誰かの願いが叶うころ その13
「待たせたな」
スカイダイビング用のスーツを着たまま、榊さんがやたら良い声で言った。
「あ、はい……」
「なんだ土佐君、リアクションが薄いじゃないか」
「いやまぁ、色々ありすぎて……ってそんな話はいいですから、南雲さん来てください!」
「はーい」
パラシュート降下したというのに、南雲さんは平常運転だった。凄い。
・・
ソノカさんが未だに引っ張ってくれているが、そろそろ限界だろう。
ステージ裏にやってくると、ナギちゃんとナユタはすでに準備を済ませていたので、俺も慌ててギターを肩にかける。
その時、後ろから小突かれた。振り返ると木下と真鍋が立っていた。
「貸しだぞ」
「あ、ああ」
「……まあ、頑張れよ」
木下は無表情のままそう言って、ベースを片付け始めた。
少し、救われた気がした。
「よし、行こう」
俺たちはステージの袖から出ていき、セッティングを始める。
その際ソノカさんに頭を下げると、
“私も混ぜろ”
と口を動かした。俺はさらに身体が奮い立つのを感じた。
目の前にはざわめくいっぱいの観客。ステージには大事な仲間たち。
めちゃくちゃな半年だったけど、俺は大切なことを学んだのだと思い知った。
俺はドラムセットの向こうのナユタに合図を送る。
ナユタは頷いて、ソノカさんに視線を送る。
ソノカさんはそれを受けて、ずっと続けていたイントロを展開させていく。そのリズムに合わせ、ナユタがドラムスティックでカウントを始める。
ナユタのクラッシュシンバル、ナギちゃんのベース、俺のギターが、一つの音の塊になって響く。
俺たちだけでは少し物足りなかった伴奏に、ソノカさんが鮮やかな色をつけてくれていた。
そして南雲さんの歌。
空から落ちてきたばかりとは思えないほど、その声は出来上がっていた。
この日のためにみんなで作った、心地良いジャズファンク。見ると、お客さんたちもゆらゆらと揺れている。
我ながら、お祭りの締めくくりには相応しい一曲だった。
様々なハプニングもあったが、こうして、第一回謳歌学園フェスは終わった。
・・
演奏が終わって、スタジオ内にはアンプからのノイズだけが流れていた。
審査員の人が「うん」と唸って、口を開く。
「土佐、ケンイチ君ね。……君、一日にどれくらい練習してる?」
「えっと、二時間くらいですかね……」
「それ以外の時間は?」
「ゲームしたり、漫画読んだりでしょうか」
「なるほどね。それが悪いこととは言わない。でもね、プロになる人っていうのは、ゲームしたり漫画読んだりする感覚で音楽をしているんだ。つまり一日中ね」
「はい」
「中には半分趣味くらいの気持ちでプロをやっている人もいるけど、そういう人は余程の才能やカリスマがあるから成立してるんだよね。申し訳ないけど、君からも、君の演奏からも、そういうものは感じられなかった」
見ておわかりだと思うが、俺はオーディションに来ていた。
それにしてもこの審査員の人、はっきり言ってくれる。半年前の俺だったら立ち直れないだろう。
しかし今の俺はこう言える。
「ですよねー!」
俺の今日一番でかい声に、審査員は唖然とする。
「ありがとうございます、これですっぱり諦められます! それじゃお疲れ様でした!」
負け惜しみでも空元気でもなく、本当にこのオーディションは記念受験だった。
俺はさっさとオーディション会場を引き上げ、約束していた場所へ向かう。
・・
やってきたのは、謳歌学園。
俺は校門をくぐり、いつものように昇降口で上履きに履き替える。
そして向かったのは、理科室。
ノックをすると、中から「どうぞ」と落ち着いた声が返ってくる。
扉を開けると、窓の外の景色を見ていた山田先生――いや、皇ユウジさんがこちらを向いた。
「こんにちは、土佐君」
「こんにちは。すいません、呼び出すようなことをしてしまって」
「いいですよ。……それで、話というのは?」
「その前にちょっと……南雲さんのパンツ」
「呼んだかね」
理科室の入口に、榊さんがもたれかかって立っていた。
「……今のは?」
「気にしないでください。榊さんを召喚するための呪文みたいなものです」
「人を使い魔みたいに……」
「すいません、便利なのでつい……。さ、座って話しましょう」




