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迷子の子猫ちゃん、犬のおまわりさん その4

「よし! 近くを案内しろ土佐ケン!」

「はいはい」


 俺はナユタの命令に従い、周辺を案内した。

 旅館が軒を連ねているだけあって、近くには観光するものが結構ある。

 近くの寺や神社を見て回ったり、川沿いの道を歩いたり、足湯に浸かったり。

 小さい頃から遊びまわってたから見慣れてはいるけど、この周辺の景色は今も美しく思える。秋になると紅葉が綺麗で、もっと絵になるんだけどな。


「あ、もうこんな時間……」


 スマートフォンで写真を撮っていたナギちゃんが呟く。俺も時間を確認すると、もう午後二時を回っていた。


「ほんとだ。そろそろ戻らなきゃ」

「えー。晩御飯までは自由なんじゃなかったのー?」

「南雲さんたちはいいんですけど、俺たち三人は空き時間普通に勉強しようと思って」

「一応学生だからな!」

「と、ということはここからは私と南雲さん二人きりに……!」

「私も戻って温泉入ろうかなー」

「それはそれで!」


 榊さん、心の声がダダ漏れです。


    ・・


 結局俺たちは旅館に戻り、勉強道具を持って桜庭先生の部屋を訪ねた。襖をノックする。


「桜庭先生ー。いますかー」

「あ、はいはい」


 襖が開いて、浴衣姿の桜庭先生が出てきた。


「あ、これ? 温泉入ってきたんだ。良いお湯だったよー」

「そうですか……」


 ほくほくしていらっしゃる。これから勉強するんですが……まあいいか。俺たちは部屋に上がった。


「お、来たなー!」


 突然声がして誰かと思ったら、ソノカさんが内縁の椅子に座って……いや、溶けかけていた。

 熱々のカレーにとけるチーズを乗せた状態を想像していただきたい。まさにそんな感じだ。片手にはビールの缶。


「まだ昼間だし、お酒はやめといた方がって言ったんだけど、ダメだったよ……」

「お察しします……。さ、酔っぱらいは放っておいて勉強しよう」

「酔っぱらいじゃねー!」


 いや酔っぱらいだよ。


「じゃあまず過去問からやろうか。プリント配るねー」


 俺たち三人はテーブルを囲んで座り、桜庭先生が用意してくれた過去問に取り組む。

 この部屋も自分の部屋のようなもので、畳の匂いがとても落ち着く。窓の外には緑豊かな景色が広がり、時折涼しい風が吹き込んできて心地良い。ソノカさんも気持ち良く酔っぱらうわけだ。

 ナユタが終始唸り声を上げていなければ、とても集中できる環境だっただろう。


「うん。この調子なら土佐君とナギちゃんは大丈夫そうだね。ナユタちゃんは……もうちょっと頑張りたいところだけど」

「ぐぬぬ……」


 ナユタは赤ペンで修正が入りまくった答案を見て唸る。


「どうせ問題に読めない字があったりするんだろ?」

「くっ、そうなのだ……。喋ったり聞いたりするのは得意なのだが、まだ書いたり読んだりするのは完璧ではない……」


 アニメや漫画を見てるだけじゃ難しい文字は覚えられないだろうしな。仕方ないと言えば仕方ない。


「あ、じゃあこれ貸してあげるよ」


 そう言って、ナギちゃんは鞄から一冊の文庫本を取り出し、ナユタに差し出した。


「これは何の本だ?」

「ライトノベル。難しい漢字にはちゃんとルビが振ってあるし、わからない単語があったらいつでも私に聞いてくれていいから」

「おおお……!」


 ナユタは立ち上がり、そのライトノベルを神様からの授かりものであるかのように掲げた。さすがに問題の文章は過去問を沢山やって覚えた方が良い気がしたけど、二人ともとても嬉しそうな顔をしているので俺は何も言わなかった。


「そういえば、ナユタは進路どうするつもりなんだ? 勉強して日本の大学にでも行くのか?」

「う、痛いところを突くな……。実はまだ何も決めとらん」

「まじか。そこまでノープランで日本にやってきたのはある意味凄いと思うぞ」

「そうだろう!」


 ナユタの背後に「どやっ!」という文字が見えそうな顔だった。


「もちろん謳歌学園の運営は続けていきたい! ……のだが。実は問題が山積みでな……」


 その話をしだした途端、ナユタはへなへなと崩折れた。


「問題って?」

「ナギ、考えてもみろ……。生徒数三十二名。学費が月謝換算で約三万弱。たまに一日入学に来る生徒の収益を考えても、大赤字なのだ……」

「あー……」


 俺もその辺はどうしてるのだろうと思ってたけど、やっぱり赤字だったのか……。


「今はパパや榊さんの援助なしにはやっていけない状況なのだ……。このまま赤字が続くようだと……」

「続くようだと?」

「……帰らなきゃいけないかもしれない……」


 そこには、いつか俺の部屋で見た普通の女の子がいた。十六歳の少女には重すぎる責任を背負って。ナユタが日本に居続けるためには、その責任を果たさなければいけないんだ。

 突然出てきた重い話に俺たち三人が黙る中、桜庭先生が頭を掻いて笑った。


「それは困るなー。ナユタちゃんが帰ったら、僕失業しちゃうよ」

「私だって困るぞー」

「うわ」


 いつの間にか酔っぱらいが忍び寄ってきて、ナユタにうしろから抱きついた。


「ソ、ソノカ! うわお酒臭い!」

「うるせー。あむ」

「ひあっ」


 酔っぱらいがナユタの耳を噛んだ。ソノカさんは気の済むまでナユタの耳をはむはむして、


「えい」

「わっ」


 最終的に押し倒した。な、何これいやらしい。俺は見てていいんだろうか……と思いつつ凝視せざるを得ない。


「いいかナユタ。未来を悲観してるだけじゃ状況は変わらないぞ。具体的にどうすればいいかを考えろ」

「ぐ、具体的に……?」

「例えば……生徒数が増えれば経営は安定するか?」

「ま、まあ……」

「何人だ。何人増えればいい」

「……生徒が増えたことによる支出を踏まえても、生徒が全部で百人以上になれば、ギリギリだがやっていけるとは思う……」

「だったらそれを目指して頑張るしかないだろう! んー!」

「うわあああやめろおおおお」


 ついにソノカさんはナユタの唇を狙いだした。言っていることは建設的で良いんだけど、行動は完全に酔っぱらいである。ナユタは両手でソノカさんの顔面の落下を必死に抑えていた。

 とりあえず一枚撮っておくか。俺はスマホのカメラを起動して、写真を一枚。


「助けんかこらー!」


その後見かねた桜庭先生によってソノカさんは取り押さえられ、ナユタの唇が奪われることはなかった。

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