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迷子の子猫ちゃん、犬のおまわりさん その6

「あー、疲れた……」


 ソノカさんの非常に感覚的な作曲レッスンのあと、ようやく一息つける時間を得て温泉に浸かった。

 幸運なことに俺以外の客はおらず、久しぶりに貸し切り気分を味わえた。

 背後で扉が開く音がした。残念ながらうちに混浴はないので、女の子が入ってくるとかそういうハプニングはない。誰か他のお客さんが入ってきたのだろう。俺は少し端の方に移動しようとして、


「あ」

「あ、兄ちゃん」


 入ってきたのは弟のアキラだった。


「よ、よう」

「や。泊まりに来てるとは聞いてたけど、奇遇だね」

「ああ……。部活帰り?」

「うん。もうくたくただよ」


 アキラは溜め息混じりに言って、かけ湯をしてから温泉に浸かった。


「ふうー、生き返る……」

「部活、大変か」

「まあね。運動部だし。でも楽しいよ」

「そっか」


 弟は俺と違って、人に溶け込むのが上手い。チームプレーができるやつだった。


「兄ちゃんこそ。学校どうなの?」

「学校って言っていいのかすら微妙だけどな……。まあそこそこ楽しくやってる」

「ふーん。高認試験取ったらどうするの?」

「……わからん。大学でも受けてみようかな」

「本気?」

「どういう意味だよ」

「また辞めるかもしれないって迷ってるでしょ」

「……それは図星だ」

「ほらね」


 アキラは人懐っこい顔で笑った。


「ま、なんとかなるんじゃない? お姫様もいるみたいだし」

「お姫様?」

「あ……」


 アキラはしまった、という表情で口を塞ぐ。


「ごめん、今の聞かなかったことにして」

「は? なんだよ言えよ」

「いやー……内緒にしてくれって言われてて」

「ほう……じゃあ代わりに親父にお前が小さい頃女湯を――」

「わーっ、それダメ! わかった言うから!」


 ふっふっふ。正直弟に勝てるところはほぼ無いのだが、こういう弱みを握れるのは兄の特権である。


「兄ちゃんの通ってる学校、金髪の女の子が作ったんでしょ?」

「ん、知ってるのか?」

「そりゃね。あの子、わざわざうちに来て父さんを説得したんだから」

「……え?」


 なんだそれ。


「どういうこと? 詳しく」

「んー……その子には喋ったこと絶対内緒にしてよ。口止めされてるから」

「ああ」


 話の内容にもよるけど。


「あの子、小さい頃にうちに泊まったことがあるんだって。でその時、兄ちゃんに恋しちゃったらしいよ」

「はあ?」


 こ、恋? あのナユタが?


「それで、あの子のお父さんとうちの父さんが仲良いらしくてね。兄ちゃんが高校を辞めたって話をお父さん経由で聞いて、なんと入学したばかりのあっちの高校を辞めて来日。うちに乗り込んできたわけ」

「高校を、辞めて……?」


 待て。ナユタは中学を出てすぐ、謳歌学園の立ち上げを計画して日本に来たんじゃないのか?


「そう。兄ちゃんも罪だねー。うちに来たあの子が、父さんと母さんを前にしてなんて言ったと思う?」

「……なんて言ったんだよ」

「“ケン君は私が絶対に救ってみせます。だから、彼を私に預けてくれませんか”だって」

「……」


 なんだそれ……。確かにそんな言葉を、いつかナユタが言っていた気がするけど……。


「僕もその場にいたんだけどね。最初は父さんも、“お客様にそんなことをしてもらうわけにはいきません”って断ったんだ。だけどその子涙ぐみながら頭を下げるもんだから、父さんも折れたらしくてさ。最終的には頷いた」

「……嘘だろ。そんな話、親父からもナユタからも聞いたことないぞ」

「だから、内緒にしてくれって頼まれたんだって。兄ちゃんを救うって一体何をするのかと思ったら、まさか学校作っちゃうなんてね……」


 そんな馬鹿な。

 確かに俺やナギちゃんみたいな高校を中退した学生をサポートするシステムもあるけど、謳歌学園は社会に疲れた人や高校生活に悔いがある人のための娯楽施設なんじゃないのか?

 謳歌学園は、俺のために作られた……?


「兄ちゃん。これを聞いたんだから、さすがにもう逃げちゃ駄目だよ」

「……もう上がる」


 俺は半分放心状態のまま、温泉を出た。

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