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ある雨の日 その1

「おはよう!」


 教室のドアが勢いよく開いたと思ったら、びしょ濡れのナユタが立っていた。


「……ナユタ、傘はどうした……」

「忘れた!」


 ナギちゃんが慌てて鞄からタオルを取り出し、ナユタへ駆け寄る。


「朝から雨降ってたよな……」

「家を出てから気づいたのだ! もう一回中に入るの面倒だったから、わーって走ってきた!」

「アホか……」

「でも楽しかったぞ!」


 ナギちゃんにわしゃわしゃと髪を拭かれながら、ナユタはご満悦だった。雨の日に外から帰ってきた猫か。

 ざっと水分を拭きとられて、ナユタは席についた。う、下着が透けている……。


「昔知り合いのお姉さんが、“人生は雨を避けて生きるのではなく、雨の中で踊る方法を学びながら生きるのよ”って言ってたぞ」

「良い言葉だけど、実際に雨の中で踊れってことじゃないだろ……」

「そ、そうなのか? ――ぶえっくし!」

「……ナギちゃんごめん、ティッシュある?」

「……はい」


 俺はポケットティッシュを受け取り、まず一枚取って、自分の顔にもろにかかったナユタの汁を拭いた。

 それから鼻を垂らしたナユタにティッシュを渡す。


「す、すまん。ぶーっ」

「雨に降られてすぐ風邪を引くって、ほんとアニメ的だな……」

「事実はアニメよりも奇なり」

「どや顔するな」


    ・・


 朝から降り出した雨は午後まで降り続いた。梅雨の到来を感じさせる。

 いつもよりどこか彩度の低い教室で、俺とナユタ、ナギちゃんが弁当を広げる。南雲さんと榊さんは休みだった。


「雨だなー」


 ナユタは窓の外に目を向け、ご飯をもそもそと咀嚼しながら言う。


「初夏とはいえ、雨が降るとまだ涼しいな」

「私は寒いくらいだ」

「ブレザー着ててもか」


 一日入学パスで来校した人のために、レンタル用の制服のストックが校内にあって、ナユタはそれを借りて着ていた。


「保健室に行って毛布を借りてきたらどうかな?」

「ん、それは良い考えだ! 行ってくる!」


 言うが早いか、ナユタは弁当と箸を持ったまま、猛スピードで教室を出ていった。

 廊下を走ってはいけない。

 俺たちはもはやナユタのそういう突飛な行動に慣れ始めていて、何事もなかったかのように食事を続ける。


「雨だねー」

「そうだね。でも私は雨好きだよ」

「うーん……俺も嫌いじゃないけど、雨の日に出かけるのはちょっと嫌だな」

「確かにね。雨の日は家にこもって本を読んでいたいかな」

「うっ、俺はゲームをしているかもしれない……」

「ゲームも良いと思うよ? 私も少しやるけど、ゲームにも面白い物語は沢山あるもんね」

「そうそう! RPGはもちろんだけど、ノベルゲームも結構面白くてさ。かまいたちの昼とか傑作だと思うんだよね」

「あ、それ私もやった。ホラーっぽい導入だったから怖いやつなのかなと思ったら、終始シリアスなギャグだったね……何度も呼吸困難になったよ……」

「ナギちゃんは結構笑い上戸だよね。お笑い好きだし」

「う、うん……。でも笑うと元気になると思わない?」


 俺は菓子パンを咀嚼しながら頷く。


「わかるわかる。俺も将来のことを考えるとめっちゃ暗くなるけど、笑うと忘れられるよね。現実逃避なのかもしれないけど」

「将来のことか……。土佐君は将来どうするの?」

「……うーん」


 痛い質問だった。正直まだ具体的な目標は何もない。しかし何もないと言うのは気が引ける……。


「えっと……音楽をやりたいかな」

「音楽! そうだよね、土佐君ギター上手いもんね」

「い、いや、そんなことないんだけど」


 嘘ではないが、ちょっと大見栄を切りすぎた感がある。ギターも別に普通の軽音楽部レベルで、プロとの差は歴然だ。

 だけど俺にはそれくらいしか言うことがなかった。あまり深く突っ込まれるとまずい。


「ナギちゃんは何か夢あるの?」

「えっ、わ、私?」


 声が裏返っている。ナギちゃんは箸でつかんだままのプチトマトを口にしようか弁当箱に一旦置こうか迷って、結局食べた。それを咀嚼しながら少し考えて、飲み込む。


「笑わないでね……?」

「え、笑わないよ」


 そんなこと言ったら俺のさっきの発言も笑い話だよ。

 ナギちゃんは「それなら……」と言って、鞄に手を突っ込む。

 取り出したのは一冊のノートだった。ためらいながらも、それを俺に差し出してくる。


「これは?」

「……今、小説書いてるの」

「え、小説?」


 そのノートを受け取って開いてみて、俺は感嘆の声を上げた。それは確かに小説だった。


「これ……ナギちゃんの手書きなの?」

「うん、一応……」


 内容も読んでいないのになぜ驚いたのかと言うと、字があまりにも美しかったからだ。まるで印刷されたかのように整った字が、一文字一文字一定の間隔で並んでいる。


「凄いよこれ……読んでもいいの?」

「ご、ごめん。まだ書きかけだから」


 恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、ナギちゃんは俺の手からノートを奪い取って鞄にしまってしまった。


「じゃあ、できたら読ませてくれる?」

「う……ん……」


 プチトマトのように真っ赤になったナギちゃんを見てにやにやしていると、教室のドアが勢いよく開いた。振り向かなくてもナユタだとわかる。


「わーっはっは! 私は毛布マン!」

「うるせえ」

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