで、多少穴があっても仕方ないかなーという感じです」
確かにここにいる人数だけでは、各委員会を組織することは難しそうだ。
「なのでまあ、雰囲気だけね。ちなみに理想を言えば、各委員会二名以上は欲しいかな。じゃあまずは学級委員長やりたい人」
「はい!」
ナユタが勢い良く立ち上がり、良い返事をした。
「お、ナユタちゃんやる気ですね」
「もちろんだ!」
学級委員長というのは大抵誰もやりたがらず、いつまでも決まらなくて先生も生徒も気まずい雰囲気になるのが通例であったが、ナユタみたいなやつがいると助かるものだ。
「じゃー、他にやりたい人もいないみたいなんで、学級委員長はナユタちゃんということで」
「任せろー!」
椅子に足をかけ、高らかに宣言する。教室内に拍手が沸き起こった。ナユタの言動はどうも拍手を誘発させる勢いがあるらしい。委員長は適任と言えるだろう。
「じゃあ次、副委員長だけど――」
「はい!」
またナユタの声がして一同が戸惑うのを感じる中、俺だけはナユタの意図を肌で感じていた。
「おい」
「ん?」
「俺はボクシングの試合で判定勝ちでもしたのか?」
「何を言ってるのだ?」
「この手はなんだって話だよ」
俺は右手首を掴まれ、高らかに挙手させられていた。
「やるだろう? 副委員長」
「やらねーよ! ……はっ」
一瞬お手伝いさんたちのことが脳裏をよぎったが、さすがに四六時中監視しているわけではないらしい。掃除用具のロッカーから飛び出してくるようなことはなかった。
「なんだ、他にやりたい委員会でもあるのか?」
「い、いや……」
「それなら良いではないか」
むう、正直副委員長というのはかなり楽な役職ではある。
クラスの仕切りは大体委員長がやってくれるから、副委員長はちょっとした雑用か、委員長が欠席した時の予備みたいなものだ。強制的に何らかの役職に就かなければいけない場合、結構穴場な役職だったりする。
ただ……委員長はあの皇ナユタだ。
入学式の一件から察するに、今後この学園では普通の学校じゃ考えられないような行事が突然舞い込んでくるかもしれない。当然ナユタは行事に大きく絡んでくるだろう。仮に俺がナユタ直属の部下みたいなことになったら、一体何をさせられるかわかったものではない。
ここは回避せねば。
「え、えーと……実は図書委員やりたいんだよ」
俺は黒板に箇条書きにされた委員会の中から、即座に楽そうなものを選別して言った。
「図書委員? なんでまた」
「本とか、好きだし……」
漫画しか読まないが。
「うーむ、そうか。ならば強要するのは良くないな。ここは諦めてやろう」
そう言って、ナユタは俺の手を下げた。あっさり諦めてくれて助かった。
「あー、じゃあついでだから図書委員も決めちゃおうか。土佐君が立候補してるけど、他にやりたい人いる?」
「あ……はい」
左隣で声がして、俺は歓喜した。ナギちゃんが小さく手を上げていた。
「お、八千代さん本好きって言ってたもんね。じゃあ図書委員は土佐君と八千代さんでいいかな?」
他にやりたい人はおらず、図書委員は俺とナギちゃんに決まった。左を見ると、ナギちゃんがこっちを見て微笑んでくれる。癒える……。
その後、他の委員会はかなりの穴を残しながらも決まっていった。委員会活動は強制ではないので、何もやらなくて済むならやらないという人が多いらしい。
俺みたいな若い人間はともかく、大人たちはせっかくまた高校生活を送れるというのに、委員会活動をスルーするのはちょっともったいない気もする。
ちなみに榊さんは放送委員、南雲さんは保健委員になった。どちらも適した分野ではあるのだろうが、危険な香りがぷんぷんするのはなぜか。
その後クラスの班分け、掃除当番、日直のローテーションなどが一通り決まったところでチャイムが鳴った。
「よーし、大体決まったかな。委員会は後日担当の先生と会って仕事の説明があるから、そのつもりで。じゃあ早速委員長、号令お願いします」
「きりーつ! れい!」
ナユタの号令で、ありがとうございました、の挨拶。ナユタの声は良く通るので、本当に委員長は適職だなと改めて思った。
・・
三限目、物理。
「やあ諸君。化学、物理、生物、情報関係を担当する山田です。よろしくね」
うん。もうどこからツッコめばいいのかわからない。
まず声。ボイスチェンジャーを使っているのか、報道番組で正体を明かさずに情報を喋る人のような、とんでもなく低い声をしている。
そしてでかい。身長二メートル近いんじゃないだろうか。しかも体もがっしりしている。理系教師になる過程で一体何をしたら、こんなアスリートのような体型になるのか。
極めつけは謎のフルフェイスヘルメット。ロボットアニメに出てきそうなスタイリッシュなデザインで、時折回路らしきラインに光が走る。しかも本物のメインカメラなのか、モノアイがぎょろぎょろと動き回って教室を見渡していた。
教室内は騒ぎになるどころか、全員ビビって閉口してしまっている。かく言う俺もそんな巨体に真正面に立たれて、威圧感に耐えるのに必死だった。
ロボ……じゃないよな。まさかな。
「全く正体不明だったけど、科学ならなんでも教えられるっていうから採用してみた。ちなみに教員免許無い」
とんでもない耳打ちをありがとうナユタ。
「では早速、みなさんに一つ実験をお見せしましょう。窓から外を見てください」
山田先生はそう言って、窓の方まで歩いて行った。駆動音はしないので多分人間だろう。ロボじゃない。大丈夫。
生徒たちも窓の方へ恐る恐る集まる。俺は前にしゃがんだナギちゃんの上から窓の外を見た。
「なんだ……?」
校庭には、いつの間にか謎の装置がセットされている。ごてごてした箱から突き出た銀色の板……いや筒か? そしてその先にはマネキン。
まさか。
「いいですかー。ポチッとな」
山田先生が手にしたスマートフォンの画面をタッチした瞬間、凄まじい破裂音が響き渡った。俺は直前で察したから良かったものの、ナギちゃんを始めほとんどの人が驚いて身をすくませる。
改めて校庭を見ると、マネキンの頭が無くなっていた。
「凄いでしょう? あれは所謂レールガンというものです。誰でも知ってるフレミングの法則を使った装置なんですが、ご覧の通り、人を殺すのも容易い破壊力を持たせることができるんですねー。
まあ決して兵器として有用なわけではないんですが、問題はあれを個人でも作ることができて、所持を禁じるちゃんとした法律が存在していないことです。科学の力はまさしくパワーです。だからこそ、正しく学び、正しくコントロールすべきだということを知らなければならないのです」
山田先生が何やら重要なことを言っているが、多分みんなの頭には全く入っていないだろう。あ、スーツの男たちが慌てて装置を片付けている。
その後はプロジェクターを使って“いかに科学が危険であるか”の参考映像を延々見せられた。
なにこれしんどい。
・・
四限目、英語。
「あー……」
「……」
「どうも、マイケルです」
「……」
「えー……」
な、なんだこの空気。お笑いのライブに突然素人が飛び入り参加したかのような居たたまれない感じ。
「えっと……一応両親ともアメリカ人なんですけど、生まれた時から日本にいたんですよね。なので正直、英語はちょっとできないっていうか……」
どうしろと。最前列だから後ろは見えないが、全員真顔になっているのがわかる。
「面接に来た中で一番外国人っぽかったから採用してみた。教員免許無い」
またナユタからの耳打ちが入る。俺は頭を抱えた。
いや、ちょっと考えればわかることだったんだ。ちゃんと教員免許を持ってて、教師として勉強を教える能力があるのなら、ちゃんとした学校の教師になるに決まってるじゃないか。これはヤバい、高卒認定試験の勉強は自分の力でなんとかしなければ……。
結局英語の授業は、顔だけ外国人の普通のおじさん、マイケルの独り言を五十分聞いて終わった。
どうしよう。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。
http://colonseries.jp/