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学園生活はエンターテイメントでなければならない! その3

「つ、疲れた……」


 一問も答えていないのに、体験授業が終わる頃にはもうへとへとだった。主に心が。

 みんなが移動する中俺が一人燃え尽きていると、


「次、ディスカッションですよ……」


 ナギちゃんが恥ずかしそうにしながらも話しかけてくれた。目を合わせてはくれなかったけど、照れたその横顔に、心の疲れはすっかり癒えてしまった。

 俺はホワイトボードをさっさと片づけ、ナギちゃんの後についていった。

 ディスカッションの参加者は、体育館にいた人数からぐっと減って十人ちょっとだった。あの小さな校長はこの実状を見て悲しまないだろうか。ちょっと心が痛む。

 会議室のようなところに参加者が集められて、それぞれ適当に座る。俺はもちろんナギちゃんの横をキープした。

 コミュ力のある人たちはすでに友だち同士になっているようで、何組かが授業の話で盛り上がっていた。果たして国語以外の授業はどんな内容だったんだろう……悔しいが気になる。

 少し待たされて、スーツの男が会議室に入ってきた。喋っていた何組かが突然静かになる。そうだよね怖いよね。


「これから校長とのディスカッションを行います。校長に対して危害を加える、暴言を吐くようなことがあれば、即刻処理させていただきますのでご注意ください」


 処理? 処理って何? ここ日本だよね? 室内の空気が凍りつくのを感じる。


「それでは校長、どうぞ」


 スーツの男の声で、校長、皇ナユタが登場する。静まり返っていた会議室だったが、思わず声を上げる人が数名いた。

 近くで見ると、やはりそこらの量産型アイドルとは比較にならないほどの美少女だった。髪も肌も服も白っぽいからか、薄暗い部屋で淡く発光しているようにすら見える。よくこんな娘を一人で……いや、両サイドはガッチリ護衛に囲まれているが……それでも遠い日本に送り出すとは。両親の懐の深さがうかがえる。

 ナユタ嬢は室内をぐるっと見回し……ん? 俺の方を見て笑った? 俺は思わず目を逸らしてしまう。駅で宣伝していた時にもこっちを見た気がしたけど……気のせいじゃない、のか?

 そんな俺の悩みを知る由も無く、ナユタ嬢はあのよく通る声で話し始める。


「よく集まってくれた。私は嬉しく思う」


 まるで決死の作戦に挑む特殊部隊のリーダーだ。あまりに人数が減っていて落ち込んでいるかと思ったけど、そんなことはないらしい。


「ここに集まってくれたということは、君たちは真剣に我が謳歌学園への入学を考えてくれているということだろう。感謝する。しかしまだできたてで、不透明な部分が多いことも承知している。そこで、何か疑問があればなんでも聞いてほしい。遠慮無く、諸君らの気持ちをぶつけてくれ」


 遠慮無くというのは無理そうです。あなたの両サイドにいる人たちのプレッシャーで。これは全員一致の意見だろう。

 しかし、聞きたいことはあるにはあった。これは願ってもない機会だ。


「はい」


 面々が沈黙する中、俺は意を決して手を上げた。


「立つがいい」


 俺は言われた通り立ち上がる。


「うむ。君の名前は?」

「あ……ケンイチです」

「苗字は?」

「……」


 来てしまった。この時が。俺はこの世に生を受けて十七年間、自己紹介というものが大嫌いだった。


「あの、名前だけじゃダメなんですか?」

「ダメだ。フルネームで頼む」


 心なしかナユタ嬢がニヤニヤしている気がする。まさか……知っているのか?


「え、えーと……」


 俺が言うか言うまいか悩んでいるうちに、室内の注目が俺に集まっているのを感じる。まずい、これは非常にまずい。


「さあさあ」


 ナユタ嬢、間違いなく知っている。俺のフルネームを。ダメだ、これ以上引っぱったらなんか危険な気がする。ええい、言ってしまえ!


「……さです」

「え? もっと大きい声で!」

「と、さです……」

「もっとハキハキと! フルネームで!」

「と、土佐ケンイチです!」


 一瞬の間を置いて、室内にいた全員が噴き出した。


「ブフォオ、と、土佐ケン……!」


 ナギちゃんも噴き出した。あえて冷静にツッコませてもらうけど、その噴き出し方は女の子としてどうかと思うよナギちゃん。

 それにしても死にたい。今すぐ会議室の窓を破って飛び降りたい。

 俺は生活環境の節目節目で笑い物にされてきた。名前に関していじられなかったことなどなかった。しかし両親は至って真面目にこの名前を付けたというから責められない。このストレスは一体どこへ吐きだせばいいんだ。


「わははは! やっぱり良い名前だな!」


 ナユタ嬢が豪快に笑って言った。


「土佐犬と言えば闘うために生まれた犬だろう? 強そうでかっこいいではないか!」

「いや、土佐犬ってヨーロッパの方だと危険犬種として規制対象になってたり、日本でも色々問題視されてたりしてあんまり良いイメージないんですけどね……」


 あまりに土佐犬土佐犬といじられるので、多少土佐犬について調べてしまった自分がまた残念だ。


「貴様」

「ひっ」


 気づくと真後ろにスーツの男がいた。背中に何か堅いものが当たっているがこれはもしや。


「お嬢様のご厚意を無下にするとは……許せん」

「ごごごごめんなさい」

「ニルス、良い」

「しかし……」

「良いと言っている」

「……は」


 背中の堅い感触が無くなって、スーツの男はナユタ嬢の隣へと戻っていった。やっぱりまだ死にたくないと思った。

 ナユタ嬢は場が落ち着くのを待って語りだした。


「ふむ……確かに土佐犬は危険視されているが、それは人間のエゴだ。土佐犬は闘犬として人間が作りだした犬種だ。闘わせるために生みだしておいて、危険だとわかったら闘うことを禁じる、処分する……身勝手以外の何物でもない。しかしそれでも土佐犬は、自分の使命を全うするため、強くあろうとするであろう。その姿勢の誇り高さ。わからないわけではあるまい?」


 この子は……この子の言葉は、なんでこんなに説得力があるんだろう。まだ十数年しか生きてないはずなのに、おばあちゃんに説教されてるみたいな気分だ。


「土佐ケンよ。お前もその名に恥じぬよう、誇り高く、強く生きていくべきだ。違うか?」

「……はい」


 その略称には異議があったが、真っ直ぐなナユタ嬢の目と声に、俺は頷くことしかできなかった。


「それに名乗っただけで笑いが取れるなんておいしいではないか」


 台無しだよ……。

 俺が項垂れていると、ナギちゃんに肩を突かれた。見ると申し訳なさそうな顔をしている。


「あの……ごめんなさい、笑っちゃって。私もかっこいい名前だと思います」

「あ、ううん。いいんだ。ちょっと救われたから」


 俺が微笑むと、ナギちゃんも微笑み返してくれた。


「おい」


 ナギちゃんの笑顔に癒されていると、ナユタ嬢が苛立たしげに声をかけてくる。


「え?」

「質問があったんじゃないのか?」

「あ、そうだった……」


 名前のくだりが長すぎてすっかり忘れていた。


「えっと、自分は高校を中退してるんですけど、編入ってできますか? それと、ここを卒業すると高卒扱いになりますか?」


 ナユタ嬢はうんうんと頷く。


「良い質問だ。まず答えから簡潔に言うと、編入は不可能。そして卒業しただけでは高卒扱いにはならない」

「あー、やっぱそうですよね……」

「うむ。謳歌学園は学園という名の娯楽施設だ。正式な学校としては認められていない。だから編入というシステムも存在しない。他の新入生同様、学力チェックのテストを受けて入学してもらう」

「娯楽施設なのに入試があるんですか?」

「まあ最後まで話を聞け。我が校は学校とは認められていないが、だからと言って全く勉強をしないわけではない。当然、真面目に勉強したい人向けの授業も実施する。さらに、資格取得もサポートする」

「資格ってもしかして……」

「もちろん、高等学校卒業程度認定試験のための授業もある。その他にも就職に役立つ様々な資格の取得を徹底的にサポート。娯楽施設とはいえ、学園を名乗る以上、授業料分の教育を受けられるシステムにはしてあるのだ」

「なるほど……ありがとうございます」


 俺は一礼して席に着く。正直なところ、半分冷やかしで来たオープンキャンパスだったが……。なんというか、体験した感じでは予想以上に楽しそうだし、予想以上にちゃんとしていた。高卒認定試験の勉強もできるなら、大学受験の資格が貰えるという意味では本物の高校みたいなものだ。

 その後もナユタ嬢は集まった面々からの様々な質問に的確な答えを返していく。北欧の学校や就職がどういうシステムなのかはわからないけど、日本とは結構違うはずだ。なのにここまで多種多様な質問に対応できるということは、ナユタ嬢はどれだけ日本のことを勉強したんだろうか。下手をすれば……いや、確実に俺なんかより日本の社会事情に詳しい。

 やりとりを聞いているうちに、この少女が校長という異常にも慣れ始めていた。それくらいの風格があった。


「よし、他に質問はないか?」


 面々は感心したように頷く。結局最後まで誰にも頼ることなく、複雑な質問に答えきった。例えバックに実質的な経営者がいたとしても、ナユタ嬢が経営に関するあらゆる情報を網羅していることが証明されたことになる。

 一体どんな育ち方をしたらそんな風になれるんだよ。……つい劣等感を感じてしまう。俺が知ってる社会に役立てることなんて、精々野菜の切り方くらいだ。我ながら情けない。


「うむ。ではこれにてディスカッションを終了する。入学願書を配るから、家に帰ってじっくり検討してみてくれ」


 ナユタ嬢が言うと同時に、スーツの男が入学願書を配る。俺は受け取って、その白い紙を見た。

 どうする。

この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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