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風をあつめて その1

「土佐君」


 入学式が行われる体育館に向かう途中、声をかけられて振り向くと、ナギちゃんが小走りで追いついてきた。


「ナギちゃん。おはよう」


 俺もナギちゃんも、すでにレンタルした謳歌学園の制服を着ている。よくある普通のブレザーだったが、娯楽施設なのに制服があるだけで少し驚きだ。


「おはようございます。入試ぶりですね」

「だねー。あのあと大丈夫だった?」

「あ、はい……。お騒がせしてすいませんでした……」


・・


 入試の時のこと。

 俺たちは同じ教室で試験を受けていた。五教科の簡単な学力テストがあって、それまでは良かったのだが、昼食のあとに行われた集団面接が問題だった。

 面接ではオープンキャンパス同様、十人くらいのグループに分けられて教室に入れられた。そして教室に入った瞬間に察した。

 ……これ、バラエティ番組のセットだ。

 教室を横に使って、左手に演台、右手に台で段差のつけられた椅子が二列。さらにはビデオカメラまでセットされている。

 ナギちゃんはその時点で目を輝かせていた。オープンキャンパスの時から察していたが、どうやら相当お笑い番組が好きらしい。ナギちゃんが最前列の端に座ったので、俺はその隣に。席についた俺を含む受験生たちは、さながらひな壇芸人だった。

 少しの間待たされたあと。教室に入ってきたのは、オープンキャンパスの時に体験授業をしてくれた桜庭先生だった。


「はーい、みなさんこんにちは。テストお疲れ様でした。では早速集団面接を始めていきたいと思いますー。あれ、お願いします」


 桜庭先生が声をかけると、教室の外からスーツの男二人がボードを抱えて入ってきた。テレビでよく見る、ところどころがシールで隠されたやつだ。


「えー、それではこれから一人一人の入学願書を見ながらいじっていきたいと思います」


 ええええ。教室がどよめく。それって個人情報じゃないの? 普通の学校なら抗議が出てもおかしくないレベルのトンデモ企画だった。

 いやでも入学願書に趣味とか好きな食べ物を書く欄がある時点でおかしいと思ってはいたんだ……。まさかこんな使われ方をするとは。


「ではまず一人目」


 桜庭先生はそう言って、ボードに貼りつけられたシールのようなものをめくる。そこには初めてみる名前が。


「えーと、南雲ミキさん?」

「あ、はあい」


 頭上から異様に甘い声が聞こえてきて、思わず振り向いた。


「南雲ミキです。みなさんよろしくね」


 そこにはとんでもない美人がいた。ナギちゃんを可愛い子、ナユタ嬢を美少女とすると、この人は間違いなく美人に分類される。なぜなら。


「四月二十日生まれの二十四歳ね」


 桜庭先生が次のシールをめくってそう言う。

 南雲さんは大人だった。そのおっとりとした顔にはまだあどけなさが残っているものの、茶色く染められた肩にかかる髪や、適度な化粧、ぷるんとした唇、胸元の開いた服から見える白い鎖骨。そして……谷が。谷が明らかに少女のそれではなかった。なんかこう、全身からピンク色のオーラが垂れ流されていた。


「血液型はO型、埼玉出身……」


 そして、桜庭先生が次のシールをめくると、

「趣味……人を気持ち良くさせること……!」


 教室内の男性陣が思わず「おおー」と唸り声を上げた。ナギちゃんがいるので俺は心の中で言った。


「え、ちょっとこれ大丈夫なやつですか? 未成年もいますけど」


 そう言う桜庭先生もデレデレしている。男とは悲しい生き物である。


「あ、やらしい意味じゃないですよー? 私エステティシャンの資格持っててー」


 う、うーん。健全なのだろうがどうしても何かいやらしい方向に妄想してしまう。男とは(以下略)。

 桜庭先生は平静を装って面接を進行する。


「あ、ああー。なるほどね。じゃあなんで謳歌学園に?」

「結婚してお仕事辞めちゃったんですけど、暇になっちゃったんですよねえ」


 人妻……! 残念ながら俺に人妻萌えはないが、一定層に需要のある属性なのではないだろうか。現に教室内の男性陣の鼻息が荒くなっている気がする。そういえばオープンキャンパスでド下ネタを連発したあの変態紳士もいた気がするが……。俺は前列のナギちゃんとは反対側の端を覗き見た。


「ムフー」


 めっちゃ良い笑顔してる。ダメだあんまり見ないでおこう。


「な、なるほど。このままだと男性陣の理性が崩壊しかねないので次行きましょう」


 桜庭先生がシールをめくる。


「好きな食べ物……バナナ……」


 南雲さん絶対狙ってるだろこれ! いやらしいやつだろ! 男性陣が興奮しすぎて教室内の温度がちょっと上がってるような錯覚に陥るよ! ナ、ナギちゃんは大丈夫だろうか。


「……」


 め、目に光がねえ! 男の下ネタはいけるけど女の下ネタはダメっぽい!


「つ、次! 入学したらしたいことは何かありますか!」

「疲れてる人をマッサージしたりして癒して――」

「ストーップ! 南雲さんストップ! ありがとうございました!」

「はあい」


 あの温和な桜庭先生をあそこまで困らせるとは……恐るべし人妻。


「ふ、ふう。次の人いきましょう……」


 スーツの男たちが次のボードを運んできて、南雲さんのボードを片付ける。昂った男たちがようやく落ち着いてきて、俺はほっとした。あ、ナギちゃんの目にも光が戻ってきた。


「気を取り直して……榊アツシさん」

 

 あっ。確かあの変態紳士だ。この流れで大丈夫だろうか。


「はい、私です」


 端の席でピシッと手を上げる。外見はいかにもジェントルマンなのだが……。


「へー、一月一日生まれですか! めでたいですねー」

「ええ。あまり良い思い出はないのですが……」


 お年玉と誕生日が一緒か……なんとなく想像できる。


「五十六歳。A型。神奈川出身。趣味は散歩で、好きな食べ物はいなり寿司と」


 あれ、なんかとんでもない趣味があるのかと思ったら普通だ。


「入学したら何がしたいですか?」

「そうですね……青春、ですかね」


 人生の大先輩に対して失礼極まりないのですが、キリッていう顔が最高にムカつく。

 まぁでも言ってることはまともだったし、何か事案が発生したわけでもないので良しとしよう。

 そんなこんなで残りの面々もバラエティ風に紹介されていき、残りは俺とナギちゃんだけになった。


「次、八千代ナギさん。オープンキャンパスでも会ったよね」

「あっ、はい」


 指名されて驚くナギちゃんを余所に、桜庭先生は次々とシールをめくっていく。


「六月九日生まれの十六歳。血液型はAB型、東京都出身。なるほどなるほど」


 知らなかったナギちゃんの情報が衆人環視の中明かされていく。恥ずかしがるナギちゃんを見ていると何か邪な衝動に駆られるが堪えろ俺。


「趣味はテレビ、読書か。どんなのが好きなの?」

「えっと……お笑いが」


 これは予想通りだった。


「例えばどんな番組?」

「おしゃべり009とか、ハレトークとか……」


 有名番組なだけあって、俺を含めた他の面々も「あー」と頷く。カメラが向けられているからか、どこかリアクションが芸人っぽくなっている気がする……。


「じゃあまさにこんな感じのセットだよね。どう? 楽しい?」

「あっ、はい! 一度座ってみたかったんですひな壇!」

「おー。でもひな壇に座るからには無茶振りも覚悟しないとダメだよ?」

「あ……はい、頑張ります」


 うーん、桜庭先生のソフトS感とナギちゃんのソフトM感が絶妙に……っていい加減にしろ。


「好きな食べ物は焼き魚ね。入学したら何をしたいですか?」

「えっと……友だちを、作りたいです」

「友だちいないの?」


 む。これはなんかグレーな話な気がする。


「あ……はい……」


 いかん。ナギちゃんが落ち込み始めている。ええい、ここは芸人になりきってしまえ。


「あ、俺も友だちいないんですよー!」

 自分でもびっくりするほどでかい声が出てしまった。冷や汗が浮かぶ。


「おお、じゃあ友だちになっちゃえばいいんじゃない?」


 桜庭先生も話に乗ってきた。


「いやー、実はオープンキャンパスの時に、入学したら友だちになろうって約束してて」

「え、それって実質入学する前から友だちできてるようなものじゃない? 入学したらの目標もう達成しちゃってるよね」

「そうなんですよ。っていうかナギちゃんそんな約束しといて友だちいないって酷いよ!」


 ナギちゃんは呆けた様子だったが、その表情が砕けた。


「土佐君だって、大声で友だちいないんですよって言ったくせに……」

「あ……」


 しまった、素で失言をしていた……。でもナギちゃんのツッコミをきっかけに、暗くなりかけていた空気がちょっと和んだ。他の面々も笑みを浮かべている。どうやら乗り切ったらしい。

 桜庭先生が小さく親指を立てて俺に視線を送ってきた。グッジョブ、ってことだろうか……。でもきっと俺が何もしなくても先生がフォローしてくれてたのかもしれない。そう思うとちょっと恥ずかしかった。


「はい、じゃあ次ねー。おっ、土佐ケン君」


 全員噴き出した。


「先生その順番悪意ありますよね!」

「いやないない! ほんとランダムだから!」

「……ぷぷぷ」


 さっきまで沈みかけていたナギちゃんまで顔を思いっきり背けて痙攣気味に笑っている。


「ぐぬぬ……」

「はいはい落ち着いて土佐ケン君、どうどう」

「だからーっ!」


 俺は完全にオチ要因として使われ、その後も散々いじり倒されて面接は終わった。ナギちゃんは笑いすぎて、面接が終わる頃にはぐったりしていたのであった。

この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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