さざなみ その4
「で、どうするのだ? 一体どっちに行けばいいのだ?」
「落ち着け」
「んー、とりあえず近いところから乗っていこうかー。まずはあれかな?」
南雲さんが指さした方を見ると、“VIKING OF THE SCANDINAVIA”の文字が。日本語で言えば“スカンジナビアの海賊”というアトラクションだ。
はっきりと内容は覚えていないけど、昔来た時に乗った気がする。入ってすぐの場所にあるということもあって、まずはこれから乗るという人も多いんじゃないだろうか。
「乗る乗る!」
「よーし、行こうー」
「ははは、楽しみだね」
はしゃぐナユタを連れ、南雲さんと榊さんが歩いていく。俺とナギちゃんは顔を合わせて苦笑し、後ろから付いていった。
幸いそんなに並ぶことなく中に案内される。海賊のアジトである洞窟を再現しているのか、とても暗い。
俺たちはキャストさんに促されて、船のような乗り物に乗せられた。先頭にナユタたち三人が乗り、その後ろに俺とナギちゃんが。
「ノルウェーはスカンジナビア半島の西にあってなー!」
「へえー」
「ほうほう」
ナユタの話を両サイドの南雲さんと榊さんが楽しそうに聞いている。
その様子を見ていたナギちゃんが、
「なんか……後ろから見ると親子みたいだね」
「あー、わからなくもないけど、ちょっと南雲さんに失礼じゃない?」
「フフフ……いつもの仕返しです」
ナギちゃんが黒い。
ほどなくして、キャストさんのテンションマックスなアナウンスのあと、船が出港した。
船は暗い洞窟の中をゆっくりと進んでいく。ところどころに松明がともっていて、その淡い光の中で海賊たちが軽快な会話を繰り広げたり、怪しげな作業をしていたりした。
それだけならまだ普通なのだが、音が凄い。全方位からとてもリアルな音が聞こえてきて、ついきょろきょろしてしまう。あまりのリアリティに後ろの方で子供が泣き出すほどだった。
「リアルだねー」
「う、うん」
あれ、ナギちゃんがなんか縮こまっている。もしかして怖いのだろうか。
さらに進んでいくと、先の方に洞窟の出口らしき淡い光が見えてきた。もう終わりなのかと思ったら、
「うわ……」
俺は思わず声を上げてしまった。
「な、何……?」
「ほら、上見てみ」
目を閉じてしまっていたらしいナギちゃんは、俺に言われて恐る恐る目を開けた。
「わ……」
そこには満天の星が広がっていた。おそらくプラネタリウムみたいにドーム状になっている空間なのだろう。薄暗いので本物の星空に見えてしまう。
俺が前に来た時はこんな演出無かったから、きっと新しく追加されたやつだ。何度かリニューアルしているとテレビで紹介されていた気がする。
「凄いね」
「うん……綺麗……」
夢中になって星を見上げるナギちゃんは、ちょっと子供っぽくて可愛かった。
船も良い感じに揺れ、さざ波の音が心地良い。
平和な夜の航海を楽しんですっかり油断していたその時、ガラスが割れたような雷鳴の音と共に、遠くの空に稲妻が走った。あまりにも音がリアルで大きかったので、女性客の悲鳴が上がる。ナギちゃんも驚いてまた縮こまってしまった。
途端に空には暗雲が立ち込め、波は強くなっていく。風が吹き、霧のようなものが顔にかかって、まるで本当に嵐の海にいるかのようだった。
ナギちゃんはついに俺の腕にしがみついた。これが外を歩いている時なら素直に喜べるのだが、俺は俺で船の手すりにしがみつくのに必死だった。入学式の時といい、なぜこういう幸運はピンチとセット販売なのか。
しばらく暗い海の中で波にもまれていると、また大きな雷が落ちて、一瞬周囲が明るくなる。
その時俺は確かに見た。目の前に突如現れた巨大な船体を。
最後の雷の後、完全に光が失われた。波は次第に落ち着いていき、船はまた進み出したようだった。完全な暗闇の中で、それぞれ笑ったり泣いたりしている。いつの間にここまでの進化を遂げていたんだスカンジナビアの海賊。
しばらく静かな闇の中を船は進んで行った。
「あっ……ごめん……」
ようやくナギちゃんは落ち着きを取り戻したようで、突然腕が感じていた柔らかい感触がどこかへ行ってしまった。むう。
「“――よお”」
「ひっ」
と思ったら突然低い声が響いて、ナギちゃんがまた飛びついてきてくれた。
その声を合図に、暗闇の中に蝋燭が一本点る。その光に照らされて、左目に眼帯をした長髪の男が闇に浮かび上がった。
「“災難だったな。雷の神がお怒りの時は、海には出ない方がいい”」
男は虚ろな目で呟く。
否応無しに海に出されたんですが。というツッコミはさておき、この男の登場に船上は沸いた。
伝説の海賊、シグヴァルディの登場だ。スカプレヴナ号を駆り、対価を支払えばどんな人のためにでも戦ったというヨムスヴァイキングの首領である。
「“明日の戦いに備えてもう寝ろ。怖がることはない。我々の勝利は約束されている”」
シグヴァルディはそう言って、左目の眼帯を上げた。閉じていた目をゆっくりと開いていく。
深紅の瞳が、薄闇の中に輝いた。
「“このオーディンの目がある限り、全ての物事は晴れた日の海の如く、どこまでも見通せる”」
小さい頃は暗いのが怖くて話なんかさっぱり耳に入ってこなかったが、こんな設定だったのか。なかなかに中二心をくすぐられる。
「“俺たちはさらに力を得ることになるだろう。その時こそ……この世界を手にする時だ”」
最後にそう言い残して、シグヴァルデイは闇の中に消えた。




