誰かの願いが叶うころ その10
「……あー、あのドッキリの! すいません、あの時カッとなっちゃって」
「あ、いやいやこちらこそ。ちょっとやりすぎたったよね」
「まぁ演出したのはナユタですし……。ってことはあれですか、またドッキリですか? すいません、さすがに今日は忙しいので、また後日にしてもらえませんかね……」
「ところがどっこい、今回はドッキリではないんだな」
入学式で誘拐犯のボスを演じた団長らしき男が、指をパチンと鳴らす。
すると資材の影から、口をガムテープでふさがれ、ロープでぐるぐる巻きにされたナユタが姿を現した。背後には二人の屈強な男がおり、ナユタの背を押している。
「んー!」
「ナユタ! おい、怪我させてないだろうな!」
「安心しな、俺たちは別にそういう趣味があるわけじゃない。……ただ」
「ただ?」
「金が……ないんだ……」
「は?」
「金がないんだ!」
「いや、そんな開き直られても……」
団長はため息をついて、資材に腰かけた。
「二十二で大学の仲間と劇団を立ち上げて十年……。売れなくてもみんなでバイトをしながら騙し騙し続けてきたが、もう限界ってとこだった……。しかしそんな時、そこのお嬢ちゃんから仕事の依頼があった。正直助かったよ……」
「じゃあなんで誘拐なんか……」
「仕事一本で立て直せるような状態じゃなかったんだ……。劇団を運営するっていうのは金がかかる。衣装やメイク、小物なんかも必要だ。劇場を借りる時もお客が入らなきゃ金だけがかかっちまう……。バイトだけじゃまかないきれなくて、借金もかなりかさんでるんだよ」
「はあ……。あのですね、誘拐なんかして得た金で、劇団を立て直せると思ってるんですか? 仮にこの取引が成立したとしたら、金を渡したあとで普通に警察に相談しますけど」
「ならどうすればいいんだよ! このままじゃ俺だけじゃない、団員全員が路頭に迷っちまう!」
「自業自得じゃないですか! 大人しく夢を諦めて働けば――」
夢を諦めて働けばいいじゃないですか。そう言いかけて、自分の心がもやっとするのを感じた。
もし俺がこの人の立場だったらどうするだろう。諦めて大人しく働くことができるだろうか。
「……夢を諦めろとは言いませんけど、犯罪はダメですって。もう少しちゃんとしたやり方で粘ってみましょうよ」
「俺だってそうしたいさ……だけど実際問題、明日食べるお金にすら困ってるんだ……」
そう言って、団長はゆっくりと立ち上がる。そしてポケットから、鈍く光るものを取り出した。
「ちょ、団長さん……?」
「だから……頼むよ。金を用意してくれ。じゃないと俺はこいつを……」
団長は震える手で、ゆっくりとナイフをナユタの喉元へと近づけていく。
「おい貴様! ナユタ様を少しでも傷つけてみろ! 皆殺しにするぞ!」
「ああいいさ! どっちにしろ生きるか死ぬか半々だ!」
ダメだ、完全に正常な判断ができなくなってる……。
「ニルスさん、とりあえず取引に応じませんか。もうなにを言っても無駄な気がします」
「くっ……わかった」
「その前に」
俺は団長に向き直る。
「人質を俺と変わってください。入学式に演じたような快楽殺人犯ではないでしょう?」
「土佐ケン……!」
団長は少し考えて、すぐに首を振った。
「だ、ダメだ。お前が人質になったら、身代金を要求できなくなる。お前を置いて逃げるかもしれない」
「ニルスさんはわかりませんけど、少なくともナユタはそんなことしません」
「ケンイチ……」
「……わかった。来い」
俺は一度息を吐いて、ナユタの元へ歩み寄る。団長はナイフの切っ先を俺に向けなおし、ナユタを解放した。
「お嬢様……!」
「ニルス……!」
二人は軽く抱擁し、ニルスさんはすぐにナユタを背後へ隠した。
「さあ、取引をしろ!」
ニルスさんは舌打ちをして、懐から携帯端末を取り出した。軽く操作をしてから耳に当てる。
なぜか、工場内に電子音が鳴り響いた。
「え? 誰にかけたんです?」
「ユウジ様のはず――」
突如、雷鳴のような音が響き渡り、ニルスさんの言葉を遮った。
耳鳴りに顔をしかめながら周囲の状況を確認すると、驚きのあまり目を見開いた団長が目に入った。
その手に持っていたナイフの刃は、綺麗になくなっていた。
「な、なんだ……?」
周囲を見回した時、工場の壁沿いに据え付けられている足場の上で、煙が揺らめいているのが見えた。
「間に合いましたね」
ボイスチェンジャーを使ったかのような低い声。
俺は口をあんぐりと開けて、それを見た。
フルフェイスのハイテクヘルメットをつけた人が、やたらでかい板のような、おそらくライフルを膝立ちで構えていた。
「や、山田先生……?」
山田先生はライフルのようなものを足場に慎重に置くと、当然のようにそこから飛び降りた。
工場の地面に着地して立ち上がり、白衣の襟を正す。
「いやあ、命中して良かった。あの試作機のレールガン、電力の関係で一発しか撃てないんですよ。インターフェイスの射撃管制があるとはいえ、一発勝負は怖いものです」




