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放課後の音楽室 その1

「おはよー……」

「おはよう!」

「あ、おはよう」


 ナユタと一緒に教室に入ると、やはりナギちゃんはもう来ていた。

 俺は鞄を机に置いて、ため息と共に椅子に腰を下ろした。ナユタは席に着くと、すぐに鞄からノートを取り出して何やら書き込み始める。

 あのあと俺はニルスさんに必死に事態を説明して解放され、なぜかニルスさんが作った朝食(ご飯、みそ汁、ベーコンエッグ)をナユタを含む三人で食べ、登校してきている。

 今朝で五年は寿命が縮んだんじゃないだろうか。

 ナユタはというと俺の抱き枕が効いたのか、いつにも増して元気だった。

 一方俺は身体中が痛い。緊張して熟睡できなかったので疲労感も酷い。

 女の子と一緒に寝るという憧れのシチュエーションだったが、現実とは残酷である。


「土佐君、大丈夫? なんかやつれてるけど……」

「い、いや大丈夫」

「土佐ケンは私と寝て疲れ――」

「わあああ!」


 俺は勢い良く立ち上がり、不思議な踊りをした。


「わっ、ど、どうしたの?」

「ちょ、ちょっと待ってね」


 踊りながら振り返り、ナユタの胸倉を掴む。


「ナユタあああ! お前その言い方だと百パーセント誤解を招くだろ!」


 俺は声を小さく張り上げた。


「ご、誤解? なんの誤解だ?」

「とにかく昨日から今日にかけてのことは誰にも言うな……! 隣に住んでることも言うな……!」

「ちょ、ケン……顔が近くて怖いぞ……」

「わかったな? 返事は?」

「は、はい」

「よし」


・・


 チャイムが鳴って、朝のホームルームが始まる。しかし教室内には昨日の半分くらいの生徒しかいなかった。言っていた通り、榊さんもいない。

 当然のことだが、娯楽施設である以上毎日全員が揃う必要はない。来たい時だけくればいい。そうわかってはいても、空席だらけの教室は少し物悲しかった。朝あんなに元気だったナユタも、少し大人しくなった気がする。昨日のこともあって、少し心配になった。

 授業は昨日とは打って変わって普通に進んだ。

 山田先生は化学の基礎である物質の構成について、プロジェクターを使って講義していく。

 一番心配だったマイケルも、マイケルなりに英語を教えようと、某教育番組を流しながら授業っぽいことをし始めた。ちょっとアウトな気もするが。

 それ以外の先生たちも不安とは裏腹に結構まともで、午前中は至って普通に高校一年の授業を復習することができた。

 ただ、普通の授業がつまらなかったのか、それとも昨日仲良くなった人が来ていなかったのか、ぽつぽつと教室から人が減っていったのが気がかりだった。


・・


 昼休み。榊さんを除く四人で集まって弁当を食べるが、あまり会話は弾まなかった。


「なんか、つまんないねー」

「な、南雲さん……」


 正直過ぎる……。普通に勉強できているので俺は嬉しかったが、娯楽を求めてやってきた人たちにとってはつまらないのかもしれない。

 さすがにナユタの顔が陰ってきた。


「ナユタちゃん」

「……ん」

「私は楽しいよ」


 ナギちゃんはナユタを真っ直ぐに見つめて言った。南雲さんへの威嚇のつもりなのか、いつもより意思を強く感じる言葉だった。


「本当か……?」

「うん。ちゃんと毎日来るね」

「ナギ……」

「お、俺も……実は楽しくないわけじゃないぞ。その、色々……」

「くぅー……! このツンデレめ!」

「いてえ!」


 ナユタの肩パン(強)が見事に決まって、俺は危うくたまごドックを落とすところだった。

 しかしまあ、ナユタが元気を拾えたなら良しとしよう。


「あははー、楽しくなった」


 な、南雲さん……。


・・


 昼飯を食べ終わったあと、俺は一足先に音楽室に向かった。五限目はついに音楽だった。何か楽器があったら遊んでいよう。

 廊下の端にある階段まで行って、三階を目指して上っていた時。


「ん?」


 俺は小さく聴こえてきたピアノの音に一度足を止めた。誰か音楽室にいるんだろうか。

 あれ……これなんの曲だっけ。聴いたことある。ジャジーでかっこいい。俺はまた階段を上り始めながら考えて、


「あ!」


 こ、これは! 確かカップラーメンのCMに使われてた曲だ。歌詞が替え歌になっててめちゃくちゃだったけど、曲自体はかっこ良かったので覚えている。かなり弾き崩しているけど、それがまたツボだった。

 自然と駆け足で階段を上り、音楽室の前に立つ。防音の分厚いドアにはめ込まれたガラスから、ピアノを弾く人の姿が見えた。

 心拍数が上がったのを感じた。防音ドアのロックを上げ、邪魔にならないようにこっそりと音楽室に入る。生で耳に入ってくるピアノの音がとても心地良かった。

 そして……癖のある長い黒髪を揺らし、煙草をくゆらせながらピアノを弾く眼鏡の女性。Tシャツにジーパン、スリッパというラフな格好だったけど、その大人びた涼しげな横顔に、俺の心拍数はどんどん上がっていった。

 あ、気付いた。その人は俺の方をちらっと見てニヤリと口の端で笑うと、キーはそのままに曲調を大きく変えた。

 これは確か……“G線上のメリークリスマス”。坂元虎一の曲だ。それもいきなりサビの部分。さっきのリズミカルなノリから、急激にゆったりとしたバラードへ。

 俺が油断して聴き入っていると、次は久川稜の“ウィンター”。これも美味しいところだけ弾いて、今度は鉄道会社のCMでよく聴く、なんだっけ……“マイ・フェイバリット・プレイス”か。京都に行きたくなるやつだ。

 俺は気付くと笑っていた。楽しくて。あの人がとても楽しそうで。こんななんでもありな演奏を、俺は初めて聴いた。

 そしてその曲も佳境に入り、次に何が来るかと楽しみにしていると、


 ダ! ダ! ダ! ダ! ダダ!


 その六音で唐突に演奏が終わった。な、なんで締めが博多の塩なんだ……。俺は全力の拍手を送るつもりでいたのに、締めがシュール過ぎて乾いた拍手しかできなかった。

 その眼鏡のピアノ弾きさんは、落ちそうになった灰を携帯灰皿で受け止め、最後に一口を吸って煙草をもみ消した。


「よー、君生徒?」


 え? だ、ダメだ堪え――


「……ふっ」


 あっ。

 俺が小さく噴き出したのを見て、ピアノ弾きさんは一瞬にして俺との距離を詰め、胸倉を掴んできた。


「おい。お前今笑ったな?」

「ぷふっ……い、いや笑ってな――」

「笑っただろ!」

「ちょ、あははは!」


 詰め寄られても全然怖くない! こ、この人見た目はめっちゃ大人っぽいのにすげえロリ声――


「ふんっ」


・・


「と、土佐君……?」

「オラオラオラオラ」

「ギブギブギブギブ」


 なぜだろう、俺は音楽室のど真ん中で綺麗に袈裟固めを決められている。

 授業に来たナギちゃんやナユタを始めとする生徒たちが、不思議そうに、あるいは軽く引いて俺とこの人を見ていた。

 なんとか抜け出さねば。


「ちょ、待ってください! む、胸が! 胸が当た――らない……」

「オラアアアアア」

「ギャアアアアア」

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