放課後の音楽室 その4
ひとしきり遊んで、俺とソノカさんは音楽室の壁に並んでもたれかかっていた。窓から差し込む夕日が音楽室を染めている。
「お前、もうちょい色んな音楽聴けよ。引き出し少な過ぎ」
ソノカさんはまた煙草を咥えながら、気持ち良さそうに目を閉じて言った。
「ソノカさんの引き出しが多すぎなんですよ……。なんであんなになんでもできるんですか」
「友だちがいない奴は一人でなんでもやるしかなかったんだよ」
「俺はあそこまでできる気がしないです……」
「努力しろ少年」
どうしよう。煙草の臭いも、ぶっきらぼうな喋り方も、この人なら心地良い。
「ふー……。楽しかっただろ」
「……はい」
「私は別に、お前に仲間意識を持ってるわけじゃない。ただなんとなくドラムが叩きたくて、お前が乗ってきたら楽しそうだなと思っただけだ。そういう奴もいる。もし気兼ねなく良い音楽を追求したいなら、そういう奴を探すことだな」
「俺は……ソノカさんと一緒にやりたいです」
「バーカ、五年早いよ。……そういえば、お前名前は?」
「土佐です」
さすがにここでフルネームを名乗る勇気は無い。
「土佐。お前プロになりたいのか?」
「いや、まだよくわからなくて……。でも、何者かにはなりたいんです。とにかく普通に就職して、普通に一生を終えたくないんです」
「男の子にありがちな妄想だな」
「……子供っぽいですか」
「今のところは」
「ですよね……」
あからさまに気落ちした俺を見て、ソノカさんは笑った。
「でも、具体的になった妄想は突き詰めれば現実になる。かなりエネルギーが要るけどな。だけどまだ迷ってるなら、今はもっと気軽に音楽を楽しめよ。プロになる覚悟を決めたら、嫌でも本気にならなきゃいけないんだからさ」
「……バンド、やってみます」
「ん、それでいい」
・・
俺はソノカさんと昇降口で別れ、帰路についた。外はもう薄暗くなり始めている。
部屋に帰ると、幸いナユタが待ち受けてたりはしなかった。ので、俺は夕食も後回しにしてクローゼットを開け、ギターを取り出す。なんだかんだ一人でずっと弾いていたから、弾ける状態にはなっている。
俺はギターを抱えて布団の上で胡坐をかく。ソノカさんの叩くドラムの音が頭の中で鳴りやまなくて、それに合わせてつま弾いた。
もう一度頑張ってみよう。そしていつか、ソノカさんに認められたい。
そんな青い気持ちが、心の中のざわざわを塗り潰してしまった。
・・
「バンドしよう!」
次の日。俺は教室に入るなり、話していたナギちゃんたち三人に詰め寄った。
「ど、どうしたの? いきなり」
「いいから! 俺がギターやるから、ナギちゃんベース、ナユタがドラム、南雲さんはボーカルで!」
「お、なんだやる気だな土佐ケン! 私は一向に構わないぞ!」
「私もやりたーい!」
ナユタと南雲さんが乗ってきてくれた。
「わ、私は……楽器とか全然やったことないから……」
「教えるよ! あ、まあでも無理にとは言わないけど……」
ナギちゃんは悩んでいた様子だったが、
「土佐君が、教えてくれるなら……」
と頷いてくれた。
「ありがとう! 俺もそんなに上手くないから、大丈夫だよ」
「わ、わかった」
「よーし! ……ん? しかしバンドって何をするのだ?」
勢い良く立ち上がったナユタが首を傾げる。うーん、まずどれくらいできるのか確かめる必要があるか。
「とりあえず今日の放課後、音楽室を貸してもらおう。この前の授業の続きのつもりで簡単なことから教えるから」
「いいだろう!」
ナユタはぐっと拳を握りしめた。
・・
「おりゃあああ」
ズダダダダドコドコドコ
「え、えっと……」
ボーン……ボーン……
「ふーん、ふんふんふふーん」
俺とソノカさんは自由すぎる三人を眺めていた。
「土佐」
「はい」
「頑張れ」
「……はい」




