中ボスに転生してしまったが、せめて足掻いてみようと思う
テンプレの転生ものを書きたかったので書いてみました。
戦闘シーンはあんまりありません
「報告によると、我々が占領したウィスター王国の王子アルスが、寄せ集めの軍を作り戦いを挑んで来ているらしい」
それを聞いて、私は何故か既視感と頭痛を覚えた。
報告に挙がっている王国の名は既に知っているが、王子の名は初耳。なのに前から知っていた気がする。
謎の頭痛を惑わせようと胸辺りまで伸びている自分の銀髪をくるくるさせている間にも、敵についての報告を読み上げるのは、我がベルヘルム帝国の第一師団のハイトラー団長。ベルヘルム騎士団のトップだ。
今回集められたのは各師団の団長達。騎士団の末席、第四師団団長を務める私、レイラ=シルヴェスターを含め四人が集まる事は早々ない。今回の騒動はハイトラー団長にとってかなり重く受け止められているらしい。
その後も続く報告は妙な事ばかり。
各地で腕を唸らす強者達が何故かアルス王子のもとに集まってきていること。
各要塞に配置していたベルヘルム軍が次々と撃破されていること。
中には、たった十人によって壊滅させられた小団もあったらしい。
到底信じられない様な事ばかりだが、ハイトラー団長直属の部下が調べた確かな情報だという。
他の団長達がざわめく中、私の頭の中では信じられないという気持ちと納得している気持ち両方が入り交じり、頭痛が酷くなっていく。
そして頭痛の痛みが最高潮に達した時、ようやく思い出した。
この世界は私が前世でやっていたSRPG『希光の隆起』だと。
その瞬間、大量に雪崩れ込む記憶と頭痛で視界が真っ白になった。
突如奪われた祖国と婚約者を奪還するために、ウィスター王国の第一王子アルスとその仲間達が強大な敵国ベルヘルム帝国を倒す。
よくあるSRPGのシナリオだが、戦略性の高いマップやストーリー分岐があること、また仲間にする条件が色々あるなどやりこみ要素が多く人気があったゲームだった。
前世の私も、キャラ縛りやアイテム縛りなどをするほどハマっていたのを覚えている。
そんなゲームの世界に私は敵国の第四師団団長、つまり中ボスに転生していた。
乙女ゲーの悪役令嬢に転生とかはラノベでよくあるけど、SRPGの中ボスに転生ってどうなんだ。せめてラスボスの国王とかじゃないのか。
転生させた神様に文句を言いたいところだが、生憎神様との通信手段がない。
こうなると、考えなくてはならないことはただ一つ。
どうやって『死亡確定キャラ』であるレイラ=シルヴェスターが生き残るか、だ。
レイラが敵将として登場するのは、アルス王子が同じ志を持つサイラン王国と連合軍を結成した後の初陣戦。
小国同士集まったところで何ができると高を括ったレイラ軍は、敵の予想外の戦力を前に大敗する。
この出来事により、ベルヘルム帝国とウィスター王国の本格的な戦争が始まっていくというストーリーだった。
つまり、私の戦いはストーリーが盛り上がっていくための前座みたいなものである。
「ってことがわかってるんだから、当然シナリオ通りに殺られる訳にはいかないわよね」
記憶が戻った反動で気絶してから一時間後にようやく目覚めた私は、足早に廊下を進んでいく。
連合軍が攻めるのは冬だったはず。今は夏が終わった辺りだから、準備期間が三ヶ月ぐらいしかない。
その間に兵力の増強や物品の買い付け。それにマップを覚えているとはいえ、実際に現地の地形を見ないと戦略を練ることができない。
その間にも通常の仕事だってあるので、特に兵力の増強は早急にしないと間に合わない。
「治癒術師はいいとして、弓小団の人数が足りないわ。歩兵小団も兵種が偏っているし」
「お待ちください、団長!」
「これは訓練時間増やさないと駄目ね。指導係はどうしようかしら…」
「シルヴェスター団長!」
なるべく無視しようとしたが目の前に立たれてしまい、仕方なく向き合う。
短く切り揃えた黒髪がよく似合う鍛えられた身体を持つ美丈夫な男が、怒ってますという雰囲気を出して見下ろしてくる。
目鼻立ちも整っているイケメンだが、何せ深青の眼光が鋭く迫力がある。これがなければそうとうモテただろうにといつも思う。
「顔が恐いわよクリス」
「それは団長が無理をされるからです。つい先程まで倒れてらしたのに、何故もう歩き回ってるのですか。きちんと休んでください」
「そういうわけにもいかないのよ」
むしろ今私を悩ましている原因は、このクリスだったりするんですよね。
直属の部下である第四師団副団長のクリス=サヴァードは周りと比べて戦闘能力が非常に高く、入団後僅か二年で副団長まで登り詰めた天才だ。単純な戦闘能力でいえば、きっと私より強い。
そしてクリスは、アルス王子が特定の条件をクリアすると私達を裏切ってウィスター連合軍の仲間になるのだ。
ゲーム内では初期値が高く、成長率も悪くないので成長率を厳選すれば終盤でも単騎特攻ができるようになるチートキャラだった。
黒い飛竜に騎乗する役職で移動範囲が広くて攻守のバランスが良いところから、プレイヤーからは『動く黒城』と呼ばれていた彼が、戦っている最中に敵に寝返るのだ。こちらにとっては大打撃である。
クリスが寝返らなかったらこんなに悩まずに済んだのに。
現時点では真面目に仕事している彼に対して酷い難癖だが、そう思ってしまう。
その時、ふと気付いた。
クリスが寝返らないようにすればいいんじゃないのかと。
「なんで気付かなかったの私!」
ゲームでは、クリスが裏切った原因について話すシーン少しだけあった。
アルス王子達に同情したっぽい所もあったが、何より彼は自分の環境、特に上司であるレイラについての積もり積もった不満があったからこそアルス王子に寝返ったのだ。
つまり、私がクリスの待遇を変えれば寝返らない!
そうとなれば、早速行動あるのみだ!
「私、頑張るわ!」
「何ですかいきなり。……それに、嫌な予感がするのは気のせいでしょうか…」
クリスが怪しむ様な視線をしているが、まぁ今に見てなさい。絶対に裏切ろうなんて考えないような職場環境にしてみせるから。
目指せ円満な職場!
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作戦その1
クリスが活躍できる環境にしよう!
ゲームでは『実力はあるのに上司のせいできちんとした評価を受けていない』というような描写があった。理由は、クリスの才能に嫉妬したレイラが周囲に『私の方が強い』的な事を言いふらして、昇級の機会を奪われていたからだとか。
私は絶対にそんなことをしていないが、訓練試合では九割私が勝っているので周囲は私の方が強いと思っている可能性はある。
が、私が勝ち越しているのは私の実力ではない。
クリスと同様に私も飛竜を操る騎士だが、私の相棒である白竜のハクは、速さに特化した非常に珍しい飛竜だ。
この世界では空中戦では速さがモノをいうので、いかに鱗が少し固い黒竜でも騎手を狙えば意味がない。そのため、ハクに乗ってだと負けたことがほぼない。
しかし、生身での対決でも数えてみると勝ち越している。私も身長は170cmくらいと女性にしては長身だが、クリスは190cm近いしガタイも大きいので体格差は結構ある。なのに、勝ち越している。
つまり、私に華をもたせるために手加減されている可能性があるということだ。
この事にようやく気付き、早速次の日からクリスの訓練相手にならないようにした。
私に気を使っているのか何度かクリスから誘われたが、適当に流しておいた。 やっぱり、訓練は本気でしないと身に付かないからね。
クリスとの対戦は楽しかったから残念だけど、無理してやらせたくないからガマンガマン。
その分、他の団員をみっちり指導できたしヨシとしよう。
そうして、できるだけクリスとの相手にならないようにしていたが、終わりは突然やってきた。
他の団員達がクリスの相手をしてくれと泣きついてきたからだ。
団員曰く、「副団長の相手をマトモにできるのは団長とカールだけ」なのだとか。
名前の挙がったカール=デクスターも「アイツの相手を毎日してて死にそうだ」とか「日に日に不機嫌になっていくから、いつか殺される」など、とにかく必死に訴えられた。
避けている理由を聞かれ「手加減されている気がする」と答えると、その場にいた全員半目を剥いて「それはない」と言われた。
団員達の涙ながらの説得に圧され、結局訓練相手のローテーションは元に戻すことになった。
でも、なんだか以前よりクリスと当たる頻度が多くなった気がするけど、気のせいかな?
作戦その2
仕事を減らしてあげよう!
ゲームでは『いつも大量の仕事を押し付けられている』的な事を言っていた。
実際、書類作業ではかなりクリスに手伝って貰っている。前々から気にしていたが、改めて見るとクリスの机の上の書類が凄いことになっている。まるで山脈だ。
そして、二人で夕食過ぎまで書類と格闘している。他の副団長は夕刻には仕事が終わっているのにだ。まさにブラック企業!
こりゃいかんということで、とりあえず彼に渡す書類を減らしてみたが、クリスは自分の分を終わらせると私の分から副団長ができる内容の物を取っていってしまうので、結局私が終わるまで残らせてしまう。
そこで、書類が届けられると少しずつこっそり自分の部屋に持っていき、事務室の物を終わらせてクリスを上がらせてから部屋で残りを処理する事にした。書類を仕上げる速度は格段に落ちてしまったが、士官達に頭を下げ必死に処理した。
クリスは、始めはいつもより書類が少ないことに疑問を持っていたが、上手く誤魔化した。
これによって、クリスは夕刻には仕事が終わるようになった。ホワイトだね!
しかし、それも長くは続かなかった。
ある日クリスの前で倒れてしまったのだ。
原因は寝不足と栄養失調、そして気付け薬の飲み過ぎ。最近の生活を教えろと迫られたのでふわっと話すと、治癒術師とクリスにめちゃくちゃ怒られた。
しかも、溜め込んだ書類を発見されてしまい更に怒られた。
それから三日間の仕事禁止令を出され、復帰後も書類を持っていけないように監視されたせいでクリスの負担がもとに戻ってしまった。
というかむしろ、今まで以上に書類を取られるようになったので、今では書類の奪い合いをしている。おかしいなんでだ。
その他にもクリスの好物をあげてみたり、とにかくいっぱい褒めてみたり、ハイトラー団長にクリスの武勇伝を話したりしたが、全部クリスにやめてくれと言われてしまった。
諦めず食い下がってはみたが、「俺はそんなに頼りないですか……?」なんてしょんぼり言われてしまっては諦めるしかなかった。クリスが喜んでくれなきゃ意味ないからね。
しょんぼりしてる姿が大型犬っぽくてつい「カワイイ」と言うと、難しい顔をしてどこかに行ってしまった。
その後ろ姿がまたカワイイと思ってしまったが、言わないでおいた。
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そんなこんなをしている間に、とうとうアルス軍と戦う日が来てしまった。
窓から見えるのは辺り一面真っ白な雪化粧。こんな時じゃなかったら、雪合戦とかしたかったな。
「みんな、いよいよアルス軍と戦う時がきた。わかってはいると思うけど、この戦いはかなり厳しいものになるわ」
私の言葉に第四師団のみんなが真剣な表情で頷く。
ゲームの様に舐めて掛かろうなんて奴は一人だっていない。三ヵ月間必死に準備してきたからだと思う。
決戦場所も季節もゲームと同じだけど、私は負けるつもりなんてない。
結局職場環境を大幅に変えることができなかったのでクリスは敵に寝返ってしまうだろうけど、その他にもやれるだけのことはやったから戦略上の勝率は五分までもってくることができた。
ここまで来たら、後は全力で戦うだけだ!
「しかし! 勝利するための力を我々は身に付けている! この戦い、なんとしてでも勝つぞ!」
「「「オオオーーッ!!!」」」
こうして私達の生涯、いやベルヘルム帝国の未来を左右する戦いが始まった。
このマップは雪が深い山脈が連なり、歩兵や騎馬兵にとっては進みにくく飛竜騎士にとっては有利な地形だ。
また、報告によるとアルス軍は五万の兵を率いている様だが、この山脈地帯ではそんな大軍が一つに固まって移動できるような道はなく、いくつかに分断して進軍していくしかない。
そこを移動の自由が利く飛竜騎士が攻めるというのが主な戦法だ。この辺りはゲームとそう変わりはない。
ただし配置とかは色々変えて、ゲームで使っていた進軍ルートを簡単には通れないようにしている。
後の展開は、前線に出ている兵達次第だ。
私はこの軍の将なので、今のところ砦で前線からの報告を待つだけだ。
前線からはかなり距離がある砦にも、風に乗って喧騒が聞こえてくる。
「そろそろクリスがアルス王子と接触している頃かな……」
ぽつりと呟いた言葉は白い息と共に消えていく。
私を気遣ってか、横にいるハクがグルル…と鳴いて顔を近付けてくる。
クリスは敵の後ろから攻める小団を率いている。
戦略上かなり重要な位置なので出来れば入れたくなかったが、逆に本来適任であるはずのクリスを外せば他の団員達がきっと動揺する。その影響が戦場に出るのは避けたかった。
一応クリスが抜けても、代わりを務めれそうな団員には事情を説明して指揮するよう言ってあるが、半信半疑な様子だったので少し心配だ。
また、何か不測の事態が起こればすぐに報告するように指示しているので、最悪私が出たらいい。
そんなことを考えていたら、後ろからバタバタと音がする。
振り返ると、前線にいたはずの団員が汗だくになってこちらに来ていた。恐らく現場の報告だろう。
ああ、とうとう来てしまったな。
「ほ、報告します! 前線にてアルス王子を含む部隊と副団長率いる小団が混戦中。八割が敵軍にやられ戦線を離脱。現在、副団長他数名で食い止めています!」
「なっ!? 七割が戦闘不能になったら、全員後方に離脱するように指示したはずよ!?」
「しかし、副団長は怪我を負った者の離脱経路を作った後、また敵軍に行ってしまわれたので、無傷であった数名が後に続きました」
「……なにやってるのよ、あのバカっ!!」
報告から察するに、たった数人でアルス王子達と戦っているらしい。そんなもの、自滅しに行っているようなものだ。
そう考えると、いてもたってもいられなかった。
ハクに屈んでもらい、背に飛び乗る。
それを見たカールが慌てた様子で此方に来た。
「団長、何を……!?」
「クリス達の所へ行く。カール、ここの指揮権を貴方に一旦預けるわ。戦線はこのまま維持。第一地点を突破されたら上空に合図を送ること。あと、第二合流地点に治癒術師を追加配置するように」
「はっ、畏まりました……ってちょっ、団長! 指揮官が本拠に居なくてどうするんですか! 団長ーー!」
カールが何やら喚いている気がするが、構わず飛び立った。
冷たい風が刺すように吹き抜ける。
ハクに全速力で向かうよう言ったので、今の飛行速度は騎乗している私は風圧と寒さで吹き飛ばされそうだ。
幸い雪はちらつく程度なので視界は問題ない。
たぶん、下にいる我が団の何人かは猛スピードで飛ぶハクを見て何事かと思うだろうが、今は気にしてられなかった。
しばらくすると、前方に七体の飛竜が見えた。
よく見ると、人間が騎乗しているのは二体だけ。後は鞍は付いているが誰も乗っていなかった。
苦戦しているようだったので、ハクに威嚇するよう指示。他の飛竜が怯んだ隙に間に割って入り、近付いてこないように蹴散らした。
「し、シルヴェスター団長!? 何故此所に!?」
「それは後。クリスはどこ?」
「副団長はお一人で少し南西にいった所で、敵軍と戦っています」
「自分達も続こうとしたのですが、乗り手のいなくなった飛竜に襲われ先に進めず…」
「大体わかったわ。二人は第二合流地点に行って援軍を呼んできなさい。治癒術師二名を必ず相乗りさせて先行させるのよ」
「「了解!」」
二人に指示した後、さらに南西に進む。
すると眼下に武器を持った軍団と、それに襲いかかる一体の黒竜……クリスの相棒ディアが見えた。
直ぐ様急降下した。
風切り音がうるさい中聞こえてきたのはディアの異常な鳴き声。
見ると、ディアは地に伏され今にもクリスが殺されそうな状況だった。
槍では間に合わない……!
そう思い、腰に下げているポシェットから一冊の黄色の本を取り出し中を開く。
「Lnb Eakh『Thunder』!」
詠唱すると本のページに書かれた古代文字が紫色の光を放つ。
私の手から放たれた眩い電撃がクリスとアルス王子の間に落ちた。
突然の魔法に、アルス王子は警戒して後ろに飛び退く。そして、クリスを庇うように降り立った私とハクを見て目を見開いた。
「なっ、このマップのボスが何でこんなとこに!? それに、飛竜騎士は魔法なんか使えないはずだぞ!」
アルス王子が何やら喚いている気がするが、私の優先順位はまずクリスだ。
そのクリスはといえば、普段絶対見られないような驚愕の表情を浮かべている。
「シルヴェスター団長、何故此所に……!」
「上官の命令を無視して敵に突っ込んだバカな部下がいるからでしょ。まったく、何してるのよ」
「そ、それは……団長!」
クリスが投げた手槍が私の顔面横スレスレを通り過ぎる。
手槍が飛んだ方向に目を向けると、私の背後を狙っていた無駄にキラキラしている美形騎士が奇襲に失敗して悔しそうな表情だ。
ハクが威嚇で吠えると、騎士の馬が狂ったように嘶き騎士と共に離れていった。
その様子を見ていたアルス王子が、爽やかキャラどこいったと思うほど目付きが悪くなり舌打ちをする。
「なんだよこのマップ! クリスが仲間になる条件は全部やったってのに話しかけても仲間にならねぇ。挙げ句にはせっかく集めたキャラを殺された。これじゃあ、ノーコンでのキャラフルコンプできないじゃないか!」
最初に私が魔法を使ったことに対して言っていた言葉に引っ掛かっていたが、今聞いた言葉で確信した。
このアルス王子、私と同じ転生者だ。
「おかしい……オレはストーリー通りにやった。ミスなんか一つだってしてないはずだ。なのに何で今回はちゃんと進まない? ……そうだ、オレが間違えたんじゃない。これはバグだ」
ブツブツ一人で呟いていたアルス王子がゆらりと私に顔を向ける。
口もとだけ笑い、瞳は狂気の色が見える。
「そうだ、これはバグだ……バグだバグだバグだ! このマップも、魔法なんか使うオマエもみんなバグだ!!」
「……っ!」
狂ったように喚き襲いかかってくるアルス王子。
あまりの形相に一瞬気を取られてしまったが、私が槍を構えるより先にアルス王子の前に立ちはだかった者がいた。
キンッと金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。
回転しながら宙に上がった豪華な装飾が施されている剣が、少し離れた地面に突き刺さる。
剣を飛ばされたアルス王子は自分の右手を一目見た後、憤怒の形相で立ちはだかった人物……クリスを見上げた。
「なぜオマエが邪魔をする! さっさとどけ!」
「お前の相手はこの俺だ。団長には指一本触れさせはしない」
「なんだと? このオレが直々にオマエを貶めた女を始末しようとしているんだぞ。わかったらさっさと仲間になれ!」
「先程からそればかり言うな……もう一度言う。俺は団長を裏切ってまでお前達の仲間になどならない。そして、団長を傷付ける者は誰であろうと俺が許さない」
「え……?」
クリスが……仲間になる誘いを断った?
思わず声に出してしまうと、クリスがものすごく不機嫌そうな表情で振り返った。
「なんですその反応。……まさかとは思いますが、俺が敵に寝返ると思っていたのですか?」
「だって……私、結局良い上官になれなかったからてっきり…」
「俺は団長の部下であることに誇りを持っています。そんな団長を裏切るなど、絶対にあり得ません」
クリスの力強い瞳に胸が跳ねる。
そして裏切る気が全くないと感じ取り、何故かこみ上げてきそうになった涙を慌てて引っ込めた。
「そう、ならここから一気に巻き返さないとね。絶対に勝つわよ!」
「勿論です。ディア、まだいけるな?」
クリスの呼び掛けにディアは早くしろと言わんばかりの鳴き声を上げる。
そして、ここから私達の猛反撃が始まった。
その後、ウィスター連合軍の旗印であるアルス王子を討ち取りベルヘルム軍が勝利した。
アルス王子のカリスマ性だけで集められていたウィスター連合軍は、アルス王子がいなくなった今、もう一度集まるということはないだろう。
勝利したとは言え、こちら側の被害もそれなりに出てしまった。
砦の医務室のベッドはすぐに満杯になり、溢れた軽傷の団員達は一階の大広間に集められ治療を受けている。
そんな中、砦の外で各小団のリーダー達から報告を受けていた私は、何故かクリスに横抱きにされ何処かに連れていかれていた。
「ちょっと何処行くのよクリス! 私にはまだ仕事が……!」
「駄目です。仕事の前にまずは治療をしてもらわないといけません」
「大丈夫よ、私はどこも怪我なんてしてないもの」
「……団長が左足に怪我を負っていることを俺が気付かないとでも?」
……バレてる。自分で応急措置したから、傍目から見たらわからないはずなんだけど。
「こ、これはその、舐めれば…」
「治るわけありません。人には問答無用で治療に行かせておいて、御自分はほったらかしというのはおかしいのでは?」
「うぐっ」
確かに問答無用でクリスを治療させるよう命令した。
だって、敵の主力部隊に一人で突っ込んでたんだよ? 絶対に怪我の一個や二個はしてるはずなんだもん。
私は身体に不備が出そうな攻撃は一撃しか喰らわなかったんだから、後回しでも大丈夫。
……と言おうとしたが、クリスに黙殺された。
そして逃げようにも横抱きにされている今、私に逃げる術がない。
カツカツとクリスのブーツの音が廊下に響く。
今は砦の内部の限られた部屋と砦の外に人が集まっているので、廊下ではたまに団員とすれ違うだけで割と静かだ。
不安定な体勢であり自然と寄り掛かってしまう広い胸板に年甲斐なくドキドキしてしまうというのに、さらにクリスから放たれている不機嫌オーラをバシバシ受けているので、ものすっごく居心地が悪い。
やがて砦の中央にある中庭に着いた頃、ようやくクリスが重たい口を開いた。
「……どうして俺が裏切ると思っていたのですか?」
あんなやり取りをしたのだから、いつか絶対に聞かれるだろうなと思っていた言葉だった。
もう思っていた事は知られてしまったのだし、結果クリスは裏切らなかったので話すことにした。
転生とかの部分は言わず、クリスが裏切る夢を見たということで説明すると、クリスはガックリと首をおとした。
「……では、団長はその夢とやらを信じてたせいで、この数ヵ月間俺を避けていたのですか」
「だって、どうしてもただの夢だとは思えなくて……。ごめんなさい、本当はクリスのこと信じたかったけど、人間の心の移り変わりはどうしようもないことだから。もう一度聞くけど、本当に後悔していない?」
「今まで一度足りとも後悔などしたことはありません。……わかりました。そこまで仰るのなら絶対に裏切らないという証明を見せましょう」
「証明? そんなものどうやって…」
私の顔にふと影がさす。
気が付くとクリスの精悍な顔が目の前にあり、そのまま抱き締められるような形でキスをされていた。
「んっ!? ん…ふぅ……っ!」
まるで全てを食い付くさんばかりの深い深いキス。
それが何度も続き、ようやく離されると息が絶え絶えになり完全に腰が砕けてしまっていた。
「これでわかってくれましたか?」
「なっ、なっ……!?」
「説教は後で受けます。まずは団長の足を治療してもらいましょう」
「ち、ちょっと待ってどういうことーーっ!?」
私の叫び声は砦中に響き渡ったのだった。
この後、冷静になったクリスは後悔はしませんが猛烈に反省するでしょう(笑)
最後まで読んで下さりありがとうございました