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誰かの願いが叶うころ その14

 理科室の机。ユウジさんに向かい合う形で、俺と榊さんは席に着いた。


「改めまして、土佐ケンイチです。謳歌学園……ナユタには、お世話になってます」

「皇ユウジです。こちらこそ、娘が世話になっているね」

「あ、いや……」


 そうか、よく考えたらこれまでの学校生活ずっと見てきたんだよな……。

 なにかやばいことしてな……いよな……少なくとも校内では……。


「で、お話、というか相談なんですけど」

「なんでしょう」

「実は、仕事をしたいんです」

「仕事」


 ユウジさんは真顔でその言葉を繰り返す。


「来年謳歌学園を卒業したら、自分は進学するか就職するかの選択をすることになります。だけどもしできるのなら、自分で仕事を始めたいとも思っています」

「つまり、謳歌学園のような新しいビジネスを君も始めたいと」


 俺は頷いた。


「ナユタは本当に凄い子です。満たされない人のためを思って、それを少しでも埋めるための場を作った。自分はナユタに並ぶような才能はありませんけど、同じように誰かのために場を作りたいと思っているんです」

「誰か、というのは具体的には誰でしょう」

「それは、創作をするすべての人たちです」

「創作……」

「……自分も、音楽で食べていきたいと思っていました。結果的にはただの憧れでしかなくて、才能もないんだとわかったんですけど、それでも好きなことをやめたくはない。同じようにくすぶっている人は沢山いるはず。趣味のようなものであっても、ちゃんと人に評価してもらえる場所があって欲しいと考えたんです」


 ユウジさんは少しの間なにかを考えているようだったが、無表情のまま口を開いた。


「君の志は立派です。だけどそれをどうビジネスにするのかが見えてきませんね。音楽をやりたい人はライブハウス等で演奏できますし、漫画を描きたい人はインターネットで公開できます。そういった既存のビジネスと差別化し、利益を上げる方法がありますか?」


 ユウジさんの企業のトップとしての威圧感に気圧されるが、今度は簡単に折れるわけにはいかない。


「そこで榊さんなんです」

「はっ。なにかね」

「……寝てましたよね」

「ね、寝てなどいませんぞ。少し妄想にふけっていただけですとも」

「まあいいですけど……榊さんはスーパーマーケットを経営しています」

「申し遅れました。私榊と申します」

「あ、これはどうも。皇ユウジです」


 勝手に名刺交換が始まり、終わった。


「まず、基本的なやりたいことは既存のものと同じです。あらゆる創作を投稿、閲覧できるWEBサイトを作りたいんです」

「WEBとなると、広告や従量制課金等で収入を得るシステムでしょうか」

「それも必要に応じて盛り込みたいとは思っているんですが、メインはこれです」


 俺は用意してきた資料をユウジさんと榊さんに配る。


「“仮想通貨ロス”……」

「はい。これまでの投稿サイトは、コメントや評価はもらえるものの、それでなにができるというわけでもありませんでした。今回提案するサイトは、仮想通貨を使った課金システムや投げ銭機能に加え、“買い物”ができるようにしたいんです」


 資料に目を通していた榊さんが納得した様子を見せた。


「なるほど、それで私を同席させたんだね」

「ええ。昨今はネット通販の台頭によって、スーパーマーケットや百貨店がどんどん閉店していっています。だけど、そういうお店には仕入れや配送のルートがある。企業と提携して、そのサイトで稼いだポイントで食べ物や飲み物を買えるようにしたら、少しでも“創作で食べている”という感覚を味わえると思うんです。そのサイトから、本当に売れるコンテンツが生まれる可能性だってあります。少ないコストで、結構多くの人を幸せにできるんじゃないかと思うんです。

 もちろん自分は下働きで構いませんから、ユウジさんの会社のサービスの一つとして実現できないでしょうか」


 ユウジさんは無言で資料に視線を落としたままだった。

 榊さんは資料を読み終え、腕を組んで唸っている。

 やはり子供の戯言なんだろうか。

 ……でもダメならダメでいい。自分だけで頑張ればいい。


 そう思った時、ユウジさんが顔を上げた。


「いいでしょう」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。君には娘を助けてもらった借りもあることですしね」

「いや、あれはそんな……」

「とはいえ、重要なのはそれだけではありません。……私もやってみたいと思ったんですよ。もし上手くいけば、確かに少ないコストで関わった人が幸せになれるシステムが生まれるかもしれない。もちろん失敗の可能性もあるわけですが、それはやってみないとわかりませんからね。……榊さん次第でもありますが」

「……ぐかー」

「榊さん!」

「冗談だよ土佐君、やるやる」

「軽っ」

「土佐君の言う通り、経営が苦しいのは確かでね……。新しい風を取り込みたいと思っていたところではあったんだ。仮想通貨の換金レートや利益分配については話し合うとして、前向きに検討させていただくよ」

「榊さん……ありがとうございます」

「今日は招いてくれて嬉しかった。男同士の話し合いだったわけだね」

「そういうことです。いつも失礼なことばかりしていますが、自分はまだまだ若輩者です。今後ともよろしくお願いします」


 俺が深く頭を下げると、榊さんが手を差し出してきた。

 その手を握り返し、堅い握手を交わす。ユウジさんとも無言で握手を交わした。


 こうして、俺は迷子じゃなくなった。

次回、最終話。

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