誰かの願いが叶うころ その8
「はい、じゃあとりあえず向かってください……それじゃ」
南雲さんとの通話を終えて、俺は大きく息を吐いた。
「まずいな土佐ケン……」
「さすがに聞こえてたか。ぴったりくっついてたもんな人目もはばからず」
「ああ……これはまずいぞ……」
「顔赤いぞ」
「そ、そんなことはどうでもいい! どうするのだ土佐ケン!」
俺は顎に手を当て、探偵のようなポーズで悩み始めた。
「手は……なくはない」
「なんだと! どんな手だ!」
「いやしかし、こんな手を使っていいものかどうか……」
「今は緊急事態だ! 躊躇している場合ではないぞ土佐ケン!」
「うーむ……確かにそうだ……。よし」
俺は意を決して叫んだ。
「あっ、南雲さんがメイドのコスプレしてる!」
「なんですと!」
スーツ姿で鉢巻をした榊さんが、窓から突然顔を覗かせた。
「……なにしてるんですか榊さん」
「いや、そこで屋台をやっていたのだがとても素敵なワードが聞こえたような気がして」
自分でやっといてなんだけど怖い。
「それが榊さん、緊急事態なんです。南雲さんが新潟で立ち往生してしまって……」
「なんですと! 直ちに救出に向かわねば!」
「あっ、榊さん!」
榊さんは「南雲すわ~ん……」という叫びを残してあっという間に走っていってしまった。
「まだ細かい場所も伝えてないのに……」
・・
「あとは待つしかないか……。スメラギコーポレーションの力でなんとかできないか?」
「ノルウェーには自家用ジェットがあるが、さすがに日本に来るのを待ってたら日が暮れるじゃ済まないぞ……」
「……自家用ジェット、あるのか」
「あるぞ」
ガチで金あるんだなスメラギコーポレーション……。
「と、とりあえずタイムスケジュールを確認しよう。ステージ担当のニルスさんたちに相談しないと」
「お、おお。そうだな」
俺たちが校庭に向かおうとすると、榊さんがいたのとは反対側の窓から話し声が聞こえてきた。
「なんだ……?」
「ん、どうした土佐ケ――」
「しっ」
俺が人差し指を立てると、ナユタは口のチャックを閉めるような動きで応えた。
姿勢を低くして少し前に進むと、はっきりと話し声が聞こえてくる。
「Hey! what's up」
「オ、オーオオオオ」
英語のできない英語教師マイケルが外人に絡まれてるー……!
尋常じゃないきょどり方してるー……!
「行こうナユタ」
「え、喋っていいのか?」
「ああ、大丈夫だろう。普通に挨拶してるだけっぽいし」
「はっ、離してください!」
えっ。
俺は踵を返し、もう一度窓の外をよく見た。
大男の外国人の影に、腕をつかまれたナギちゃんがいるのが見えた。
「まさか、絡まれたナギちゃんをマイケルが助けようとしたのか……?」
「おいどうするのだ土佐ケン!」
「くっそ、次から次へとトラブル起こりやがって……止めるしかあるまい、お前はここで待ってろ」
「ニ、ニルスを呼んでくる!」
ナユタはドヒューンという効果音が似合いそうなほど猛スピードで走っていった。
俺は窓から、なるべく音をたてないように外に出る。
ちょうどその時、マイケルが声をあげた。
「シ、シーイズフリー!」
「それじゃ“彼女は無料です”になっちゃうだろ!」
あっ。しまった、ついツッコミを……。
「Oh boy」
何人かの外国人の中でも一番屈強な金髪の男が、へらへらと笑いながら近づいてくる。やばいどうしよう。
俺がどうすべきか考えながらじりじり後退していると、目の前をなにかが通り過ぎた。上から下に。
足元でストンという音がしたので、俺も金髪も下を見た。
鉛筆が刺さっていた。コンクリートに。
「What the――」
もう一本鉛筆が降ってきた。金髪は悲鳴をあげながら飛びのいてそれを避ける。その鉛筆は、コンクリートに突き刺さった。コンクリートに。
「なんだこれ……」
見上げると、三階の窓から一人の男が顔を覗かせていた。
「おー、悪い悪い。下に人がいるとは気づかなかった」
そう言いながらも、男はダーツの要領で鉛筆を金髪に投げた。
金髪はそれを避けたが、これによってチンピラ外国人たちの敵意は完全にあの男へと向かうことになる。
おそらく放送できないようなことを喚き散らしながら、チンピラたちは三階を目指して校舎に入っていった。
「あ、ありがとうございますー!」
「いいってことよ。あ、そこのお嬢ちゃん」
解放された安心感から、涙目になっているナギちゃんに男は声をかけた。懐から一枚の紙を取り出し、放り投げる。
それはひらひらと舞い落ちて、ナギちゃんの手におさまった。
「なにかあったら連絡しな」
俺はナギちゃんの持っている黒い紙を覗き見る。
「かど……」
「“すみ”って読むんだと思う」
その黒い紙は名刺のようだったが、“角金剛”という名前と電話番号しか書かれていなかった。
もう一度三階を見上げると、すでに男はいなくなっていた。
「だ、大丈夫君たち」
「英語勉強しろマイケル」
マイケルをさらっと流したあと、気になって、俺は落ちていた鉛筆を拾う。見ると、鉛筆の芯の部分がキラキラと輝いている。
「これ……まさかダイアモンド……?」
直後、三階から騒がしい声が響いたが、すぐに静かになった。
・・
「え? ナユタが来ていない……?」
「ああ。本当に私を呼びに行くと言っていたのか?」
ナギちゃんを連れて運営本部に戻ってきたが、そこにナユタの姿はなかった。ニルスさんも困惑している。
「はい、確かに……まさか自分の庭で迷子ってことはないでしょうし……」
ニルスさんは無線を使い、校内にいるお手伝いさんたちに連絡をする。しかし、目撃情報は得られなかった。
「あのー……」
声をかけられて振り向くと、遊びに来てくれていたらしいカップルが立っていた。
「どうしました? なにか落とし物ですか?」
「いやその、校門にこれ貼りつけてあったんですけど……」
そう言って、一枚の封筒を差し出してくる。
「ちょっとすいません」
受け取って封を切ると、中には一枚の紙が入っていた。それを取り出してすぐに、背筋に冷たいものが走る。
「……“貴校の校長は我々が誘拐した。身代金一億円を用意しろ”」
新聞の切り抜きで、そう書かれていた。
「LIU:2016発目の弾丸は君がために / ウサギ様」より、角さんに登場していただきました!
http://ncode.syosetu.com/n9838dg/




