風をあつめて その4
翌日。
教室に入ると、隅の席で一人文庫本を読むナギちゃんを見つけた。ので、早速声をかけてみた。
「おはよー」
「あっ、お、おはよう」
「これ、席って決まってるのかな?」
「まだわからないから、適当に座ってみたんだけど……」
「そっか。じゃあ隣座ってもいい?」
「あ、う、うん」
俺はナギちゃんの横の席に座った。机は中学校のものを使い回しているらしく、ちょっと低く感じる。
「ナギちゃん早いね」
「うん。なんとなく、誰かがいる教室って入りにくくて……」
「あー、それなんかわかる。オープンキャンパスのネタじゃないけど、自分が教室に入ることで盛り上がってた会話に水を差すんじゃないか、みたいな不安あるよね」
「そ、そうなの。だからできるだけ一番最初に教室にいるようにしてるんだ。土佐君も、早いね」
「俺はアパートがすぐ近くだから、かなりゆっくりしててもこれくらいの時間に来れるんだよね」
「アパート? 一人暮らしなの?」
「そ。実家は静岡なんだ」
「へ、へえ……。一人暮らしって大変じゃない? 家事とか……」
「うーん、今はそんなでもないかな? 洗濯物は洗濯機に放りこんで洗剤入れてスイッチ押すだけだし、ご飯も、俺あんまり食にこだわらないから、毎日同じものでも大丈夫」
ちなみに掃除はほぼしない。
「そ、そっか……」
「今度遊びに来る?」
「え! い、いや、その……!」
にやにや。入学早々ナギちゃんの隣をキープ。これは楽しい学園生活になりそうだ。
「やあ、おはよう。朝からお盛んだね。隣いいかな」
ファッ○。突然現れた変態紳士が俺の隣をキープ。楽しい学園生活終了のお知らせ。
「おはようございます……どうぞ……」
「ありがとう」
入学式の時からそうだったが、榊さんのブレザー姿は似合っていた。と言うのも、生徒の年齢層が幅広いのを考慮してか、ブレザーはどちらかと言えばシンプルでシックなデザインになっていたからだ。
若造の俺よりもパリッとした服を着慣れている感じがちょっと悔しかったりする。
「いやー、いよいよ授業が始まるね」
「そうですね……。榊さんは仕事とかいいんですか?」
「実はそれが問題でね……。私は毎日登校というわけにもいかないんだ」
「あー、そうですよね!」
「土佐君とももっと仲良くなりたいんだが……申し訳ないね」
残念そうにする榊さんだったが、俺は心の中でガッツポーズを決める。
と、また教室に誰か入ってきたと思ったら、
「おはようございまあす」
その糖度八十度はあるんじゃないかという甘い声で、誰だか一発でわかった。南雲さんだ。南雲さんは教室をきょろきょろ見回した後、俺たちの方へ小走りでやって来る。やって来るのだが。
「ムフー!」
榊さんが凄く良い顔をしている。想像していただこう。二十四歳の色気満載の人妻が、女子高生のコスプレで駆け寄って来る様を。俺はまだその存在を人伝にしか聞いたことがないが、所謂保健体育の参考映像資料にこういうのありそう。
南雲さんごめんなさい。
「おはよー。三人とも入試の面接で一緒だったよね?」
「はっ、はい」
い、いかん。声が上ずる。
「君は土佐ケンくん! 一発で名前覚えたよー」
「あ、ありがとうございます」
なんでお礼言ってるんだ俺!
「えーと、あなたは……さ……佐々木さん!」
「佐々木です」
とても良い声と顔で言いきるが、あなた榊さんですよね。
「あとあなたは……友だちがいない子!」
うわあああ、南雲さんが甘い声で傷口に塩を塗り込んでいく。
「八千代ナギです……」
ナギちゃんはすでに文庫本の世界に逃げ込もうとしている。ごめん助けてあげられなくて。
「改めまして、南雲ミキですー。よろしくねー」
「よ、よろしくお――」
「よろしくお願いします!」
榊さんうるせえ。良い声なのがまたムカつく。ナギちゃんはもう文庫本の世界から帰ってこなかった。
その後も続々と個性的な新入生たちが教室に入ってきて、それぞれのコミュニティを作っていく。
経歴も年齢もバラバラだったけど、教室という箱の中に納められれば同じ学生だ。昨日の入学式の効果もあってか、みんな仲良く会話しているように見える。俺が高校に入学した時よりも自然な感じがして不思議だった。
午前九時五分前になって、予鈴が鳴った。一部の大人たちがチャイムを懐かしがっていると、教室に桜庭先生が入ってきた。
「よーし、席に着いてー」
実際の高校生よりも大人な人がほとんどなこともあって、みんな静かに席に着いた。
「えー、朝のホームルームを始めます。これから学園生活を始めるにあたって色々決めなきゃいけないことがあるんですが、その前に……転校生を紹介します!」
「おおー!」と教室は盛り上がるが、俺は誰が来るのか察しているので特に驚きはない。
「入ってどうぞー」
ビシャーン! と雷のような音を立て、教室のドアが勢い良く開いた。教室内がさらにざわつく。はいはいナユタ嬢ナユタ嬢……ん?
ん?
ナユタは良い姿勢で桜庭先生の隣まで歩き、九十度向きを変えた。
「皇ナユタだ! よろしく頼む!」
ナユタの気持ちの良い自己紹介に拍手が起こっているけど、俺はそれよりも先にツッコミたい。
「なぜ、ランドセルなんだ……?」
ナユタは他の新入生と同じようにブレザーの制服を着ていたが、なぜか真っ赤なランドセルを背負っていた。俺以外にも気になった者はいたらしく、前の方の席に座っていた二十歳前後くらいの女の人たちが「ランドセル可愛いー!」と声を上げる。
言われて、ナユタは目を輝かせた。
「可愛いだろう! 今ランドセルは欧米で大人気なのだ!」
そうなの? ナユタが自慢げにランドセルを見せつけると、黄色い歓声が。まあでも確かに、ブレザー姿のナユタに、ランドセルは妙にマッチしていた。
「はーい、じゃあナユタちゃんは空いてる席に……」
「待ったー!」
騒がしい教室でも良く通る声で桜庭先生の発言を遮る。お前は本意気じゃないと喋れないのか。
「後から来た私が余りものの席とは不公平じゃないか!」
じゃあ転校生の演出なんかしないで最初から教室にいろよ……。
「というわけで……」
ナユタはランドセルを下ろして開き、
「席替えじゃー!」
穴のあいた紙の箱を取り出し、掲げた。くじ引きだ……。
もちろん教室内からは不満の声も上がる。すでに仲の良い人たちがまとまって座っているからだ。もちろん俺も、せっかくキープしたナギちゃんの隣を誰かに譲るのは避けたかった。変態紳士の隣は誰かに譲りたかったが。
「うるさーい! 校長命令だ!」
これが職権乱用か。授業が始まってもいないのに社会の厳しさを学んだ。
騒がしかった生徒たちは、渋々くじを引いていく。そして俺の番が来た。
「変態紳士の隣は嫌だ……変態紳士の隣は嫌だ……」
「何を言っているのだ?」
「な、なんでもない」
ナユタに怪しまれながらも、俺は運命のくじを引いた。
・・
「はーい、それじゃあしばらくはこの席で生活してもらいます」
桜庭先生が言って、それぞれが肯定の返事をする。
俺はというと、奇跡的に左隣にナギちゃんが来てくれた。
「良かった、土佐君が隣で……」
最前列のど真ん中という最悪の立地ではあったが、俺が隣にいるということでほっとしてくれるナギちゃんに免じて受け入れてやってもいい。だが。
「よろしくな、土佐ケン!」
右隣が皇ナユタであるということが、俺の楽しい学園生活に不穏な影を落としている気がしてならなかった。
「ムフー!」
おまけに変態紳士に後ろを取られるという運の無さ。ちなみに変態紳士の鼻息が荒いのはホモとかそういう話ではなくて、
「わー、朝の四人が集まったね」
左隣が南雲さんだからだ。
右からナユタの予測不可能な言動を受け、南雲さんに興奮する変態紳士の鼻息を背で感じながら、ナギちゃんに癒される学園生活……。
不安だ。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。
http://colonseries.jp/