さざなみ その3
「おほー! ここが夢にまで見たタイニーアイランドかー!」
ナユタが両の拳を掲げ、正面ゲート前で叫ぶ。恥ずかしいからやめてくれ。
と、いうわけで。俺たち五人はゴールデンウィーク二日目、タイニーアイランドへやってきた。連休中ということもあり、朝早くに来たにも関わらずかなりの人が並んでいる。
「あの、榊さん。本当にありがとうございます」
「ありがとうございます」
ナギちゃんに倣って、俺も頭を下げる。
「いやいや、子供と遊びに来ているような気分で嬉しいよ」
そう言いながら、榊さんはチラチラと南雲さんに視線を送る。
騙したようで申し訳ないが、俺とナユタとナギちゃんの三人は、本当に榊さんにチケット代を負担してもらった。残念ながら南雲さんは年間パスを持っているとのことで、最大限に良いところを見せられなかったことを気にしているのだろう。少しでも株を上げようと必死だ。
俺たちはかなりの時間並んで入場を済ませ、ようやく中に入ることができた。
「もう今の時点でちょっと疲れたわ……」
「なんだ土佐ケン、おじいちゃんだな」
「うるさいわ」
はっ。最近距離が縮まったこともあって、ついつい軽口を叩いてしまうが……。
「さすがに今日はニルスさんたち来てないよな?」
「あー、付いていく付いていくってうるさかったから、一日予定をずらして伝えておいた」
ニルスさんどんまい。
俺は改めて辺りを見渡す。タイニーアイランドは園内の建造物も非常に凝っていて、中央にそびえるサピエンティア大聖堂を始め、古き良きヨーロッパの街並みが再現されている。別世界にやってきたような錯覚に陥るくらいだ。何度来ても楽しいと言う人がいるのも頷ける。
「しかし久しぶりに来たなー……。小学生の時以来かも」
「私も、小学生の時に子供会の催しで来て以来かな」
ナギちゃんは一見落ち着いているように見えるが、多分多少はわくわくしているのだろう。口元が笑っている。
しかし俺は正直なところ、タイニーアイランドよりも女性陣の私服の可愛さの方が気になって仕方なかった。
ナユタは白いワンピースの上に、ピンクの薄手のカーディガン。足元にはちょっといかつい編み上げのブーツ。さらに今日は髪を結い上げている。大人っぽさと子供っぽさを両立させた感じがよく似合っていて、ちょっとしたモデルのようだ。やはり目立つらしく、さっきから通り過ぎる人たちが振り返ってナユタを見ている。
ナギちゃんの私服は入試の時以来だったけど、今日はちょっと気合いが入っている気がする。黒いインナーにクリーム色のブラウス。そしてチェックとボーダーを組み合わせたロングスカート。ジーンズとパーカーのナギちゃんしか知らなかった俺としては、ちょっとときめくものがある。
意外なことに、南雲さんが一番動きやすそうな格好をしていた。Tシャツとゆったりとしたパーカー。タイトなジーンズにスニーカー。歩き回ることを想定してこの選択なのだろう。さすが年間パス所持者。
「みんなみんな、写真撮ろー」
南雲さんに呼ばれて、俺たちは入ってすぐのところにある建物をバックに並ぶ。
「はい、榊さんお願いしますー」
「お任せください!」
嬉々として南雲さんからカメラを受け取るが、榊さんは自分が一緒に写らないことに気付いているのだろうか。
何枚か撮ってもらって、俺はさすがに可哀想だったので榊さんとカメラを代わる。
「あー、もうちょっと寄ってくださいー」
俺が指示すると、榊さんが南雲さんとの距離を詰め、比例して顔が気持ち悪くなっていく。まあこれはこれで面白いか。
「撮りまーす!」
「あああああ!」
俺がシャッターを切ると同時にナユタが突然走りだして、多分その日一番面白い写真が撮れた。
「な、なん――」
「わああああ!」
ナユタが駆けていった方を見ると、タイニーアイランドのマスコットキャラ、ニッキーマウスの着ぐるみがいた。ニックの愛称で親しまれている。ナユタはそのままの勢いでニックに飛びつく。
俺は反射的にその光景も写真に収めてしまったが、我に返ってナユタの元へ駆け寄る。
「こ、こら!」
「むぐううう」
ナユタを引き剥がそうとするが、がっしりと抱きついていて離れない。周囲からも白い目で見られている気がする。
「す、すいません……」
俺が謝ると、意外なことにニックは「まあまあ」とでも言うかのように手で俺を制した。そしてナユタの脇に手を入れ、膝の裏を抱えて、所謂お姫様抱っこをした。
「わあー! 凄いぞニック!」
ナユタはさらに感激して、ニックの首に抱きつく。さすが夢の島、着ぐるみの中の人の対応も素晴らしい……。俺はご厚意に甘えて、ついその姿も写真に撮ってしまった。気付くと周囲の人もニッキーマウスとナユタをスマートフォンやカメラで撮影している。絵になるのだから仕方ない。
ナユタは散々ニックに甘えたあと、ようやく地面に降りた。
「ありがとう! ありがとうニッキーマウス!」
感謝の言葉と共に、一人と一匹は熱いハンドシェイクを交わす。
最後まで名残惜しそうにニックに手を振っていたナユタを引き連れ、ようやく俺たちはメインエントランスを抜けた。




