誰かの願いが叶うころ その5
「ど、どうだ」
「おう、結構沢山来てるぞ」
音楽室に戻ってきたソノカさんが、そわそわと落ち着かないナユタに言う。
「おおー、緊張するぞ……」
「お前も緊張することがあるのか」
「あ、当たり前だろう! 私だって人間だぞ!」
「普通緊張するのはオーディションを受ける側だと思うけどな……よし、ナギちゃん一組目を呼んで」
『わ、わかった』
インカムから聞こえてくる声は震えていた。どうやら案内係を任せたナギちゃんも緊張しているらしい。
今日は謳歌学園フェスの舞台に立つ、出演者のオーディションの日だった。
フェスの開催が決まった直後からポスターやSNSなどで宣伝をしていたのだが、正直そっちはあまり効果がなかった。
ではなぜ沢山の人が集まったのかというと、半分以上は南雲さんの伝手なのだった。大学時代に音楽サークルに所属していたためか、知り合いに音楽をやっている人がかなりいるらしい。そこから口コミが広がっていって、結果こういうことになったようだ。
と、そんなことを考えていると最初の一組が入ってきた。
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします……」
驚いたことに、中学生くらいの二人組だった。なぜかプラスチックのバッドを持った元気な女の子と、少し戸惑い気味の男の子。
俺にはわかる。この男の子はこの女の子に振り回されている。
「えっと、まず簡単な自己紹介をどうぞ」
「ミミミだ」
「あ、シドです」
エントリーシートを見ながら確認する。ミミミにシド……珍しい名前だな。
「はい。それじゃ、パフォーマンスを見せてください」
「ショートコント、“裁判”」
「なにそれ聞いてな――」
「被告人! 今は検察側の冒頭陳述ですよ!」
「えっ、そうなの?」
「そうなんです! おほん……我々検察側は被告人の犯した罪の決定的な証拠を見つけました」
ミミミちゃんはやたら完成度の高い芝居をしながら、胸ポケットから折りたたまれた紙片を取り出した。
そしてすたすたとこちらへ歩いてきて、机の上、俺の目の前にそれを置く。
「証拠として提出します」
「あ、はあ……」
俺が困惑しながらもその紙を広げると……。
「あの、これは一体……」
その紙には、おそらく胸の大きな女性の絵が描かれていた。
「それは被告人シドが描いた理想の巨乳の女です!」
「うわあああああ」
シド君が絶叫しながら俺の持つ紙をひったくり、音楽室を飛び出そうとしたところ。
「ジャッジメントォッ!!」
ミミミちゃんが持っていたバッドで額を殴打し、シド君は綺麗にぶっ倒れた。
「ありがとうございましたー」
そう一礼すると、ミミミちゃんはシド君を引きずって帰っていった。
「な、なんだったのだ……」
「……あ、ナギちゃん? 次の人呼んでくれる?」
・・
最初が最初だったのでどうなることかと思ったが、南雲さんの音楽仲間さんたちはさすがの安定感だった。
お笑いやダンスでの出演者も結構決まり、枠がほぼ埋まりかけた時のことだった。
「よろしくお願いしま……あ」
「あ……」
「ん? どうした?」
音楽室に入ってきた面々に、俺は見覚えがあった。
見覚えがあるどころじゃない。一年ちょっと前まで、高校で一緒にバンドをやっていた木下たちだった。
「土佐……なんでこんなところに……」
「いや……」
その一団の視線を受けて、俺はうつむくことしかできなかった。
一年前の部室の記憶が蘇る。
先輩も同級生も後輩も、俺を白い目で見て――
「ケンイチ」
声をかけられてはっとした。ナユタが、俺の背にそっと手を当ててくれる。
「私がついてるぞ」
そのたった一言で、心に火が灯ったようにエネルギーが溢れてきた。
俺は立ち上がり、頭を下げる。
「悪かった」
そして顔を上げる。
「俺は今、この謳歌学園で文化祭実行委員をやってる。謳歌学園フェスを企画したのも俺なんだ」
「……あ、そう」
「別に俺を許してくれとは言わないから、協力してほしい」
木下は黙ってベースのセッティングを始める。他の面々も顔を見合わせたあと、自分の配置につく。
「えーと……。都立嘉多蔵高校軽音部です。お願いします」
ドラムの後輩がそう言って、カウントを始める。
木下は一年前よりも格段に上手くなっていた。




