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迷子の子猫ちゃん、犬のおまわりさん その1

 結局あのあと、ナユタは得意の寝たふりを炸裂させて、俺の質問には一切答えてくれなかった。


“お前は私を知っているぞ”


 どういうことなんだ……。会ったことがあるっていうのか?

 でももしそうだとすれば、色々なことに納得がいく。駅で俺を見たことも、やたら俺にかまってくることも。

 だけど……思い出せない。


「うげほっ、ごっほ」

「だ、大丈夫?」


 今日は夏休み前最後のテストの日。

 なんとか一限目の数学のテストを乗り越えた俺は、すでに瀕死状態だった。


「情けないなあ、土佐ケン」


 ナユタはこう言っているが、これまでの経緯をご存知の読者諸君ならば、何が起こったかすぐにわかっていただけるだろう。

 ばっちり風邪を移された。

 “風邪は人に移すと治る”という文句はその通りのようで、ナユタの風邪は完全回復し、ご覧のようにピンピンしている。

 この世に神はいない。


「土佐君、のど飴」

「あ……ありがとう……」


 天使はいるようだった。俺はマスクをずらして、ナギちゃんからもらったのど飴を口に放り込む。舌で転がすと、ミントの爽やかな香りが鼻から抜けていく。


「ほんとに酷い風邪だねー。熱もありそうだし」


 額に当てられた南雲さんの手がひんやりして気持ち良かった。

 この美女たちに心配されるシチュエーションはある意味幸福なのだが……。


「土佐君」


 う、榊さんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「なんすか……」

「私に風邪を移したまえ。私は勉学に支障が出ても問題ない」

「ど、どうやって……」

「キスをしよう」


 盛大にえずいた。


・・


 ほとんど記憶はなかったが、俺は最後の音楽のテストまでなんとかやり終えた。俺はギターを抱えたまま、壁にもたれかかって真っ白になっていた。


「土佐! おい土佐!」


 ソノカさんが俺の頬をぺちぺちと叩いている。申し訳ないが反応する元気もない。


「死んでる……」

「し、死んでませんから! 保健室に連れていきましょう」


 ありがとうナギちゃん代わりにツッコんでくれて。


「どれ、私がおぶろう」


 情けないことに、俺は榊さんに背負ってもらって保健室へ運ばれた。


    ・・


 保健室のベッドに寝かされた。この独特の匂いが懐かしい。

 いつの間にか脇に入れられていた体温計が鳴ったので、ほとんど無意識に取り出して誰かに渡す。


「三十八度五分……やっぱり結構熱あるね」

「休めば良かったのにー」

「土佐君はこう見えて真面目だからね。テストとなればなおさら休むわけにいかないと思ったのだろう」


 こう見えてとは失礼な。あなたは見かけによらず不真面目ですけどね榊さん。


「うーむ、そんなに酷いのか?」

「三十八度は高熱だよ……。しばらく安静にしないと」

「困ったなあ。夏休みは合宿に行こうと思ってたのに」

「合宿?」


 合宿……そういえば前にナユタがぼそっと呟いてたな……。


「なんの合宿かね?」

「無論、バンドの練習よ! ここ最近全員の予定が合わずにほとんど練習できていなかったからな。夏休み中に短期集中で特訓するのだ!」

「初耳ー! いつ行くの?」

「そうだそうだ、旅のしおりを作っておいた」


 ナユタが用紙をみんなに配っているらしい音がする。


「え、二十三日から二泊三日って、もうすぐじゃ……」

「そうだ! 私もテスト勉強なんかでばたばたしてたから、予約がギリギリになってしまってな!」

「んー、私は大丈夫そうだよー」

「なら私も大丈夫です」


 榊。


「私も特に予定はなかったけど……。土佐君は?」


 俺は無言でこくこくと頷いた。


「よし、あとは風邪を治せば大丈夫だな!」

「ちなみにどこに行くのー?」

「しおりに書いてあるぞ」

「あ、ほんとだ。“旅館とさのや”だって」

「――は!?」


 まるでバネ仕掛けのおもちゃのように、俺は飛び起きた。


「と、土佐君! 安静にしてないと……」


 ナギちゃんが俺を制してくれるが、それどころではない。


「とさのや……? 今とさのやって言いました?」

「うん、言ったよー。……あれ?」

「あれ……とさのやって、もしかして土佐君の……?」

「そうだ! 旅館とさのやは、土佐ケンの実家である!」


 そこで俺は気を失ったらしい。

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