修羅場 その3
翌日の昼休み。
「ご飯食べよー」
といういつもの南雲さんのかけ声で机をくっつけた。その際に、俺たち四人はアイコンタクトを取る。
よし。まずは俺が悩みを相談しつつ、南雲さんにも何か悩みがないか振ってみよう。
「実は最近――」
「あー、お腹空いたなあー」
と、俺の言葉を遮ってナユタが弁当箱を開けた。
俺とナギちゃん、榊さんの表情が凍りついた。
そこにはみっちりとポテトサラダが詰まっていた。ちょ、直球過ぎる……任せるべきではなかった……。
横目で南雲さんを見ると、ナユタの弁当箱を凝視している。
「ん? どうしたミキ、ポテサラが食べたいのか?」
ナユタがこれ見よがしにポテトサラダの詰まった弁当箱をちらつかせる。南雲さんはしばらくポテトサラダを凝視したあと、
「ふ――」
ふ?
「ふわああん……」
力の抜ける声と共に涙を流した。
「な、南雲さん?」
榊さんが声をかけると、南雲さんは机に突っ伏して「んんー……」と唸り始める。
俺たちは顔を見合わせたあと、
「あいたっ」
とりあえずナユタにチョップを入れておいた。
・・
「ぶーっ」
貸したハンカチで思い切り鼻をかまれ、ナギちゃんが蒼白な顔をしていることはさておき。
南雲さんはひとしきり泣いて落ち着きを取り戻したようだった。
「ごめんねえ、こんなところ見せたくなかったんだけど。あ、ハンカチ洗濯して返すね」
ナギちゃんはうつむいたままこくこくと頷く。
「あの、何かあったんですか?」
「悩みがあるなら私たちが聞くぞ!」
「力になれるかわからないが、遠慮なく相談してください南雲さん」
俺たちの言葉を聞いて鼻をすすると、南雲さんは口を開いた。
「実はね……私、お父さんと喧嘩してるの」
「お父さんと?」
「うん。結婚に反対されて喧嘩しちゃってから、ずっと口利いてないんだ」
「ずっとってどれくらいだ?」
「もう二年かな……」
ということは、大学を卒業してすぐに結婚したということか。まだ父親の気持ちはわからないけど、心配になる人もいるだろう。
「それとポテトサラダに、どういう関係が?」
榊さんが訊くが、なんとなく察しはつく。
「昔、お母さんに料理を教えてもらい始めた時にね。一番最初に作った料理がポテトサラダだったの。基本的には茹でて混ぜるだけだからって。それで作ったポテトサラダをお父さんに食べてもらったら……凄く、喜んでくれた」
南雲さんの目にまた涙が浮かぶ。
「“ミキのポテトサラダが世界で一番美味いよ”って。私も嬉しくなっちゃって、ことあるごとにポテトサラダを作ってあげたんだ。絶対飽きてるはずなのに、結婚する直前までずっと美味しい美味しいって食べてくれたんだよね。でも、もうずっと作ってあげてないなって……」
なぜかわからないが、俺もちょっと目がうるみ始めていた。榊さんはもう顔を抑えて号泣している。
「……仲直りしましょう」
ハンカチの一件で消沈していたナギちゃんが、いつの間にか顔を上げて南雲さんの手を取っていた。
「きっとお父さんも仲直りしたいと思っているはずです」
「そうだな。そういうもやもやは、どちらかがボキっと折れてしまうのが一番だ」
偉そうにナユタが頷くが、もうちょっと気の利いた言い方はできないものか。
「でも今更なんて言ったらいいかわからないよ……」
「きっかけ、が必要なのですな」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をどうにか取り繕って――完全には取り繕えてないが――榊さんが口を挟んだ。
「どうするつもりなんです?」
「これを見たまえ」
榊さんは懐から一枚の紙を取り出し、くっつけた机の中央に開いた。ナユタが身を乗り出してそれを見る。
「ビアガーデン? なんだそれは」
「ああ、あの屋上ビアガーデンになるんですか? 閉鎖って言ってませんでしたっけ」
「その予定だったが、せっかくあるスペースを使わないのはもったいない。私の発案でビアガーデンに改装することにしたのだよ」
なるほど、一理ある。しかし。
「これがどう仲直りのきっかけになるんですか? まさかビアガーデンで一杯やって仲直りとか……」
「私、お酒飲めなーい」
「とのことですが」
「ふふふ……そんな安易な方法ではない。いいかね、私のシナリオはこうだ」




