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風をあつめて その2

 体育館に入って、俺たちは並んで座って入学式が始まるのを待つ。


「まったく、あの時は酷い目にあった」

「大変そうでしたね。でも土佐君のツッコミ、ほんとに土佐犬みたいな迫力でしたよ」

「それ一ミリも嬉しくないよ……」

「あっ、ごめんなさい……」


 ナギちゃんはそう言って俯いてしまう。うーん。


「ナギちゃんさ、謝るのやめない?」

「あ、すいません。つい癖で……」

「また謝ってるし。それと敬語もやめよう」

「えっ、それはちょっと……。土佐君年上ですし」

「そうかもしれないけど、結局俺も一年扱いだし」


 勉強は二年の教科も見てくれるらしいが、俺は一年生と同じ教室で勉強することになった。というのも、最終的な入学者数が三十二人と少なかったのだ。

 他にも高校を中退した生徒がいるようだったけど、学年を分けると一クラスの人数がかなり少なくなってしまう。

 学園側としてもそれは避けてほしかったようだし、俺もせっかく学校らしきものに入ったのに、毎日教師とマンツーマンというつまらない学校生活を送りたくはない。


「でも……」

「それに、ちゃんと友だちになるなら、敬語ってちょっと悲しいからさ」

「悲しい……ですか」

「そう。もしかしてこの人は、何か無理して俺と友だちになろうとしてるのかな、とか思っちゃって」

「そ、そんなこと……!」

「じゃあ敬語無しね」

「う……頑張ります」

「それ敬語だけど」

「が、頑張る……」

 ナギちゃんはまた俯いて、小さくそう言った。はあ、可愛い。なんていうかこう、妹にしたい可愛さだ。

 俺がほっこりしていると、入学式が始まった。


・・


「えー、それでは入学式を始めます」


 壇上に立っているのはスーツの男ではなく、桜庭先生だった。スーツの男たちはあくまでお手伝いさんで、学校が始まってもそこかしこで警備をしているわけではないらしかった。


「じゃあ早速校長先生の話ですー」


 桜庭先生ゆるいなー……。入学式ってもっとこう、厳粛な感じじゃないのか。まあ普通の高校じゃないし仕方ない。

 舞台袖に引っ込む桜庭先生と入れ替わりで、ナユタ嬢が入ってくる。相変わらず人形のような美少女だったが、人間慣れるもので、さすがにもう驚きはしない。


「ごきげんよう!」


 みんなオープンキャンパスには来ていたようで、それぞれごきげんようを返した。俺も返した。話が進まなくなるから。


「うむ。外は良く晴れ、天も我が学園の輝かしい門出を祝福していることだろう。ここに集まってくれた諸君、私は君たちを立派な人間に育て上げ、歴史に名を残す――」


 歴史に名を残すは言い過ぎだろ、と心の中でツッコミを入れた時だった。破裂音がして、


「ひがっ」


 あの良く通る声が濁った。

 ぼーっとしていた俺の意識が、突然の異音によって鋭くなる。破裂音がした後ろの方を見ようとした時、振り返る前に舞台上の皇ナユタが目に入った。

 赤かった。あの白に近い金の髪や、透き通るような肌が、赤く染まっていた。ナユタはそのまま演台の向こうに倒れ、ごとりという鈍い音だけが聞こえてきた。


「っひゃああああああああ」


 誰かが上げた悲鳴を引き金に、新入生たちはパニック状態に陥った。

しかしそれはもう一発の破裂音によって即座に静まる。


「うるせえー」


 今度こそ俺は破裂音のした方を見た。

 体育館の入り口から、覆面をした迷彩服の男がゆっくりと歩いてくる。その手には拳銃が。さらに、校庭に通じる入り口からも自動小銃を持った迷彩服の男たちがぞろぞろと入ってくる。

 俺たち新入生は、あっという間に囲まれてしまった。舞台袖にいた教師陣もすぐに見つかり、拘束されて生徒たちとまとめられる。


「やー、運が悪かったね」


 全員が怯えて声も出ない中、最初に入ってきたリーダーらしい男が楽しげに言った。


「君たち人質になってもらうから。聞くところによるとここ、学校型の娯楽施設らしいじゃない? そんなのにお金出せるって、君たち金持ちってことだよねー」


 ちょっと待て。ここ日本だよな? 武装した集団が入学式を襲う? そんなの妄想の世界だけの話だろ。

 気づいたらナギちゃんが俺にしがみついて震えている。俺もナギちゃんを抱きしめるようにするが、守ろうとかそういうのじゃなくて、そうしないと俺も怖くてたまらなかった。


「今別の仲間が警察に声明発表してるからなー。交渉に応じるまではお前らこのままだ。仲良くしようや」


 男の声は酷く穏やかだった。その穏やかさがこの状況では狂気でしかない。

 妄想の中ではこういう時かっこ良く戦うもんだけど、赤く染まったナユタの顔が頭に焼きついて離れなかった。


 ナユタは、死んだのか?


 あんなにあっさり?


 とんでもない才能と情熱を持って日本にやってきた少女が。


 たった一発の破裂音でその未来を奪われたのか?


 なんで?


 金のため?


 こんなわけのわからないテロリスト集団の小遣いのために、あいつは死んだのか?


 俺は次第に、頭が体のコントロールを取り戻していくのを感じていた。地に足がついている感覚を確かめる。


「ごめん」

「……え?」


 泣きはらした目で俺にすがるナギちゃんを、なるべく優しく引き剥がした。


「おい、お前ー。何立ってんの?」


 男が不快な声を上げる。

 なんで立ち上がったのか俺にもよくわからなかった。

 というか、何もかもよくわからなかった。

 よくわからなかったが、とにかく俺は、怒っていた。


「死にたいのー?」


 男は俺に真っ直ぐに銃を向けてくる。

 全然怖くない。怒ってるから。

 撃たれて死んだとしても、あいつをぼこぼこにして殺してやりたかった。

 俺が一歩足を踏み出した時、


「待ちなさい」


 榊アツシが立ち上がって、俺の行く手を阻むように腕を伸ばした。


「どいてください」

「君のそれは勇気じゃない。無謀だ」

「そんなのどうでもいいんですよ。俺は死んだってあいつを殺したいだけなんです」

「気持ちはわかるが、君はまだ若い。死ぬべきではない。……私に任せなさい」


 榊さんはそう言って、襟を正した。


「君たちの目的は金か?」

「ああ、そうだよ」

「金なら多少は用意できる。希望の額を用意できたら、私たちを解放してくれないかね」

「ほう」


 男は面白そうな顔をする。俺の殺意は指数関数的に高まっていく。


「まあ悪くない話だけど、人質は必要なんだよね」

「逃げるためか? なら私が人質になろう」

「んんんぶわはははは!」


 男は堪え切れなかったように笑いだした。


「確かにね、逃げるのにも人質は必要だよね! でも違うんだよー、わかってないなおじさん。ほら、刑事ドラマとかでよくあるでしょ? 何分置きに人質を一人ずつ殺していくってやつ。せっかく若い女の子を殺したりできるのにさ、おっさんとデートなんてするわけないじゃん?」


 もう駄目だった。俺は絶叫しながら男に向かって突進し、飛びついた。何発か破裂音がしたが、例え俺の体に当たっていたとしても何も感じなかった。

 悲鳴を上げる女の人の声や、俺を止めようとする榊さんの声が、凄く遠くで聞こえる。

 俺が思いっきり振りかぶって男の顔面を殴ろうとした時、その声が俺の耳に飛び込んできた。


「待てーい!」


 ?


「ひとーつ! 罪なき人の生き血をすすり」

「ふたつ! 不埒な残虐行為」

「み~っつ! 醜い浮世のゴミを!」

「退治てみせよう! 五人揃って!」

「我ら、ピーチ戦隊桃レンジャー!」


 え?


 ――五人、え、五人組が。なんか。体育館の入り口に並んでた。日曜の朝にやってる戦隊モノみたいなスーツ着てる。全部ピンクだ。真ん中の一人だけちっちゃくて、あとはスーツがぱっつんぱつんになるくらいでかい。あ、多分あれ決めポーズだ。戦隊モノだ。

 俺の脳内が真っ白になり、一同が茫然とする中、真ん中の小柄な桃レンジャーがトコトコとこちらにやってくる。そしてどこからか看板を取り出して、


「テッテレー!」


 と言った。


「え?」


 俺はテロリストの男にマウントを取ったまま、桃レンジャーを見る。


「テッテレー!」

「は?」

「読め読め」


 桃レンジャーは看板を指差す。


「……ドッキリ……大成……功……」

「テッテレー!」


 そう言ってスーツのマスクを取った小さな桃レンジャーは、血糊で真っ赤に染まっても相変わらずの美少女だった。


この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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