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さざなみ その5

「眩しい……」


 ナギちゃんが目を細める。長い間暗闇にいたのですっかり忘れていたが、まだ午前中だ。外は春の日差しが照りつけて目に染みる。


「いやー、久しぶりに乗ったけどほんとよくできてるな」

「うん、ちょっと怖かったけど……」


 ちょっとってレベルじゃない怖がりかただったけど。


「ううう……」


 一方でナユタは南雲さんにしがみついている。中にいた時から徐々に大人しくなっていったのが気になっていたが、船を降りる頃にはすっかり怯えきっていた。榊さんその羨ましそうな顔やめて。


「なんだよ、そんなに怖かったのか?」

「わ、私、あの海賊知ってるぞ……」

「シグヴァルディのこと? アニメにもなったりしてるもんね」


 南雲さんが言いながらナユタの頭を撫でる。榊さんがマジで気持ち悪い顔になってる。


「ち、違うんだ……ばーちゃんから聞いたんだ……。かつて海賊シグヴァルディは、その強い信仰から自分の目を神オーディンに捧げ、代わりにオーディンの目を授かった……。全てを見通すオーディンの目の力を得たシグヴァルディは、その智略によって勢力を強め、ノルウェーにも攻め入ったことがあったらしいのだ……。だけど最終的にシグヴァルディは何者かによって暗殺され、オーディンの目をくりぬかれた……」

「確かにえぐい話だけど、そこまで怖がることか?」

「まだ続きがあるんだ……。全てを見通す力を持ったシグヴァルディが、そう簡単に殺されると思うか……?」

「あー、まあ確かに……」

「ばーちゃんはこう言ってた……。ノルウェーの王がヨムスヴァイキングを駆逐しようとしていることを知って、シグヴァルディは目の力を餌にわざと殺されたらしい……。奪われたオーディンの目にはシグヴァルディの意思が宿っていて、その目を奪った者に取り憑いて生きながらえたって……。今もその目は体を替えて生き続けていて、もしかしたらお前のすぐ近くにいるかもしれないって……」

「それはちょっと怖いな……」

「だ、だろう? 今まですっかり忘れてたのに思い出してしまった……」

「大丈夫大丈夫、そんな人が出てきたら土佐君が噛みついてくれるから」

「むぐぅ」


 くっ、抱きしめられてナユタの顔が南雲さんの谷に埋まっている……! これには俺も嫉妬せざるを得ない……。気持ち悪い顔になってるかもしれないが榊さんよりはマシだと思いたい。

 ナギちゃんの視線が気になったが、話が怖かったのか、いつの間にか二メートルくらい離れたところにいた。セーフ。


・・


 一度落ち着いたかに見えたナユタのテンションは、鯉が滝を上って竜になって空に飛んでいくくらいの勢いで跳ね上がった。目に入ったすぐ乗れそうなアトラクションの列に次々と並び、どんな絶叫マシーンも平気で楽しんでいる。

 南雲さんは慣れているだろうから付いていけるのはわかるのだが、なぜ榊さんはあんなに元気なんだ。純粋に楽しくて仕方ないのか、それとも南雲さんパワーなのか。まあ両方か。

 とにかく昼飯を食べにレストランに入った頃には、俺とナギちゃんはもうぐったりだった。


「ナギはともかく、男のくせに情けないぞ土佐ケンー」


 ナユタは甘く煮たニンジンの刺さったフォークで俺を指す。もはや言い返す気力も無い。


「ふふーん、午後は何乗ろうかなー」

「ちょ、もう勘弁してくれ……」

「私もちょっと休みたいかも……」

「むう、仕方ない。じゃあ二組に分かれて行動するか! 午後もアトラクションに乗りたい人ー」


 ナユタと南雲さんが手を上げ、それを見て榊さんも手を上げる。意地でも南雲さんから離れないつもりか。


「じゃあ俺たちはゆっくり園内を見て回るよ。パレードとか展示みたいなのもあるだろうし。それでいい?」

「う、うん」


・・


 あの時なぜナギちゃんが恥ずかしそうに頷いたのか、俺は二人きりになってわかった。

 これ、デートに見える……!

 タイニーアイランドを男女が二人で歩く。そんなのほとんどがカップルだろう。

 色々面白い置き物とか建物がそこかしこにあるのだが、意識してしまって純粋に楽しめない。


「あ、マスコットキャラのオブジェがある」

「ほ、ほんとだ、可愛いね」

「可愛いねー」

「……」

「……」


 は、話も続かない。どうしよう、ナギちゃんつまらなくないだろうか……。何か楽しいものはないかと考えていると、ヨーロッパの街並みを再現したエリアを出たところで、あの建物が目に入ってきた。


「そ、そうだ。大聖堂入ってみる?」

「あ、うん」


 ナギちゃんの了承を得て、俺たちはサピエンティア大聖堂を目指して歩き始めた。確か中は展示場になってたはずだ。展示場なら黙って眺めているだけでも普通だし、そこそこ楽しめるだろう。

 しかし俺は、タイニーアイランドのこだわりを舐めていたことを知る。


「うっわ……」

「凄い……」


 近くまで来て、俺たちは感嘆の声を上げた。

 実在の大聖堂を組み合わせてデザインされたというその建築物は、多少小さくデフォルメされながらも、本物さながらの存在感を放っている。おそらくそれは、建物のいたるところに施された彫刻や、聖人風のキャラクター像の効果だろう。

 俺たちはしばらく聖堂を見上げて、スマホで写真を撮ったりしてから、ようやく入り口へと向かう。大聖堂は開放されていたので、中に入るために並ぶ必要は無かった。

 聖堂内は沢山の人がいるにも関わらず、とても静かだった。内部の作りも本物さながらで、あまりに荘厳な空気に声を出すことさえためらわれる。奥のステンドグラスから日光が淡く差し込んできて、神々しいという言葉が相応しい光景だった。ここで結婚式を上げる人もいると聞くが、これは一生の思い出になるだろう。

 しばらく聖堂内を見て回った後、俺たちは他の部屋にも行ってみることにする。

 聖堂を取り囲むように通路があって、通路沿いにいくつかの小部屋があった。それぞれ展示室になっていて、タイニーアイランドのキャラクターをモチーフにした彫刻や絵画、ステンドグラスなどが飾られていた。

 展示品はもちろん凄かったが、各部屋の内装のクオリティが異様に高い。ここが日本であることを忘れそうになるくらいだ。この大聖堂だけ力の入れようが尋常ではない気がする。

 俺たちはそれぞれ展示品の感想を述べながら、ゆったりとした時間を楽しんだ。

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