ある雨の日 その4
「土佐ケン」
軽く食事を済ませてから椅子に座って漫画を読んでいると、俺を呼ぶ声がした。
「なんだ」
「もう一つ頼んでもいいか」
「この際やれることならなんでもやってやろう」
「汗で気持ち悪い……体を拭いてくれ」
俺の頭は真っ白になった。
「いや……さすがに自分で拭けよ、タオル用意してやるから」
「だるいーめんどくさいー」
「うわっ」
ナユタはむくりと体を起こすと、ためらいなくワイシャツのボタンを外し始めた。
俺は慌てて部屋を飛び出し、ドアを閉めた。
あいつには恥じらいというものがないのかノルウェーの大自然がそうさせたのかハイジなのかよくわからないがとりあえずお湯を沸かす。
水を入れて適温にして、タオルを絞った。それを持ってドアの前に立つ。
「は、入るぞ」
「うむ」
俺は一度は目をそらしたのだが、なぜか吸い寄せられるようにナユタに目がいってしまう。
なんというか……とても、美しかった。
ナユタは本当に裸になって、布団を抱えてちょこんと座っていた。
その顔は熱のせいか少し紅潮していて、ぼうっと虚空を見つめている。長い髪が、陶器のような白い肌にまとわりつく。
背景が六畳一間なのが残念だが、それはまるで絵画のようだった。
「……見てないで拭いてくれ」
「あ、ああ」
俺はナユタの背後に回って、腰を下ろした。
とても綺麗な背中だった。汗ばんで、淡く光を放っている。タオルを背に当てると、ナユタは少し驚いたように震えた。
「大丈夫か」
「ん、ちょっとくすぐったかった」
「わ、悪い」
「ん」
ナユタは短く言って、鼻をすすった。
傷つけないように気をつけながら、ゆっくりと背中を拭いていく。まさかこんなシチュエーションで、初めて女の子の裸を見るとは思わなかった……けどある意味健全だよな。
変なことを考えそうになるが、必死にそれを振り払って体を拭く。背中から腰、腕、手……。
「ナユタ、前……」
そう言うと、ナユタは俺が持っていたタオルをひったくった。
「や、やっぱり前は自分でやる……」
「あ、ああ……そうしてくれ……」
見ると、ナユタの顔はさらに赤く、少し涙目になっていた。
やっぱり、恥ずかしかったんだろうか……。
俺は着替えのスウェットを用意して(ナユタにもTシャツと短パンを用意した)、シャワーを浴びに部屋を出た。
・・
シャワーを浴びて部屋に戻ると、ナユタは布団にくるまって寝息を立てていた。薬が効いてきたのだろう。
外からはまだ雨の音がしている。どうやら一晩中降り続きそうだな。
「……」
俺は少し悩んだ末、タオルケットをクローゼットから出した。今日はキッチンで寝よう。
電気を消そうと部屋の中央のあたりまで来たところで、
「わっ」
ホラー映画のようなタイミングで足をつかまれた。
「……起きてたのかよ」
「ふふふ、寝たふりは得意なのだ」
布団で口元を隠したナユタが言う。目だけでどや顔が伝わってくる。
「もしかして、あの時も起きてたのか……」
「まあな」
「まあな、じゃない。離してくれよ、キッチンで寝るから」
「なんでだ? 布団で寝ればよかろう」
「いや……年頃の少年少女が一つの布団で寝るのはやはり……」
「なんだ、襲っちゃいそうなのか?」
「襲っちゃわないわ! ……わかったよ」
俺は諦めて、電気を消してからその場で腰を下ろし、横になった。
ナユタが布団を広げて、俺を招き入れてくれる。さすがに向き合って寝る勇気はなかったので、ナユタに背を向けた。
「……なあ、なんでこんなにその……べたべたしてくるんだ?」
「……嫌か?」
「嫌……ではないが……」
そりゃ美少女と添い寝できて嫌という人はいまい。だけどなんかこう……それで喜んでしまったら不誠実な気がするのは俺だけだろうか。
それとも文化の違いだろうか。ノルウェーでは友だち同士でも普通に添い寝したりするのかも。
「……ナユタ?」
突然背中が熱くなった。呼吸を感じる。顔を押し当てているのだろう。
「……信頼しているからだ」
「信頼?」
「思い出せ土佐ケン。お前は私を知っているぞ」




