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スタート その3

 五限目、国語。


「やー、僕ばっかり出てきちゃって悪いね」


 本日最後の授業である国語で、桜庭先生が再登場した。また大喜利が始まるのか……。俺はこんな適当な授業に一般の高校と同じくらいの学費を支払ってもらうことに、ようやく疑問を感じ始めていた。


「じゃあこれからプリントを配るから、後ろの人に回してー。教科書代わりね」


 え? 桜庭先生は端から先頭の生徒にプリントを渡していく。俺も受け取って見ると、“猿ヶ島 太宰治”という文字が。


「今日は初回ということで、割とポピュラーな太宰治の猿ヶ島という作品についてみんなで語っていこうと思いますー」

「あ、あの!」


 俺はつい手を上げてしまった。


「ん? どうしたの?」

「えっと……オープンキャンパスの大喜利はなんだったんです?」


 突然思いの外普通の授業が始まって、驚いているのは俺だけじゃないだろう。


「あー、あれね。あれもちゃんと勉強のうちだよ? 受験とかには役に立たないんだけどね」


 桜庭先生は朗らかに笑う。


「土佐君あの時一問も答えられなかったでしょ。どうして?」

「え……真面目に考えてたのに突然大喜利が始まって、自分が考えてることが何か間違ってるんじゃないかと思って……」

「そこなんだよねー。土佐君は真面目だから、多分一番模範的な答えを出そうとしたんだよね。でも僕としては、それってつまらないんだ」

「つ、つまらない?」

「国語、というか文章って、受け取り手によって抱く感想は違ってて当たり前なんだよね。試験なんかでは確かに正しい答えが一つは用意されてるんだけど、それ以外にも考え方っていくらでもあると思うんだ。そういうところを想像する楽しみを、僕は教えたいんだよ」


 な、なんてことだ……。桜庭先生はぽわんとした適当な先生なんかじゃなかった。きっと普通の高校にいる国語教師なんかよりもずっと、本当の意味で国語の楽しさを教えようとしてくれているのかもしれない。


「あ、ありがとうございました」

「ん、じゃあ始めようか」


 またナユタの耳打ちが入る。

「桜庭先生は授業のやり方で学校と揉めて、前の高校を退職している。唯一教員免許を持ってる先生だ」


 桜庭先生自身も言っていたが、確かにこの授業のやり方だと、楽しいが受験にはほとんど役に立たない。きっと生徒や親からの反発もあったのだろう。桜庭先生にとって、この学園は本当にしたい教育ができる数少ない場なのかもしれない。俺は桜庭先生の授業だけは真面目に受けようと心に決めた。

 ナユタの耳打ちの“唯一教員免許を持ってる先生”の部分は考えないことにする。


・・


「はい、じゃあ今日はここまでー」

「きりーつ!」


 ナユタの号令で、今日で一番意義深い授業が終わった。猿ヶ島……きっとこれは、桜庭先生にとって特別な話だったに違いない。ざっくり言うと猿が猿山を逃げ出すだけの話なのだが、俺も深く共感してしまった。

 授業内容を思い返して噛みしめていると、


「あ、土佐君」


 桜庭先生に声をかけられた。


「あ、はい。なんですか?」

「ショートホームルームの前に、ちょっと職員室来てくれる?」

「やーい呼び出しー」

「うるさいわ。わかりました」


 ナユタの子供っぽいヤジに反撃し、桜庭先生の後に付いていく。


「ごめん、八千代さんも」

「え? あっ、はい」


 プリントを几帳面にファイリングしていたナギちゃんが、慌ててそれを片付けて追い付いてくる。


「どう? 初日の授業は」

「んー……先生たちが個性的過ぎて、正直ちょっと不安になりましたね」

「はは、だろうね。でも多分、普通の学校じゃ教えてくれないようなことを教えてくれるよ」

「はあ……」


 少なくともマイケルは何も教えてくれまい。


・・


 職員室はすでに先生たちの個性を色濃く感じさせる状態になっていた。

 山田先生の机はなんだかよくわからない機械でごちゃごちゃしているし、マイケルの机には大量のスナック菓子が。中年太りを加速させるぞマイケル。


「座ってー」


 桜庭先生は空いている椅子を集めてきて、俺とナギちゃんに勧めてくれた。俺たちが座ると、桜庭先生が一枚の書類を渡してきた。


「二人とも高卒認定試験受けるんだよね? 科目免除制度って知ってる?」

「科目……」

「免除……?」


 俺もナギちゃんも首を傾げる。


「やっぱり知らなかったか。二人とも高校にある程度通ってたから、いくつか必要な単位が取れてる科目があるんだよ。単位が取れている科目は、試験から免除されるんだ」

「え、そうなんですか?」

「全然知らなかった……」

「そうなんです。ナギちゃんはちょっと早めに高校辞めてるからあんまり免除にはならないんだけど、土佐君は試験三教科くらいしかないよ」

「えええ!」


 俺は改めて渡された書類を見る。基本的な科目はほとんど必要な単位が取れていて、足りないのは化学、数学、国語だけだった。


「一応二人の前の高校に問い合わせておいて良かった。これでちょっとは安心できたんじゃない?」

「ありがとうございます! 肩の荷がかなり下りました」

「あ、ありがとうございます」


 俺もナギちゃんも揃って頭を下げた。


「いやいや、一応こういうケースも経験したことあったからね。でも、自分の将来のことを考えて勉強はちゃんとするんだよ?」

「はい!」

「はい、頑張ります」

「うん。あとこれ、高認試験の受験案内ね。出願は五月十四日までだから、気をつけて」


 神……! 桜庭先生は神様だった……!

 油断をする気は全くないが、三教科だけなら自力でもなんとかなるだろう。そう思うとめちゃくちゃな授業も悪くないかもしれない。

 焦りと不安が無くなって、ようやく学園生活を楽しむ余裕が、心に生まれた気がする。

 その後教室に戻ってショートホームルームがあり、簡単な掃除をして、濃すぎる学園生活初日が終わった。

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