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放課後の音楽室 その2

「音楽と美術と家庭科を担当する天津ソノカだー。私の声を聞いて笑ったやつはこうなるから覚えておけー」


 俺は教壇の上で床に手をつき、ソノカさんの椅子になっていた。何このSMプレイ。小さく聞えてくるクスクスという笑い声が辛い。


「さて、音楽の授業だけど……」

「あ、あの」

「あ? なんだ椅子」

「すいません、このまま授業続けるんですか……」

「当たり前だろ。お前これから私の椅子な」


 くっ。ピアノを弾いている姿にときめいた俺の気持ちを返せ……。


「で、授業の話だが……あ、そうだ」


 お、ソノカさんが立ち上がってくれた。


「え、もう椅子にならなくていいですか?」

「おう、いいぞ」

「よ、良かった……」

「代わりに音楽準備室からドラムセット持って来い。あとアンプとギタースタンドもな」


 ドS。

 俺は結局言われるがまま、一人でドラムセット一式とギターアンプ二台、ベースアンプ一台、さらにギター三本とベース一本が立てかけられたギタースタンドを運ばされた。


「こ、これでいいですか……」

「いいだろう。座ってよし。お前これから私のパシリな」


 泣きたい。


「えー、普通中学高校の音楽の授業っつったら合唱を想像する人が多いと思う。けどご覧の通り、ここは出席を取らない自由な娯楽施設だ。全員揃うことの方が稀だろう。というわけで合唱はやらん」


 まあ、機材を運ばされた時点で察してはいたが――


「秋に予定されている文化祭に向けて、バンド、ユニット、ソロのどれかとして、楽器や歌を練習してもらう」


 教室内がどよめいた。俺の胸にもざわざわとしたものが蠢き始める。


「ちなみに楽器とか歌が得意な人っている?」

「はあい」


 他の面々が顔を見合わせる中、意外なことに南雲さんが手を上げた。


「うっ……」


 ソノカさんが南雲さんのプロポーションを見て明らかにうろたえている。


「え、えっと……何が得意なの?」

「一応大学生の頃は、軽音サークルでボーカルやってましたー」

「へ、へえー。それじゃ私伴奏やるから、良かったら何か歌ってみてくれる? 知ってる曲だったらなんでも弾くから」

「じゃあー……フライミートゥーザムーンはどうですか?」

「お、気を使ってくれてどうも」


 ソノカさんは礼を言ってピアノの前に座る。フライミートゥーザムーンはピアノを弾く人なら誰もが一度は触れたことがあるであろう曲だ。

 ただ……あの激甘な声にその選曲は合うのか……?


「おいパシリ。マイクセッティングしろ」

「あっ、はい……」


 教室にはスタジオによくあるタイプのミキサーも用意されていた。俺は音楽準備室からマイクとマイクスタンドとケーブルを持ってきて、音響のセッティングまでやる羽目になる。くそう、いいように使われてるな……。

 俺はマイクスタンドを南雲さんの身長に合わせてセッティングを終え、ナユタとナギちゃんの近くに腰を下ろした。


「……よし。カウント二つで入るね」

「わかりましたー」


 ソノカさんがキーを確認するために軽くイントロを弾き流して、


「わん、つー」


 カウントと共に演奏が始まり、教室がざわつき、俺は鳥肌を立てた。

 これが南雲さんの声?

 いつものふわふわと高い、捉えどころのない声とはまるで違う。艶っぽさだけは残しながら、しなやかで芯のある歌声だった。

 マイクに左手を添え、心地良さそうに歌い上げる。

 ちょっとファンキーな伴奏のアレンジもたまらない。

 ソノカさんも気持ち良くなったらしく、歌が一周した後にピアノのソロが入り、軽快なアウトロで演奏が終わった。

 ソノカさんがペダルを離してピアノの音が消えると、教室内は拍手に包まれた。

 ひらひらと手を振って応える南雲さんにソノカさんが歩み寄り、握手を求めた。


「あなた、名前は?」

「南雲ミキですー」

「素晴らしく良い声だね……妬ましいくらいだわ」

「そんなー、ソノカ先生だって可愛い声ですよー」

「ふっ――あ、違います息が漏れただけでがっ」


 ソノカさんの足から放たれたスリッパは、見事に俺の眉間に命中した。


「無礼な下僕はさておき……南雲さんはもう戻っていいよ」

「はあい」

「スリッパ持ってこいパシリ」

「はい……」


 被害者は俺のはずなのに、なぜかスリッパを持っていってソノカさんの足に履かせた。


「ご苦労。えー、今ので相当ハードルが上がったように感じた人も多いんじゃないかと思う。けど心配はいらない。音楽っていうのは、正しく練習すればなんでもできるようになるっていうことを教えてくれる、素晴らしい教材だからね。ただ……なんでもできるようになる必要はない。というのも、ぶっちゃけ私は楽譜が読めん」


 他の生徒たちは意外そうに笑うが、俺はもう怖くて笑えなかった。


「音大に入ったはいいけど、理論とか読譜の授業が苦痛過ぎて辞めて、ここで拾ってもらったんだよね。でも楽譜が読めない私でも、そこそこピアノ弾けてただろ?」


 そこそこなんてものじゃなかった。もしライブをやるなら観に行きたいし、CDを出すなら買いたいと思えるほどだ。


「だから好きなことだけやれ。好きな楽器を選んで、好きな曲を練習して、好きなやり方で表現する。それが謳歌学園での音楽の授業だよ。オーケー?」


 面々が楽しげに頷く。俺もその授業はとても楽しそうだと思う。

 だけど、どうしても心に引っかかるものがあった。


 その後、希望者で楽器を触る時間が取られた。どうやらソノカさんはある程度なんでも楽器を弾けるらしく、コードやドラムのリズムパターンを一つだけ教えていく。

 授業が終わる頃には、希望した人たちでワンコードのセッションもどきができるようになっていた。

 ちなみにナユタは派手そうだからという理由でドラムを、ナギちゃんは地味そうだからということでベースを選択した。

 

 俺は結局、最後まで見ているだけだった。

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