誰かの願いが叶うころ その11
「ちょ、レールガンでナイフを撃ち抜いたってことですか!? 俺に当たってたらどうするつもりだったんです!?」
「当たらなかったからいいじゃないですか」
「そうじゃなくて! いやそうですけど!」
団長は刃のなくなったナイフを見て震えていた。
「あ、あんた……一体……」
「謳歌学園で科学を教えている山田です。入学式の時にお会いしましたよね?」
「お前ら! 取り押さえろ!」
「う、うおおおあああ」
団員たちは一度顔を見合わせたあと、奇声をあげながら山田先生に飛びかかった。
「うわあああああ」
飛びかかった団員は、一人残らずひょいひょいと投げ飛ばされた。
「うーん、筋肉はついていますが使い方が良くないですね。それではただの飾りです」
「あっ、山田先生うしろ――」
遅かった。角材を持って忍び寄ってきた団員に、山田先生は頭を殴打された。
フルフェイスのヘルメットが砕け散り、フレームや細かい電子部品が辺りに散らばった。
「っ先生!」
山田先生は殴られた姿勢のままうなだれていたが、ぬるりと顔を上げた。
「痛いなぁ」
その声はいつもの加工された低い声ではなく、しっかりと輪郭のある男らしい声だった。
「このインターフェイス高いんですよ。あーあ、これじゃ仕事ができない」
ヘルメットの壊れた部分からは、黒い髪と片目が覗いていた。
「ユウジ……様……?」
「ぱっ、パパ!?」
ニルスさんとナユタが驚きの声をあげる。ユウジって……ナユタの、お父さん……?
「やっ。無事でなにより」
山田先生……いやユウジさん? ユウジさんは慎重にヘルメットを取って、近くの資材の上に置いた。
そして、ユウジさんを殴った男から角材を取り上げる。
「あれをかぶっていると死角も多くてね……お見事」
「ひ、ひええええ」
男は猛ダッシュで廃工場を出ていった。
「パパ……どうして……」
「そりゃあ、自分の一人娘を国外に出して心配にならないわけないだろう。どうせ僕の仕事は肉体がなくてもできるしね。教師として働きつつも、時間のある時にインターフェイスを使ってノルウェーの社員とやり取りをしていたのさ。ちなみにあれも試作機」
「んんー、パパーっ!」
ナユタは駆け出して、ユウジさんに飛びついた。ユウジさんは嬉しそうに受け止めて、ぐるぐると回してからそのたくましい腕でナユタを抱えた。
「娘は返してもらうよ」
声をかけられて、唖然としていた団長が急に再起動する。
「こ、こいつはどうなってもいいのか! 殺す……」
俺に右手を突きつけてきたが、団長はナイフの刃がなくなっていることを思い出した。
「もうやめなさい。子供たちにそれ以上みっともないところを見せるんじゃない」
ユウジさんに静かに諭されて、団長は脱力してくずおれた。他の団員たちも戦意を喪失し、すすり泣き始める。
「も、申し訳ありませんユウジ様……私がついていながら……」
「本当だよニルス、大失態だ。……それに比べて土佐君。よく冷静に対処してくれたね」
「はあ……まぁ予行演習もありましたしね……」
それでもどっと力が抜けて、俺もその場に座り込んだ。
「どうしましょう、警察に通報しますか」
「そうだね。日本の警察に任せて――」
「待ってパパ」
ナユタはユウジさんの言葉をさえぎって、腕から飛び降りた。
「お前たち。反省しているか」
「……反省してるよ。自分でも冷静な判断ができなくなってた……大人しく自首する、警察を呼んでくれ……」
「明日食べるお金にも困ってると言ったな。……ならばこうしようではないか。仕事を頼みたい」
「ナユタ様! こやつらは――」
ニルスさんがすぐに口を挟むが、ナユタはそれを手で制する。
「確かにやったことは犯罪だ。しかし、彼らの演技力は本物。……お前も見ただろう。あの才能を塀の中で埋もれさせるのはもったいない」
「お、お嬢ちゃん……」
団長は涙ぐんでナユタを見つめる。
「それに……土佐ケン、これはチャンスだ」
「チャンス? ……そうか!」
ライブの出番まで、残り一時間。




