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学園生活はエンターテイメントでなければならない! その4

 オープンキャンパスが終わり、俺が校庭の端にあるベンチに座って芝生を眺めていると、


「あ、あの」


 声をかけられた。ナギちゃんだった。

「あ、どうも」

「ど、どうも」


 なんだろうと思ったら、ナギちゃんはそのまま俺の隣に腰かけた。


「……」

「……」


 な、なんだ。なぜ座った。目を泳がせながら何も言わない。


「あの……何か用ですか?」

「えっ、えっと。えっと……。土佐ケンさんは――」

「すいません、土佐かケンイチかどっちかにしてください……」

「あ、ごっ、ごめんなさい」

「いえ、いいんですけど……」


 多分悪意はない。多分。心を広く持とう。


「で、なんです?」

「あ、えっと……入試、受けますか? 謳歌学園の」


 さっきのディスカッションの中で質問が出ていたが、年末には入試という名の簡単な学力テストと面接を行うらしい。前科でもない限り、受ければ合格するという。


「うーん……まだちょっとわからないですね」

「そうですか……」

「そうですね」

「……」


 会話が空気の抜けたバスケットボールのように弾まない。会話を続ける努力をするべきか、適当にはぐらかして帰るべきか……帰ろう。


「あ、もうこんな時間か。そろそろ――」

「あ、あの!」


 俺が立ち上がろうとすると、服の裾を掴まれた。ナギちゃんは子犬のような目で俺を見ていた。別に俺は土佐犬じゃないんだからそんなに怖がらなくても……。


「もし、謳歌学園に入ったら……」

「え?」

「もし謳歌学園に入ったら……友だちになってくれませんか」


 突然のお友だち予約。こんな可愛らしい子に袖を掴まれてそんなことを言われれば、ほいほいついていってしまうのが男ではあるが、逆に俺は思った。

 なんで俺にそんなことを言うんだろう?

 ラノベやアニメでもない限り、初対面で可愛い女の子がここまで急接近してくるわけがない。何か理由があるはずだ。


「あの、もしかして知り合いでしたっけ?」

「え、いや、そうではないんですけど……」


 耐えきれなくなったのか、ナギちゃんは合わせてくれていた視線を逸らす。こんなに人見知りっぽい子が、知り合いでもない俺に声をかけてきてくれたと思うと、ますますわからなくなる。

 とは言え、せっかく声をかけてきてくれたのだ。それをノーと突っぱねられるほど俺はSじゃない。


「えーと、自分で良ければ喜んで」

「あっ、え、いいんですか?」

「むしろ自分でいいんですか? 同世代の女の子とかの方が……」

「……いいんです」


 え、なぜ悲しそうな顔をするんだ。その台詞は某スポーツキャスターの人みたいに元気良く言わないと。


「本当にいいんですか? なんか無理してません?」

「無理してません!」

「ご、ごめんなさい」


 ちょっと大きな声に驚いて、反射的に謝ってしまう。悲しきかなチキンハート。


「えーと、まだ入学するかもわからないですけど……もしクラスメイトにでもなったら、よろしくお願いします」

「あっ、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ようやくナギちゃんは笑顔になって、服の袖を離してくれた。立ち上がって丁寧に頭を下げてきたので、俺も釣られておじきを返す。


「それじゃ、今日はこれで」

「は、はい。あの、さようなら」

「うん。もしかしたらまた入試で」

「はい!」


 ナギちゃんはちょっと赤くなった頬で嬉しそうに笑った。なんというかこう、俺が言うのもなんだけど犬っぽい。抱きしめて頬ずりしながら撫で回したい衝動を必死に堪え、俺は謳歌学園を後にした。


    ・・


「ただいまー……」


 食材の買い物を済ませて、俺は帰宅した。言わなければいいのに、俺はまた誰もいないアパートの玄関でただいまを言ってしまう。

 買ってきた物を冷蔵庫に入れていく。今日の夕飯はまたパスタだな……。でもその前にちょっと横になろう。

 俺は台所から六畳間に通じるドアを開けて――


「おう、おかえり」

「……」


 そっと閉じた。

 今、部屋の中央のテーブルに広げられた寿司と、それをつつくナユタ嬢とスーツの男たちを見たような……。蜃気楼かな? 俺はもう一度ドアを開けた。


「どうした? サーモンあるぞ」


 ナユタ嬢はそう言って、箸でつまんだサーモンの握り寿司をひょいひょいと振る。

 うーん、なんかもう考えるの面倒になってきた。


「わー、いただきまーす」


 スーツの男たちがスペースを開けてくれたので、俺はそこに入って寿司をつまむ。


「あー、美味しいなぁ。寿司なんて滅多に食べられないんですよ」

「そうだろう、そうだろう。金を取ったりはしないから好きなだけ食べるが良い」

「えー、ほんとですかー? わー」


 俺は屈強な男たちに挟まれて寿司を頬張るが、あんまり味がわからない。


「えーとそれで……なんでここに?」

「遊びに来たのだが?」


 対面の美少女はそう言うが、んー。質問の仕方が悪かったな。


「えーと……鍵がかかってたはずなんですが?」

「アパートの鍵など、私のお手伝いさんにかかれば無いも同然」


 隣のスーツさんが手品のように両手いっぱいの工具を出した。あちゃー、これ犯罪だ。


「えーと……そもそもなんで俺の部屋に?」


 最後の質問に、ナユタ嬢は黙った。箸を器用に使ってトロを口に運ぶ。


「ほむほむ……やふぁり覚えていないか」


 お嬢、飲み込んでから喋りましょう。


「覚えてない……?」

「まあいい。行くぞお手伝いさんたち」


 ナユタ嬢が立ち上がると、スーツの男たちも一斉に立ち上がった。六畳一間にこれだけの大男が立つと、とんでもないプレッシャーを感じる。

 スーツの男の一人がドアを開け、ナユタ嬢が出ていく。


「土佐ケン」


 ドアの前で止まって、ナユタ嬢は振り向きもせずに言った。


「あの……できれば土佐かケンイチでお願いします」

「嫌だ」

「あ、はい……」

「……土佐ケン。お前は謳歌学園に来い」

「え?」

「私がお前を、必ず救ってみせる」

「……救う?」


 ナユタ嬢はそう言い残して、スーツの男たちと共に出ていってしまった。


 覚えてないとか救うとか……俺は彼女に何か貸しでもあるのか? いやでも全く思い出せない……。

 一分くらいは思いだそうと頑張ったのだが、堪え切れず、俺の意識は残された寿司に向いた。

 改めて一口……う、うまい……。日々ギリギリの資金での生活を強いられる貧乏学生の俺にとって、寿司というものがどれほど貴重な存在か……。普通の高校生にはわかるまい。俺は一貫一貫を噛みしめながら味わった。


「も、もう食えん……」


 俺は結局、残された二十貫弱の寿司を食べ切った。幸せ。俺はテーブルを壁に立てかけて、布団を敷いて横になった。今なら喜んで牛になろう。その後焼き肉にされても構わない。

 冗談はさておき、俺は天井を見つめながら未来について考えることにした。

 選択肢はいくつかある。

 一つは自力で勉強して高卒認定試験を取ること。しかしこれは俺のことだから、サボる可能性が非常に高い。そんなに難しくはないと聞いているけど、何度も不合格になる余裕はない。もしこれをやるのなら少なくとも来年の二回の試験で合格しなければ。

 次に普通の高校に編入すること。きっとこれが一番賢いやり方だ。でも……俺はまたあの集団生活の中で、周囲の調和を壊してしまうんじゃないだろうか。その結果また高校を辞めでもしたら目も当てられない。一般的には賢いやり方でも、俺にとっては多分リスキーな選択肢だ。

 もう一つは大人しく実家に戻って、旅館を継ぐこと。……これはあまり考えたくないな。旅館を継ぎたくなくて東京に出てきたというのに、これを選んでは負けを認めたことになる。少なくとも戦えるうちは戦いたい。

 そして……謳歌学園に入学すること。大学の受験資格を得るためには、多分悪くない環境なんだ。勉強のサポートもあるらしいし、一般的な高校ほど集団意識を持たなくても、自由にやっていけそうな気がする。

 それに何より……楽しそうだった。あらゆることが無茶苦茶で、ツッコみが追いつかないほどだったけど、今も謎の心地良い疲労感に包まれている。

「学園生活はエンターテイメントでなければならない……」

 俺はナユタ嬢のあの演説の言葉を反芻する。きっと親父に言ったらまたぶん殴られるだろうな。

 でも、きっと後悔しないと思う。例えそれがなんの役にも立たないくだらないものだったとしても、有益だけど苦痛な日々よりも、馬鹿馬鹿しい楽しい日々の方が、俺を支えてくれる気がする。

 大人はこう言うだろう。成長するということは苦く痛いものだと。

 でも俺は、楽しく成長したいんだ。


 そして俺はもう一度親父に土下座しに帰り(意外にもあっさり許しが出た)、年末には入試という名のバラエティ番組の真似事を乗り越え――翌年の四月、私立謳歌学園の校門をくぐるのだった。

この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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