誰かの願いが叶うころ その4
数日が経って協議会の日。
俺はナユタの言っていたことをひしひしと肌で感じていた。
「……」
「あの……」
「……」
「ええと……」
ナユタと一緒に用意してきた説明を一通り終えても、近隣住民の人たちはうつむいたままだった。
「なにか質問がありましたら、遠慮なくおっしゃってください」
ナユタのアシストが本当に心強い。ようやく住民たちは顔を見合わせ、唸りだした。
「あのー、ここにライブってありますけどー」
挙手もせずに話し始めたのは、三十代と思しき小太りの男だった。
「この辺って住宅が密集してるじゃないですか。騒音の問題とか大丈夫なんですか? 僕夜勤のことも多いから、寝れないと困るんですけど」
「あ、その点については大丈夫だと思います。ちゃんと騒音規制に準じますし、曲目も事前にオーディションをして、聞き心地の良い演者を選びますから」
「つっても聞き心地の良い悪いを決めるのはこっちなんだけど……」
男は消え入りそうな声でぼそぼそと反論する。
「もちろん前日にリハーサルをしますから、その際にご意見をいただければ改善できるように頑張ります」
「文句言ったらイベント中止してくれるんですか?」
「いや、それは……」
なるほど、ナユタの言っていた通りだ。これはなかなか辛いものがある。
情けないことに二の句が継げずにいると、ナユタが立ち上がった。
「極力文句が出ないように調整するために開かれているのが、この協議会です。こちらも誠心誠意対応いたしますので、どうかご納得ください」
「あ、はあ……そうですか」
・・
なんとか協議会を乗り切って、俺とナユタは家に帰ってきた。
「ふー……疲れた」
「疲れたなぁ。なにか飲むか?」
「今日寒いし、ココアでも飲みたいかな」
「うむ、任せろ」
台所の方でナユタがそう言うと、やかんにお湯を入れる音がして、ガスコンロの火が点く音がして、間もなくシューとお湯が沸く音が聞こえてくる。それからカップにお湯を注ぐ音、それをスプーンで混ぜる音。
疲れて頭がぼうっとしてるせいもあってか、妙に心地よかった。
「できたぞー」
「おう……ってなんで当たり前のように俺の家に帰ってきてるんだよ」
「なにを今更」
ナユタは呆れたように言って、ココアを吹いて冷ましてからすすった。
俺はなぜか納得してしまって、テーブルの上の湯気の立つココアに口をつけた。糖分が染みる。
「なあ」
「ん? なんだ?」
「ノルウェーってどんなところなんだ?」
「良いところだぞー。日本みたいに近未来的な感じではないが、自然は豊かだし、みんな幸せに暮らしている」
「へー……寂しくなったりしないか?」
「なんだ、責任でも感じているのか?」
図星だった。もし――
「もし俺がちゃんとしていれば、母国を離れてこんな無茶をするようなことはしなかったんじゃないかって?」
「心を読むのはやめろ」
「ふふん。それは自意識過剰だぞ土佐ケン。確かに半分はお前のためだが、半分は私のためなのだ。開校時に宣言したことは、お前のための方便ではない」
「ならいいんだけどさ」
俺は少し恥ずかしくなって、顔を隠すようにカップに口をつけた。
「しかしそうだな……いつか来るといい。ノルウェー」
「は、はあ?」
「――――」
突然ナユタが呪文のような言葉を喋った。
その時はなんて言ったのかわからなかったが、俺が呆然としていると、ナユタは恥ずかしそうにはにかんだ。




