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誰かの願いが叶うころ その12

 謳歌学園に到着する頃には、すでに陽が傾き始めていた。

 車を降りて駐車場から校庭へ向かう途中、演奏中の曲が聴こえてくる。

 木下たちだった。校舎の影から出た時に見えたのは、キャッチーなロックバラードに沸く校庭いっぱいの人だった。


「土佐ケン! とりあえず私は大物計画のやつらと打ち合わせをしてくる!」

「あ、ああ。俺は南雲さんに連絡してみる」


 ナユタは俺の胸を小さな拳で軽く突いた。


「最後までやりきるぞ、ケンイチ」

「……ああ!」


 さっきまで誘拐犯に捕まっていたとは思えない笑顔で、ナユタはニルスさんたちと舞台裏へ走っていった。

 俺はすぐにスマートフォンを取り出し、南雲さんにコールする。

 しかし、すぐに「おかけになった電話番号は――」というメッセージが流れ出した。


「南雲さん、大丈夫なのか……」


 その時、次の曲が始まって、観衆がさらに盛り上がる。

 次の曲はアップテンポなロック。若干音量も上がるが、きっと苦情は来ない。プロレベルの演奏だった。

 なぜここまで安定しているかというと、やはり木下のベースと真鍋のドラム、リズム隊の技術が大きいだろう。

 正直俺たちのバンドは木下たちに到底敵わない。だけど俺は今、あのバンドで楽しく演奏できればそれで良い。


 その後、飛び入りで参加してくれたミミミちゃんやシド君とともに、劇団大物計画による即興魔法少女ショーが演じられたが、まだ南雲さんは到着しなかった。連絡もつかない。

 もうすでに終演の時間を三十分も過ぎていた。舞台のプログラムが終わったと思ったのか、お客さんたちに解散ムードが漂う。


「もう時間だな……」

「……そうだな」


 俺とナユタは校庭の隅の生垣に腰かけて、校門へ向かっていく人の流れを見ていた。


「まぁ……よくやったぞ土佐ケン。演奏できないのは残念だが、謳歌学園フェス自体は成功と言っていいだろう」

「お前もな。……一人じゃ絶対にここまでやれなかった」


 言いながら、不覚にも目頭が熱くなってきた。目まぐるしい日々だったけど、これまでの人生で一番充実していたのは間違いない。

 それが終わっていく。わずかな悔いを残して。


「おい」


 突然背後から声をかけられたと思ったら、頭にぽんと手を置かれた。見なくてもその声だけでわかる。ソノカさんだった。


「なに諦めムードになってんだ」

「いや、ボーカルがいないんじゃどうしようも……」

「来るまで祭りを続ければいいじゃないか。お前の元バンド仲間、借りるぞ」


 そう言うと、ソノカさんは俺とナユタの間を抜けて舞台の方へと歩いていった。


    ・・


 すっかり暗くなった校庭に、静かなピアノの音が響き始める。

 帰りかけていた人が足を止めた。

 最初は単音のメロディ、それにもう一音加えてもう一周、さらにもう一つ加え、和音が広がっていく。

 イントロの最後の音が減衰すると、ドラムスティックのカウントが入った。

 そこからはソノカさんの独壇場だった。歌謡曲、CM曲、童謡。聴き馴染みのある名曲たちが、即興でジャズアレンジされていく。

 すでに校門を出ていた来場客たちも徐々に引き返してきて、再び校庭に賑わいが戻ってきた。

 ソノカさんのエンターテイメント性は凄い。お客さんを楽しませる方法をよくわかってる。それについていける木下や真鍋もさすがだ。キーやテンポは変わっていないけれど、ソノカさんのとんでもない展開をある程度先読みしないとできることじゃない。完成されたジャズトリオだった。

 すっかり俺も観客の一人となって聞き入っていると、ポケットでスマートフォンが振動を始める。

 取り出すと、南雲さんからだった。


「もしもし、南雲さん!?」

「――佐く――庭を――」

「え、なんですか聞こえないです!」

「――え――上見て――」

「う、上?」


 空を見上げると、一機のセスナが飛び去っていくところと、そこからなにかが飛び出したのが目に入った。

 一瞬思考停止した。


「嘘だろ……!」


 俺はすぐに運営本部へと走って、マイクのスイッチを入れる。

 あとあと振り返ると、この時は我ながらよく急にあんなことを言えたものだと思う。


『演奏をお楽しみいただいている最中ですが、ここでサプライズ演出です。皆様、校庭の中央を開けていただき、スマートフォンやライトをお持ちの方は空へかざしてください』


 ソノカさんたちの演奏に水を差してしまって申し訳ないが、これは命がかかった問題なので許してほしい。すぐに拡声器を持ち、誘導を始める。

 幸い来場客たちは素直に言うことを聞いてくれて、校庭の中央に大きな円が生まれた。そしてそれを囲むように、スマートフォンやライトの光が灯る。これで人のいない場所がわかるはずだ。

 ソノカさんも察したのか、曲調をイントロ風のシンプルなものに変えてくれた。

 間もなく、信じられないが本当に、パラシュートが謳歌学園の校庭に着地した。演出だと勘違いしている来場客からは歓声が上がる。


 着地した時に被ってしまったパラシュートの下から出てきたのは、榊さんと南雲さんだった。

またしれっとミミミちゃんとシド君を出させてもらいました!


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