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学園生活はエンターテイメントでなければならない! その1

 高校二年の夏。俺は学校を辞めた。

 部活でのいざこざや勉強の忙しさやらが色々が重なって、耐えられなくなってしまった。

 親も先生も最初は止めたけど、断固として態度を変えない俺に、最終的には諦めたようだった。


「で、高校辞めてどうするんだ」


 親父に聞かれて、俺はすぐには答えられなかった。

 本当のところ、俺は何がしたくて生きていたのか。

最終的に何になりたかったのか。

 その時点では、何もわからなかった。


「暑い……」


 もう九月も半ばだというのに、暑い日は真夏のように暑い。

 俺はバイトの面接を終えて、炎天下の東京をアパート目指して歩いていた。東京と言ってもここはいわゆる東京の田舎で、高層ビルもなければ大きなスクランブル交差点もない。普通の住宅地だ。

 ようやくアパートまで辿り着き、俺は一階の隅にある自分の部屋の鍵を開ける。ドアを開くと、密室で蒸された空気が漏れ出てきた。


「ただいまー……」


 そう言ってもおかえりを返してくれる人はいない。

 俺は高校から一人暮らしを始めていた。早いうちから自立して、なんでも自分でできるようになりたい。そう言って両親を説得したが、正直なところ、家から早く出たかったというのが理由だ。

 実家は静岡のちょっと名の知れた旅館で、長男の俺はそのままいけば旅館を継がなければならなかった。小さい頃から手伝いばかりさせられ、実家に良い思い出は無い。

 中学に入って色々な世界があることを知って、家を出たいという気持ちは強まる一方だった。そして静岡に弟を残して俺は上京したわけだが、今度は高校を辞めると言い出した。

 実家に帰ってこのことを話した時の親父の激昂っぷりは凄まじかったけど、当然のことなので俺は素直に殴られた。母さんが止めてくれなかったら死んでたかもしれない。

 で、本当に高校を辞めてしまった俺は、両親と一つだけ約束をした。親父はこう言った。


「来年の三月までに今後の身の振り方を決めなさい。もしそれができないようなら大人しく家に帰ってきて、旅館を継ぐこと」


 俺はぼこぼこになった顔で頷いた。

 で、今また東京の六畳一間に戻ってきて、今後どうするかを考えあぐねている。

 冷蔵庫を開けると、飲みかけの紙パックのジュースとポークビッツしかなかった。しまった、買い物をしてくれば良かった。

 とりあえずジュースで水分補給をした後、ちょっと遅い昼飯を買いにコンビニに行くことにした。

 また炎天下の中を歩かなければいけないのは憂鬱だったけど、コンビニは冷房が効いている。たっぷり涼んでから帰ってこよう。


    ・・


 コンビニに行く途中、中学校を横切る。そういえばここ廃校になったんだっけ。

 この学校にも沢山の卒業生がいて、それぞれ色々な青春を送ったんだろうな。そんなことを考えて切なくなりながら歩いていると、校庭に立つ人影が目に入った。思わず立ち止まる。


「うわ……」


 驚くことに、校庭のど真ん中で仁王立ちしていたのは、白いワンピースを着た金髪の美少女だった。金と言ってもほとんど白に近い金で、絹糸のようにしなやかな髪が風にそよいでいる。ここが緑豊かな草原か西洋の海辺の町であればそれはそれは絵になっただろうに、砂埃の舞う日本の学校がミスマッチすぎて残念だった。

 一体何をしているのだろう。遠くてはっきりとは見えないけど、なんか満足気に頷いてるように見える。

 何してるんですか、と話しかけたら物語が始まるかもしれなかったが、俺にそんな度胸は無かった。またコンビニを目指して歩き始める。

 コンビニから戻ってくる頃には、もうあの美少女はいなくなっていた。


    ・・


 スーパーマーケットの青果コーナーでのバイトが決まって、俺は次の日に早速出勤することになった。最寄駅から電車で一駅。

 ここは東京の田舎の都会、って感じのややこしい印象の駅だ。

 駅周辺で大抵なんでも揃うので、地元に比べれば都会だけど、都心ほど都市化されているわけでもない。田舎育ちの俺にとっては、とても居心地の良い街だった。

 駅を出てスーパーに向かおうとした時、何やらやかましい声が聞こえてきた。

 俺は歩行者回廊から身を乗り出して、下の車道を見る。駅に繋がる道の途中に選挙カーのようなものが停まっていた。


「あ」


 その選挙カーのようなものの上で、拡声器を使って何やら演説している女の子がいた。それは何日か前に中学校の校庭にいた、金髪の美少女だった。

 俺は階段を駆け下りて歩道に出て、美少女が乗る選挙カーの前までやってくる。

 少女は選挙カーの手すりに足をかけ、パンツ丸出しで演説していた。白い。


「改めて! ご通行中のみなさんごきげんよう! 私はこの度開校する、“私立謳歌学園”の宣伝にやって参った!」


 通行人が次々と足を止めるが、ほとんどが男性なのでおそらくパンツ目当てだろう。かく言う俺も足を止めてしまっているが、決してパンツ目当てではない。見るけど。

 しかし……謳歌学園?


「みなさんの高校生活は楽しかっただろうか! 充実していただろうか! 青春していただろうか!」


 身ぶり手ぶりを交えた一言一言が、胸にグサグサと突き刺さる。


「中には“楽しくなかった”、“できることなら高校生活をやりなおしたい”、そう思っている人もいるであろう! よおこべえーっ!」


 噛んだ。


「この度我がスメラギコーポレーションは、新たな娯楽施設として、“私立謳歌学園”を開校する!」


 娯楽施設?


「私立謳歌学園は、年齢学歴その他一切不問で入学できる、エンターテイメント、娯楽としての高校生活を送るための施設である! 授業は真面目に受けるもよし、サボるもよし! 部活動に精を出すのも良かろう! なんでもありだ! ただし校則に違反することはバレないようにやれ!」


 なぜだろう、俺はすっかりその少女の演説に惹きつけられていた。


「仕事に疲れたそこのあなたも! 家事に疲れた奥さんも! 高校を中退してしまったそこの君も!」


 え。気のせいだろうか。少女が俺の方を見て指差したように見えた。


「好きに学べ! 好きに遊べ! 学園生活は、エンターテイメントでなければならない!」


 少女は叫んで、びしっと天を指差した。

 拡声器のハウリングが治まって、駅前には少女のパンツに釣られた有象無象の拍手が沸き起こった。そんな中で、俺は汗を浮かべた少女のやり切った顔に見惚れていた。


「どうぞ」

「わっ」


 突然声をかけられて視線を落とすと、サングラスをかけたスーツの男が、一枚のビラを差し出していた。顔が近い。受け取らなければ殺すぞってプレッシャーを感じる。俺が黙って受け取ると、スーツの男は他の人たちにも同じようにビラを配っていった。

 ビラを見ると、問い合わせの連絡先やオープンキャンパスの案内、そして俺のアパートから歩いて五分のところにある、あの廃校になった中学校近辺の地図が載っていた。

 あそこ、高校になるのか……。いや高校なのか?

 見ると、少女はすでに選挙カーの上から降りて、スーツの男たちに護衛されながら車に乗り込もうとしていた。俺は咄嗟にスマートフォンを取り出して、カメラを起動する。非常識だと思いながらも、つい一枚撮ってしまった。

 白に近い金髪、エメラルドグリーンの瞳、白い肌。日本語ぺらぺらだったけど、日本人じゃないのは間違いなさそうだ。歳は俺よりは下だろう。一体何者なんだ。


「あ、やっべ」


 スマートフォンの時刻表示が目に入って、俺は即座に走りだした。すでに始業時間を五分過ぎている。初日から遅刻とは。

 ……でも、もしかしたら。

この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。


http://colonseries.jp/

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