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放課後の音楽室 その3

「きりーつ! れい!」


 ショートホームルームが終わり、さよならの挨拶で今日が終わる。適当に掃除を済ませて、またなんとなく榊さんを除く四人で教室を出たが、俺は足を止めた。


「あ、ごめん。俺ちょっと用事あるから……」

「む、そうなのか?」

「ああ。今日はここで」

「うん。またね」

「土佐君ばいばーい」


 俺は三人に手を振り、


「また遊びにむっ――」


 振っていた手でなんとかナユタの口を塞いだ。

 三人と別れて、俺は音楽室に向かった。

 慎重に音楽室の中を覗くと、誰もいなかった。音楽の授業で使われた機材がそのままになっている。

 俺はなるべく音を立てないように音楽室に滑り込み、ギタースタンドの前まで来た。その中から一本ギターを取ってストラップを肩にかけ、アンプに接続する。

 適当に音を作って、ピックをポケットから取り出し、コードを一発鳴らす。程良く歪んだ音が音楽室の中に響いた。


「はー……」


 やっぱりアンプから出る音は良い。アンプシミュレーターから出る音をヘッドフォンで聴くのとは全然違う。久々の生音の余韻に浸っていると、


「やっぱりな」

「うわあ!」


 いつの間にか、音楽準備室の入り口にソノカさんが寄りかかっていた。音楽室に入るまでしか警戒していなかったのがいけなかったか……。


「な、なんでここに……」

「仕事のあとの一服。おかしいと思ったんだよなー。ドラムセットやマイクのセッティングができて、楽器が何も弾けないようなやつがいるか? 普通」


 しまった。やれと言われたからやったけど、確かに違和感がある……。ソノカさんはスリッパをパタパタと鳴らしながら歩いて、ドラムセットの椅子に腰かけた。


「なんで隠してたんだよ」

「いや……個人的な趣味レベルのことしかできないんで……」

「あー、得意なやつって聞いたのが悪かったか。でもある程度弾けるんだろ?」

「まあ、前の高校では軽音部だったので……」

「へー! じゃあバンドやりなよ。他みんな初心者だし、お前も多少教えられるんじゃない?」


 俺は黙った。一番言われたくないことを言われてしまった。


「何? 一人がいいの?」

「ま、まあ……」

「ふーん……」


 ソノカさんが観察するように俺を見てくる。やっぱりダメだ、ドキドキする。俺は恥ずかしくてうつむくことしかできなかった。


「お前、バンドで何かやらかしただろ」

「うっ……」


 完全に見透かされている。ソノカさんはお尻のポケットから煙草とジッポーライターを取り出し、一本口に咥えて火を点けた。


「……学校内は禁煙ですよ」

「ナユタも言ってただろ? 校則に違反することはバレないようにやれ」

「俺にバレてますけど」

「チクったらピーンな」


 ピーンってなんだ。


「ふー……。ちょっと話してみろよ、何があったのか」

「……」


 俺は観念して、ギターを抱えたままその場に胡坐をかいた。


「……高校に入学してすぐ、軽音部に入ったんです。それで、同じ学年で趣味の合いそうな奴を集めてバンドを組みました。最初はそれなりに順調で、一年だけど文化祭に出させてもらったりもしたんです」

「ふーん。上手かったんだ?」

「いや……俺も含め、精々高校生レベルにちょっと毛が生えたくらいだったと思います。ただ、バンドを続けていくうちにモチベーションの差が生まれてきて……。楽器や歌のレベルがバラついてきたりとか、まだ大して上手くもないのにやたらライブをしたがる奴が出てきたり……」

「ライブの経験は重要だけどな。まあでも高校生じゃ出費も馬鹿にならないか。それで揉めたの?」

「多少言い争いみたいなことにはなりましたけど、それでもバンドは続いてました。だけど、二年の春。俺は新しく入ってきた上手い一年を誘って、別のバンドを組んだんです。……今のバンドに無断で」


 ソノカさんは薄く煙を吐き出し、納得したように頷く。


「……なるほどね」

「やっぱり、良くないことなんですね……。正直俺は何が悪いのかわからなかったんです。なんであそこまで批判されて、部活が針のむしろになったのか……」


 ソノカさんは少しの間窓の外を見て考えていた。そして口を開く。


「……それはさ、みんな本気だったからだよ」

「本気だったから?」

「正直私は、お前の気持ちがわかる。お前はきっと本気で“良い音楽”をしたかったんだろう。だから新しい可能性も試したかった。私だってその状況だったら、もっと高みを目指せるバンドを探すと思う。だけどお前以外のメンバーは、本気で“そのバンド”をやりたかったんだ」

「あ……」

「お前は私と一緒で、仲間意識の薄い職人タイプ。自分が満足できるものを得るためなら、平気で他を切り捨てていく。だけど世の中には、仲間意識の強い人間もいる。そのメンバーでやることに意義を見出すタイプだ。そういう人間にとって、仲間が勝手に別行動を取ることは裏切りに等しい」


 ああ、言われたな。裏切り者って。それから俺はチームみたいな集団で行動することが怖くなった。自分がまたいつかその集団を裏切るかもしれないから。また他人を知らぬ間に傷つけそうだったから。


「でもな」

「え?」

「私に言わせりゃ、それを裏切りだと言う方だって自分勝手だろ、と思うんだよ。結局は自分が嫌な気持ちになったから怒ってるんだろうし。たまたまそういう仲間意識の強い奴らが多かったから、お前一人が責められることになっちゃっただけだと思う」

「でも……そのバンドのメンバーだけじゃなくて、部員全員から責められたんですよ?」

「集団行動を大切に。そういう教育を小さい頃から押しつけられる日本人の中で、私らみたいなのはマイノリティなんだ。絶対的に見れば悪いことはしていない。だけど相対的に見て、社会の中では浮いてしまう。そういう奴らは、一人でいるしかないんだよな」


 俺はちょっと泣きそうだった。初めて誰かにわかってもらえた気がして。


「だからバンドをしたくない、と」

「……はい」


 ソノカさんは最後の一口を吐きだして、煙草を携帯灰皿に。それをポケットにしまうと、今度はスネアの上に転がっていたドラムスティックを手にした。


「じゃあ例えばだ」


 そう言って、軽いフィルの後、8ビートを刻み始める。何かと思ってソノカさんを見ると、じっと俺を見つめ返してきた。これは……そういうことだろう。

 俺は立ち上がり、ギターのボリュームを上げる。そしてリズムに合わせて、適当にコードを乗せていく。ソノカさんは満足気に頷いた。

 俺は次々と変化していくソノカさんのリズムパターンに、必死についていった。

 楽しい。心から。

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