修羅場 その5
「パパと仲直りするきっかけをって、みんな協力してくれたのに……」
「ミキ、落ち着いてどういうことか話しなさい」
「私が説明します」
南雲パパさんが泣きじゃくる南雲さんをなだめているところに、俺たちは揃ってやってきた。
先頭の榊さんが頭を下げて、俺たちもそれに倣う。
「あなたは……?」
「私たちは、南雲ミキさんの友人です」
「……どういう、お知り合いで?」
南雲パパさんは俺たちを見て困惑する。それはそうだろう、年齢も性別もバラバラだ。
榊さんがどう説明するか悩んでいると、ナユタが榊さんの前に出た。
「私、こういうものです」
そう言ってナユタが両手で差し出したのは、名刺だった。
南雲パパもビジネスマンらしく、丁寧に両手で受け取り、自分の名刺をナユタに渡した。
「スメラギコーポレーション……?」
「本社はノルウェーにあるのですが、社長の娘の私が日本での事業展開を担当していまして。都内で“謳歌学園”という学校型の娯楽施設を運営しています。私たちはそこで南雲さんと知り合いました」
「は、はあ。なるほど……」
俺は目を丸くした。いつもの子供っぽい喋り方とはまったく違う、とてもキレイな敬語だった。仕事モードのナユタはこんな感じなのか。
「申し訳ありません。今回の件は、すべて私の発案です」
「え……」
「南雲さんがお父様と疎遠になっていることを悩んでいましたので、なんとか仲直りするきっかけを作ろうと思ったのですが、配慮が足りませんでした。不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫びします」
榊さんが深々と頭を下げ、それから姿勢を正す。
「南雲さんに非はありません。どうか、許してあげてくれませんか」
南雲パパさんは困ったような表情で南雲さんを見た。それからうつむいて、唸るように喉を鳴らした。
「私も、このままではいけないとは思っていたんです。しかし……娘が私の元を離れてしまったことが、私には大変ショックでした。だからか、お恥ずかしながら意固地になっていたんです。なかなか私の方から、娘に声をかけることはできなかった」
「私には子供はいませんが、そのお気持ち、わかる気がします」
「ですが……娘の方から私に声をかけることはもっと難しかったでしょう。私が大人になるべきだったんです。……娘のご友人にまで、心配をかけてしまってすいませんでした」
南雲パパさんはそう言って、頭を下げた。
それから割り箸を取り、南雲さんが作ったポテトサラダを口に運ぶ。
「……これはミキが作ったんだね」
「……うん」
「やはり、ミキの作ったポテトサラダが世界で一番美味しい」
その笑顔を見て、南雲さんは手で顔を覆った。
・・
翌日。
「おはよー」
「おはよう!」
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
教室にはすでにナユタ、ナギちゃん、榊さんが来ていた。挨拶を交わし、俺はカバンを机にかけて席に着く。
そして席に着くなり、ナユタが右から身を乗り出してくる。
「今日も練習していくのだろう?」
「そりゃな。文化祭までにもっとクオリティ上げないと……」
「あ……土佐君、今日図書室の開放日だよ」
文庫本を読むのを止めて、ナギちゃんが言った。
「ああ、そうだっけ……。すまん、今日は練習なしで」
「ええー!」
「ごめんねナユタちゃん。図書委員の仕事だから」
「じゃあ図書室で練習すればよかろう!」
「と、図書室は静かにしないと……」
「っていうか誰が機材運ぶんだよ……」
「むー!」
俺たち三人はしばらく言い合っていたが、ふと榊さんが気になった。振り向くと、どこか背を丸めて意気消沈しているように見える。
「今日はずいぶん大人しいですね」
「ん? ああ……ちょっと反省していてね……」
「昨日のことですか? 南雲パパさんも許してくれましたし、気にしなくても」
「いや、もっと前からのことだよ……」
「というと?」
「私は今まで南雲さんに、よく……こうふ……見惚れてきたが」
めっちゃ言葉選んでる。
「ああやってお父上と対面してしまうと、これまでの自分が恥ずかしくて……」
「それは反省してください」
「みんなおっはよー!」
噂をすればなんとやら。登校してきた南雲さんは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。良くも悪くも、感情の豊かな人だ。
「おはようございます。お父さんとはゆっくり話せました?」
「うん! あのあとサトル君とも合流して、三人でゆっくり話したよ。パパもやっとサトル君のこと認めてくれたみたい」
「良かったですね」
「みんなのおかげだよー! 本当にありがとうね! ……ん?」
南雲さんの視線が背後へ移る。
「榊さんどうしたの? 元気ないねー」
「ああ、いやいや。私は元気ですぞ!」
初老の方の空元気は榊さんでも見てて辛い……。だが元気がない原因が原因だけに励ましようもなかった。
そんな中、空元気を察した南雲さんがにっこりと笑う。そしてパタパタとスリッパを鳴らしながら、榊さんの背後へ回りこんだ。
「な、なにを……」
「榊さん、きっと疲れてるよね。昨日あんなに頑張ってくれたもんね」
南雲さんはそう言うと、榊さんの肩をゆっくりと撫で、揉み始めた。
「エステティシャンの資格を取ったのもパパがきっかけだったんだ。毎日仕事で疲れて帰ってくるパパに肩叩きしてあげたらすごく褒めてくれたの。だからは私は、将来は疲れてる人を癒せるお仕事をしたいなって思った。もうお仕事は辞めちゃったけど、こうして身近な人を癒すことはできるもんね」
話しながら、南雲さんは丁寧に榊さんの肩をマッサージしていった。
榊さんは号泣していた。




