迷子の子猫ちゃん、犬のおまわりさん その7
なんかもう、何も考えられなかった。びっくりして、嬉しくて、わからなくて、恥ずかしくて、色々な気持ちが渦巻いているけど、頭の中は空っぽだった。
俺はなんとかアキラに言われたことを飲み込むため、気持ちを整理しながら館内を歩き回っていた。
いつの間にかかなり奥の方の通路まで来てしまっていたことに気付いて、引き返そうと振りかえった時。
「えーん、えーん」
いつの間にか、少し戻ったところで浴衣姿のナユタがうずくまっていた。
――その光景を見て、幼い頃の記憶がフラッシュバックする。
全てわかった。思い出した。思い出して、俺はやっぱり嬉しくて、自分が腹立たしくて、ちょっと泣きそうになるのを我慢した。
俺はナユタの近くまで歩いていって、しゃがみこむ。
「……どうした」
「……」
「部屋がわからなくなっちゃったか」
俯いたままナユタは頷く。俺は手を差し出した。
「……ごめんな」
ナユタは俺の手を握ると、涙に濡れた顔を上げて、笑顔で頷いた。
・・
俺はナユタと手を繋いで、普段はお茶会なんかに使われる離れの部屋までやってきた。俺たちは並んで、月明かりに照らされた縁側に腰掛ける。
ナユタは浴衣の袖で涙を拭った。
「やっと思い出したか、馬鹿」
「ああ……ごめん」
俺がまだ小さい頃。旅館の手伝いをやらされていた時。迷子の案内をすることもよくあった。迷子なんて年がら年中いたから、ほとんど顔なんて覚えていないけど……。確かに一度だけ、外国の女の子をこの離れまで案内したことがあった。
でもわかるわけないじゃないか。あの時は髪も短くて男の子みたいだったのに、こんなに綺麗になったんだから。
「まあ……覚えてるわけないとは思ってたんだ。ケンにとっては私も沢山のお客の中の一人だっただろうし。……でも私にとって、お前はヒーローだった」
「そんな大げさな……」
「大げさなもんか。私はあの頃日本語もできなくて、突然パパに別世界に連れてこられたようなものだった。この旅館も、まるで東洋の映画の中の迷路みたいで、怖かった。案の定迷子になったしな。でも……お前が来てくれた」
ナユタは足をぶらぶらさせながら話し続ける。
「凄く特別な体験だったんだ。私にとっては。あっちに帰ってからも、何度も夢に見た。……凄く、会いたかった」
ナユタの顔が赤い。多分俺の顔も赤くなってる。
「だから、お前が学校を辞めたと聞いた時はショックだったぞ。グレたヒーローなんてかっこ悪い」
「悪かったな……」
「ふふ……でも大丈夫だ!」
ナユタは突然いつもの調子に戻って、縁側に立った。
「今、お前は迷子になっているのだろう? 今度は私が助ける番だな!」
そう言って、どんと胸を叩く。気持ちは嬉しいけど、それで学校まで作っちゃうのはやりすぎだろ……。だけどまあ、そこまで言われたら黙っているわけにはいかない。
「悪いがナユタ。俺はお前に助けてもらわなくたって立派な大人になってみせる」
「そうなのか? でも学校辞めたら一人で勉強することになるぞ?」
「う……」
くそっ。せっかくのかっこいい台詞が台無しだ。
「が、学校には行かせてもらうが、俺は俺でちゃんと先のことを考えるから、お前もお前の未来を考えろ、ってことだよ」
「……言ったな?」
「ああ。男に二言は無い」
「……わかった。私も私の未来をちゃんと考える」
「よし。……これからもよろしくな」
「うむ!」
俺は立ち上がり、ナユタに手を差し出す。ナユタは小さい手で俺の手を握った。




