学園生活はエンターテイメントでなければならない! その2
翌月の最初の週末。バイトにも慣れてきた頃。俺は私立謳歌学園のオープンキャンパスに来ていた。
謳歌学園はひと月前の殺風景な廃校とはまるで違っていた。
近くに住んでいることもあってその変わっていく様を毎日見ていたのだが、バイトに行って帰ってきたら校庭が芝になっていた時は本当に驚いた。
壁もひび割れのある剥き出しのコンクリートだったのが、清潔感のある白へと塗装されている。校門もちょっとやりすぎじゃないかと思うくらい立派になっていて、門柱には“私立謳歌学園”と彫られたプレートが。たった一ヵ月でよくもまぁここまで……。
校門の前に立っていると、オープンキャンパスに来たのか、老若男女が学校へと入っていく。俺は関心しつつも呆れながら、校門をくぐった。
学校に入って確信したことが一つだけある。この学校は超安全だ。なぜなら、
「このパスを首からお下げください」
「あ、はい……」
「こちらでスリッパに履き替えてください」
「はい……」
「こちらから体育館に」
「……」
そこかしこに屈強なスーツ姿の男がいて、ことあるごとに丁寧に案内してくれる。とても親切だし、安心感もあるのだけど、やはりその体格の良さに恐怖を感じざるを得ない。
俺はスーツの男たちの案内に従って体育館に入る。
体育館はまるでライブ会場のようにびっしりとパイプ椅子が並べられていたが、着席しているのは……ざっと三十人くらいだった。駅で見た感じだと結構良い宣伝になってたと思うけど、集まったのはこんなもんか。ほとんどがあの美少女のパンツ目当てだと思うとちょっと可哀想になってくる。
事前に貰っていたパンフレットによると、最初に体育館で説明会。その後グループに分かれて体験授業。希望者で校長とディスカッション。こういう流れらしい。俺は適当に椅子に腰かけて、説明会が始まるのを待った。
俺が来てからも体育館に入ってくる人はいたが、それでも全部で五十人に満たないくらいだ。この学校、ちゃんと生徒集まるんだろうか。いやいや、そもそも学校じゃないんだっけ……。
そんなことを考えていると、時間ギリギリで体育館に駆け込んできた女の子がいた。ほとんどの人が私服な中、その子はセーラー服を着ていた。肩に届かないくらいの黒い髪とぱっちりした目。少し低めの身長。小走りで前の方の席へ走っていく姿がなんとも可愛らしい。
その子が最前列の席に座ったところで、丁度スーツの男が舞台袖から出てきた。
男は演台の前に立ち、軽い挨拶の後、学校についての事務的な説明を始めた。入学金や学費、二学期制のこと、学校で利用できる施設についてなどなど。
気になっていた学費だが、一般的な公立高校より若干安いくらいらしい。果たして娯楽施設を謳う高校に見合う学費なのかはわからなかったが、べらぼうに高いというわけでもなさそうで安心した。ちなみに時々学校に来たいという人向けに、月謝制度や一日入学パスなんかもあるという。
一通りの説明が終わって、
「次は校長のお話です」
そう言うと、スーツの男はマイクの位置を思いっきり下げ、舞台袖に消えた。
そして、舞台袖から現れた人物に体育館内がざわつく。
あの少女だった。
少女は首から下がほとんど演台で隠れてしまっていたが、マイクを調整して喋りはじめる。
「諸君、ごきげんよう」
それだけ言って、少女は黙った。会場が沈黙に包まれる。
「ごきげんよう!」
あ、言えってことなのね。ちらほら会場からごきげんようが聞こえてくるが、俺はもちろん恥ずかしくて言えなかった。
「うむ。私が校長の皇ナユタである」
えっ。あ、そういえばさっき“次は校長の話”って言ってたな……。え、校長? 再度体育館がざわつく。
「静粛に!」
ここは法廷か。体育館は静まり返った。
「おほん。まず、スメラギコーポレーションのことから話させてもらおう。私のパパ、皇ユウジは、大学を卒業後ノルウェーに単身乗り込み、なんやかんや色々苦労してでかい会社を作ったのである」
アバウトだな……まあそこを掘り下げられても眠くなりそうだけど。
「そしてそんなパパとノルウェー人のママの間に生まれた私は、幼い頃から第二の故郷である日本にそれはもう恋焦がれていたのだ! そして中学を卒業した私は、パパと交渉をした。日本で新しいビジネスをするから、日本に行かせてくれと! そして私はパパから借りたお手伝いさんたちと共に、日本に乗り込んできたのである!」
俺は察した。あの子は日本語をアニメで覚えたに違いない。一応一般高校生男子レベルでアニメ等も嗜むので、この演説の感じどっかで聞いたことある。
「その新しいビジネスこそが、この私立謳歌学園なのである! 私は知っている。今の日本人がストレスに悩み、苦しんでいることを。私はこの学校で、そんな人々を救うためにやってきた!」
途中まで心の中で茶化しながら聞いていたけど……あの子は凄い。さっきの話だと、多分まだ十五、六歳くらいだろう。それなのに、親元を離れて日本にやってきて、その上日本人を救いたいという。
なんて情熱に溢れた子だろう。俺はどうしても自分と比較してしまって、ちょっと悔しくなった。
「さあここに集まった諸君。是非とも我が謳歌学園に入学し、失った青春を取り戻してほしい! 日々逆境に耐える諸君らの青春を、神が見捨てるわけはない! 共に輝かしい日々を送ろうではないか!」
某公国の偉い人譲りの演説に、自然と拍手が起こる。
「私からの挨拶は以上である! このあとの体験授業を楽しんでくれたまえ! そして是非ディスカッションにも参加してほしい! それでは、また会おう!」
校長はびしっと手を上げ、スリッパをパタパタと鳴らしながら舞台袖へ下がっていった。駅での演説に続いて、あの良く通る声にまた圧倒されてしまった。
俺は余韻に浸りながら、スーツの男たちに促されて教室へ移動する。
・・
オープンキャンパスに来た総勢五十名弱は、五つのグループに分かれて教室に入れられた。
前の席から埋めるように順番に座っていく。この時点でちょっとした幸運があった。
「こんにちは」
「あ、こ、こんにちは」
隣の席が、体育館にギリギリで入ってきたあの魅力的な女の子だったのだ。声をかけると、かなりビクビクしながらも挨拶を返してくれた。
表情が緩まないように気をつけながら幸運を噛みしめていると、教室に眼鏡をかけた優しそうな男の人が入ってきた。
「えー、どうも。国語担当の桜庭シュンです。よろしくね」
良かった、先生まであのスーツの男たちだったらどうしようかと思っていた。俺を含め、教室の面々がよろしくお願いしますを返す。
「今日は体験授業ということで、まあ気楽にやりましょう。じゃあ机の中に入ってるものを出してもらえますか?」
言われて机の中を見ると、中に何か入っていた。それを取り出して机の上に置いてみる。
「ホワイトボード……?」
それはホワイトボードと、イレイザー付きのペンだった。
「じゃあ早速問題を出すね」
そう言って、桜庭先生は黒板に何やら書いていく。
「第一問。ノリユキくんが朝教室に来ると、騒がしかった教室が静まり返りました。どうして?」
うわー、出た。この国語特有の答えが一つじゃない感じの問題。
情報を抽出すると、男の子、朝、教室、騒がしいクラスメイト、静かになる……こんな感じか。教室が騒がしかったということは、クラスメイトたちが何かについて話し合っていたってことだ。何か事件があって……で、その犯人がノリユキくんじゃないかと噂してた、みたいな感じか?
よしこれだ!
「はい」
と、答えを書いているうちに、あの隣の女の子が手を上げた。
「えーと、お名前は?」
「八千代ナギです」
ほうほう、ナギちゃんか。大人しい感じがぴったりな名前だ。
「はい、八千代さんどうぞ」
「ノリユキくんが屈強な黒人になっていた」
こ、これ大喜利だー! ナギちゃんそのちょっともったいぶった答えの見せ方完全に大喜利だよ! イラストまで描いてあるし!
俺は書きかけていた答えを慌てて消した。
い、いや待てよ? 今のはたまたまナギちゃんがお笑い好きで、悪乗りしただけかもしれない。やっぱりもう一度あの答えを言ってみよう。ちゃんと評価されるかも。
「はい」
答えを書きなおそうかと思ったその時、端の席にいたおじさんが手を上げた。
体育館にいた時から気になっていたけど、オープンキャンパスに来ている人の年齢層は本当に様々だった。下は十代から、上は七十代までってところか。このスーツを着た上品そうなおじさんは六十手前くらいだろうか?
「はい。お名前は?」
「あ、私、榊アツシと申します」
「はい榊さん、どうぞ」
「ノリユキくんが×××××していた」
ド下ネタだ! 紳士っぽい雰囲気漂わせておいてそれかよ! しかもイラストそれアウトだろ! おっさん自重しろ! いたいけな少女だっているんですよ!
「うぷぷ……」
ナギちゃんウケてるううう。しかもうぷぷってちょっと気持ち悪いよ! 何これもうわけわかんないよ! 大混乱だよ!
その後も調子に乗った俺以外の面々が珍回答を続出し、俺はひたすら心の中でツッコミ続けるのだった。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。
http://colonseries.jp/