風をあつめて その3
「はい! というわけで、“私立謳歌学園入学式! ドキドキ☆もしもテロリストに占拠されたら?” でした! 協力していただいたのは、劇団大物計画の人たちです!」
「どうもー」
「今回素人を騙すということでしたが、どうでしたか!」
「いやー、ちょっと心が痛んだんですけどね。僕も役者なんで、全力でやらせてもらいました」
「本当に素晴らしい演技でした!」
ナユタ嬢は元気に舞台上でリーダー役の男にインタビューをするが、俺たちの耳には何も入ってこなかった。放心する者や、安堵から泣き出す者、うなだれる者と(南雲さんだけは笑っていたが)、脱力感が半端ではない。
さっきからナギちゃんが俺に抱きついて泣きじゃくっている。ラッキーとか、思っちゃいけないんだろうな……。
なんだかよくわからないうちにインタビューが終わり、役者さんたちは舞台袖にはけた。血まみれのナユタ嬢がこちらに向き直って、得意気に語り出す。
「日本には中二病という病があるのだろう? その病にかかったものは、必ずと言っても良いほどこの手の妄想をするらしいじゃないか! どうだった? 楽しかったか?」
やりすぎ……。俺は声に出してツッコむ元気すら無かった。
「うーむ、みんな驚きすぎて疲れているようだな。安心しろ! この後はみんなでお昼ご飯だ! 移動するぞー」
血に染まった桃レンジャーはそう言うと舞台から飛び降り、体育館から出て行った。俺たちも巨大な桃レンジャーたちに促されて体育館を出る。お通夜の帰りのようなムードだった。
・・
食堂、というわけではないが、食事を取るためのテーブルが並べられたスペースに案内された。自販機も設置してある。多分改装したあとに設置したんだろう。超スピードの改装工事、さっきの異様に凝ったドッキリなど、スメラギコーポレーションはこの事業にかなりの出資をしているようだ。
さっきから漂っている良い匂いの源を探すと、窓際に様々な種類の料理が盛られた大皿が並べられていた。どうやらバイキング形式になっているらしい。
人間というのは不思議な生き物で、さっきまであれだけ取り乱していたにも関わらず、美味しそうな食べ物が並べられているとそっちに意識が行ってしまうものだ。少し前までのお通夜ムードが、一転和やかな雰囲気に。それまで一人だった人たちも、何人かにまとまって「怖かったねー」と笑っている。
ずっと俺の腕にしがみついていたナギちゃんも、ようやく一人で立てるようになったらしい。体育館を出る頃にはもう冷静になっていた俺としては、腕に当たる柔らかいものや女の子特有の甘い匂いで色々いっぱいいっぱいだったのだが、やっと解放された。決してガッカリなどしていない。決して。
「大丈夫?」
「う、うん……」
ナギちゃんは頷きながら赤くなった目尻を拭う。
「何か食べようか……急にお腹空いてきた」
「うん……」
俺たちはバイキングの列に並んで、料理を皿に盛っていく。ありがたいことに好物の中華料理のバイキングだったので、俺の急落したテンションも徐々に回復していった。
一番隅の席に、俺とナギちゃんは座った。
ふう、と一息ついて、レンゲでチャーハンを一口。
「美味い……」
いや、多分普通のチャーハンなんだ。でも、チャーハンの香ばしい匂いと味が口の中に広がると、なぜか涙が出てきそうになった。日常って素晴らしい。美味しくご飯を食べられるって素晴らしい。見ると、ナギちゃんもうるうるしながらエビチリを頬張っている。
「美味しいね……ぐす」
「だね……」
気づくと、俺たち以外の面々にも妙な連帯感が生まれている。まさかこうなることを計算してのガチドッキリじゃないだろうな……。もしそうだとしたら恐ろしすぎるぞ皇ナユタ。
複雑な気持ちで中華料理に舌鼓を打っていると、声をかけられた。
「ここ、いいかな?」
榊アツシさんだった。オープンキャンパスや入試での変態紳士っぷりばかりが気になっていたが、さっきの一件で印象が大きく変わってしまった。
俺は隣の椅子を引いた。
「どうぞ。さっきはすいませんでした……」
「いやいや」
榊さんは紳士的な笑みを浮かべて椅子に腰かけた。
「うーん、とんでもない入学式だったね」
「ほんとですよ……」
「死ぬほど怖かったです……」
三人揃って苦笑する。
「それにしても、君は良い男だね。今時あんな度胸のある子いないんじゃないかな」
「いや、榊さんも言ってましたけど、ただの無謀でした……。頭に血がのぼって、後先考えずに突っ込んだだけです」
「ううん、かっこ良かった……。ちょっと、怖かったけど……」
ナギちゃんに言われるとさすがに恥ずかしい。
「ほんと……土佐犬みたいな顔してた。ブフッ」
「わははは」
ナギちゃんが噴き出し、榊さんが声を上げて笑う。もはや何も言うまい。
「ははは、いやでもね。君はなぜ怒ったのかな?」
「……校長が……殺されたと思ったからです」
「そうだね。でも普通ならあの状況では、怒りよりも保身の気持ちが強く出るものだ。大人の私ですら、君が動き出すまで小さく縮こまっていた。しかし君は自分の身の安全よりも、女の子を殺した相手に対する怒りが勝った。確かに君の行動は無謀だったが……ああいう気持ちをなんと言うか知っているかな?」
「え……気持ち……?」
「正義だよ。君は君の正義に従ったんだ」
「は、はあ……」
なんかよくわからないが凄い褒められてる気がする。嬉しいようで恥ずかしい。
「うむうむ。土佐ケンの見事な戦闘意識、見せてもらったぞ」
「ギャー!」
突然血まみれのナユタ嬢がフェードインしてきて、ナギちゃんが椅子から転げ落ちそうになる。
「こ、校長……」
「ナユタと呼べ。土佐ケン」
土佐かケンイチと呼べ。と返したかったが、いつの間にか隣のテーブルに桃レンジャーに扮したスーツの男たちもいたので、口には出さなかった。
「な、なぜここに?」
「何を言う。私だけご飯抜きにするつもりか?」
許可も貰ったし、もうこの際呼び捨てにさせてもらおう。ナユタは言いながら、餃子が大量に盛られた皿をテーブルに置いて、ナギちゃんの隣に座った。席に着くなり餃子を口に放り込む。
「むぐむぐ。いやー、疲れた。死ぬ演技もなかなか神経を使うものだ」
「ああ、うん……。迫真の演技だったと思いますよ……」
何度でも言おう。やりすぎだったけどな。
「だろう? 昨日からリハーサルで大変だったのだ……。まあ自分がやりたかったことだから、苦ではなかったがな! なははは!」
ナユタは気持ち良く笑った。その楽しそうな笑顔に免じてドッキリの件は水に流そう……。ただ、血糊がリアル過ぎて、それ以降食欲ががくっと落ちたことは水に流せない。
「で、明日から早速授業が始まるわけだが」
「はあ……」
「私も一緒に授業受けるからな」
「はあ? あっ、ごめんなさい」
くそう、桃レンジャーたちが睨みを利かせていてツッコめやしない。
「私も中学を出てから一年ろくに勉強しなかったからな。色々と学ぶ必要があるのだ」
「ああ、まあそりゃそうかもしれませんね……」
「というわけで、私のことは気軽にナユタと呼ぶが良い。立場は校長だが、所詮十六の小娘だから、普通に仲良くしてくれて構わないぞ!」
「あの……桃レンジャーさんたちが怖くて普通に接するのは難しそうなんですが……」
桃レンジャーさんたちはずっとこっちを睨みながらチャーハンをかきこんでいる。ナギちゃんがすっかり委縮してしまって、怯える子犬のようになっていた。
「ん? ああ、気にせんでも良い。過剰に反応するなとはいつも言っているんだが、こやつらはちょっと神経質でな。とは言え、さっきの私みたいにいきなりパーンってことはないから大丈夫だ!」
笑えねえ。
そんなこんなで、おそらく前代未聞の入学式は幕を下ろしたのであった。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。
http://colonseries.jp/