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スタート その5

「ふんふん!」


 とりあえず冷蔵庫にあった麦茶を出して、漫画を何冊か差し出したら大人しくなってくれた。ふっ、いくら校長とはいえまだまだ子供よのう。

 俺は一安心して……くっ、ナユタがいるとやろうとしていたことができない。しょうがない、今日は諦めてネトゲでもするか。


「なんだそれは!」

「うわあ!」


 パソコンデスクの前に座ってゲームを起動した途端、ナユタが声を張り上げて、体が跳ねるくらい驚いてしまった。

 教室や体育館でもあれだけ響くというのに、六畳一間で同じ声量を出されたらたまらない。


「こ、声がでかい! ここアパートだぞ!」

「あ、すまん。でそれはなんだ?」

「オンラインゲームだよ……」

「オンラインゲーム!」


 ナユタがまた声を張り上げ、漫画を放り投げてパソコンと俺の間に滑り込んできた。ああもう床ドンが怖い。


「ハッキング的なあれか! ゲームの世界に意識が取りこまれて帰還できなくなったりするのか!」

「そういうゲームもあったな……。少なくとも現代の技術じゃそんなことできないよ」

「なんだそうなのかー。つまらんな」

「だろ?」

「でもちょっとやってみたいぞ」


 ちっ。興味を失って漫画に戻ってくれるかと思ったのに。


「よっこらせ」

「お、おい」


 なんとナユタは、俺の股の間の僅かなスペースに座った。いくらなんでも健全な男子には危険すぎる状況。


「どうやるのだ?」

「とりあえずマウス持って……」

「こうか?」

「いや持ち上げる必要はない」


 その後ナユタのキャラクターを作り、ログインし、一通り操作を教える羽目になった。なんか凄く既視感があると思ったら、小学生のいとこの相手をしている時に似ている。

 が、さすがに小学生とは違った。驚くべきことにナユタはすぐに操作を覚え、数十分で他のプレイヤーと一緒に遊べるようになった。俺でも多少は練習が必要だったのに……。


「上手いじゃん」

「だろー?」


 ナユタは嬉しそうに上下に体を揺するが、あまり衝撃を与えないでいただきたい。頼むから。


・・


 たっぷり二時間ほど遊んで、さすがにナユタは力尽きたようだった。勝手にテーブルを片付け、布団を敷いてごろりと寝転ぶ。


「はー、面白かった! 決めたぞ、私もパソコンを買う!」

「やめとけ。ネトゲが面白いのはやり始めだけなんだ……」


 これはネトゲプレイヤーの総意だろう。


「さ、もう充分遊んだだろ? そろそろ帰れ」

「むー……」


 ナユタが目を閉じてごろごろし始めた。

 い、いかん。これはいとこの例からするとこのまま寝落ちするパターンだ。いくらナユタとはいえ、同じ布団で寝るなんてそんなふしだらな! 不純異性交遊だ!

 ちょっと体験してみたいという気持ちを必死に堪え、俺はナユタを起こしにかかる。


「おい、頼むから……」

「ん」


 ナユタが寝転がったまま手を広げた。


「ん?」

「抱っこ」

「ぐっ……あ、あほか。子供じゃないんだから……」


 やめろ! 自覚してないかもしれないがお前はかなり美少女なんだ! そんな破壊力のある――


「私だって!」

「え……」

「……私だって、まだ子供だ……」


 俺が聞いてきた中で、一番元気の無いナユタの声だった。ナユタは何も言わず、手を広げたままで天井を見つめている。


「……もしかして、寂しいのか?」

「……」


 何も言わないが、多分図星なんだろう。

 俺の中で、ナユタはいつも力強かった。あの駅での演説の時も、オープンキャンパスのディスカッションでも、今日だってそうだった。

 だけど普通に考えたら、あんな熱量、普通の女の子に出せるわけがない。

 今の今までナユタは普通の女の子じゃないと思ってた。けど今目の前に横たわって、人肌を求めて必死に手を掲げているのは、痛々しいほど普通の女の子だった。


「……」


 俺はナユタの横に腰を下ろす。別にやましい気持ちは無い。ただ子供をあやすようなものだ。


「ん」


 手を広げると、ナユタが起き上がって抱きついてきた。柔らかい感触と良い匂い。そして心地良い重み。忘れかけていた人の温もりを感じた。


「ケンイチ……」

「ん?」

「洗濯物、部屋干ししているだろう。生臭い」

「悪かったな」

「でも……安心する。温かい」

「なら良かった」

「頭、撫でてくれないか」

「……よしよし」


 ゆっくりと頭を撫でる。ナユタの髪は本当に絹糸のようで、撫でてるこっちも気持ち良かった。次第にナユタの体の力が抜けいくのを感じる。そして、


「すー……すー……」

「あ」


 うっかり寝かしつけてしまった……!

 でも起こしてしまうのはさすがに可哀想だよな……。俺はナユタを部屋に帰すことを諦めて、ゆっくりと布団に横たわらせた。

 そして起き上がろうとして、それができないことを知った。


「んー……」


 俺は首に回されたナユタの腕でがっちりホールドされていた。

 人間眠った状態でこんな力を出せるものなのか……? 俺はなんとかナユタのホールドから抜けだそうともがいてみたが、無理に抜けだそうとするとナユタの控えめな胸に顔を埋めかねなかった。

 さらに下手をすれば顔が近すぎて、その……き、キ……口が、くっついてしまいそうだった。

 だ、ダメだ。ここは変な事故を起こさないためにも、大人しく抱き枕になろう……。

 俺はナユタに頭を抱きかかえられるような体勢で横になった。

 正直なところやましい気持ちがちょっと芽生えそうだったけど、ニルスさんの怖い顔を思い出して耐えているうちに、気づいたら眠ってしまっていた。


・・


「ん……」


 目が覚めた時、異様な圧迫感を感じた。一瞬それがなんなのかわからなかったが、すぐにナユタのことを思い出す。

 外で雀の鳴く声が聞こえてきて、眠い目をこすりながら体を起こそうとした時、ひんやりとしたものが唇に触れた。


「ん?」


 霞んだ目を何度も瞬いているうちに、唇に当たっているものがはっきりとしてきた。

 銃口だった。


「貴様……!」


 そしてその先には、憤怒の形相のニルスさんが。


「ニルスー、違うのだー……」


 視界の隅には目をこするナユタが。


 頼む、夢であってくれ。

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