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波紋

 新しくした亮の楽器の調子も良く、私は時折、設定の変更に呼び出される程度で、仕事のほとんどを元のようにサポートとメンテナンスに県内を走り回っている。

 不規則な亮のスケジュールと勤め人の私の折り合いをつけながら、私たちは今まで無駄にしてきた時間を取り戻すように逢瀬を重ねた。

「こんな、堂々とデートしていて良いの?」

「大丈夫。売れる前からの住人だから、割とみんな見て見ぬふりをしてくれる」

「そんなもの?」

「この町の人たちは大人だよ」 

 ふーん。それは、今までの彼女との経験が言わせるのかしら?

「だって、考えてみろよ。MASAや、YUKIなんか子供つれて歩いているだろうが」

「ああ、そうか。お父さんとは出かけられませんってわけにはいかないわよね」

「お前、そんなことしたいか?」

「嫌だ」

「だろ? 俺も嫌だ。大体、女連れで歩いているだけで騒ぎになるなら、JINなんか今頃袋叩きだ」


 そうそう。JINと美紗さんはあの打ち上げから、半年ぐらい後だったかな? 一緒に住みだした。亮は、『あの二人が同棲って言うのはなんだか、すわりが悪い』って、複雑な顔をしてた。確かに、美紗さんのイメージに合わない気はするけど。ま、周りがどうこう言うのも野暮よね。



 他人の恋路は置いておいて。

 亮と、一線を越えてからわかったことは、やたらと体に触れてくるってこと。手を繋ぐ、頭をなでるは当たり前。歩いていると腰や肩を抱いてくるし。

 小学生のころのお互いの身長だったらありえないわね、と思ったら、私のほうもつい許しているんだけど。

 それに亮に抱き込まれていると、普段無意識に自分が肩に力を入れていることに気が付く。亮の意外と逞しい腕の中に居ると、なんだか守られている感じがして、ふっと自分がほどけていく。

 なんだろうね。今までの彼氏では無かった感覚。

 『もっと、女らしくならないか?』って言われて別れた最初の彼氏は、こんなに私を”女の子”にしてくれなかった。

 『お前強いから、俺は要らないだろ』って言いながら、私に仕事をやめさせようとして別れた前の彼は、男社会で生きる私の強がりを解く手助けにはならなかった。

 亮だけが、「さすがは、理科娘」の一言で仕事をする私を大切にしてくれて、女らしくない私を女にしてくれた。


「亮って、スキンシップ好きね」

 今日も、やってきた私の部屋でラグにすわり、私の髪を梳くようにしながら、缶ビールを飲んでいる。季節的に暑いからか、さすがに抱え込まれてはいないけど。

「そうか?」

「大体、ポスターやCDジャケットって、いつもJINにもたれているじゃない」

「あれはな、手持ち無沙汰なのと、俺がメンバーで一番チビだから」

「チビって。あんた百八十cmあるんでしょ?」

「公称な。JINが基本、仁王立ちだろう。アクセントに動きをつけているのと、もたれかかっていたら膝が曲がる分、身長差がわかりにくい」

 うーん、なるほど。でもモノによっちゃ、JINにしなだれかかっているようにも見えるのよね。RYOは薄茶色の瞳が微妙に違うところを見ているような、なんともいえない色気をまとっている。

 亮にとっては、それも髪と同じで商売道具なのだろう。いつか言っていた『RYOの顔を作っている』状態ね。きっと。


「どうした? じっと見て」

 うわ、びっくりした。いつの間にニアミス距離よ。横に座っていたはずが、目の前にいる時点で、気づけよ、私。

「なんでもなーい」

 キスでごまかす。

「なんでもなく、ないだろ?」

 お返しがくる。

「ふふ。亮って色っぽいなーって」

「なんだよ、それ」

 RYOの色気は、ファンのもの。でも。亮のこんな顔は私だけモノ。誰にもあげない。

 亮が、眼鏡をはずした。



 コトが終わって、亮に抱きこまれたまま徒然に、話す。

「亮って眼鏡無いとほんとに見えないの?」

「そうだな。人の輪郭は見える。ステージのコードは色によっては見えていない、かな」

「危ないじゃない」

「だから、ステージのときはコンタクト。ジャケット撮りとかは、裸眼だから実は見えてない」

 そのほうが、好評だしー、と前髪をかきあげながら、にやっと笑う。なるほど。それがあの色気の元か。


「じゃぁさ、大学のころ眼鏡壊したって時に、逢ったでしょ」

「あぁ」

「あれ、本当に見えてなかったんだ」

「あの頃はまだ、ここまで悪くなかったけどな。お前、髪が長くなってたからちょっと判らなかった。声は、お前の声だとは思ったんだけど、まさかなって。『山岸くん』なんて、呼ばれたこと無かったし」

「後にも先にも、ないね」

「お前こそ、よくわかったな」

「お母さんが、『亮くんが、不良になった』って、騒いでたし。目の色がね、あんたの色だった」

 亮の頬をなでるように、両手で挟む。薄茶色の瞳が私だけを映す。


「いろ?」

「うん。みんなより薄い色。山岸のおばさんは、もっと黒いよね」

「おやじのほうの従兄弟は、茶色いな」

 亮の瞳を眺めていたら、なんか眠くなってきた。変な魔法持ってないか、あんたの瞳。

「そういえば、おじさんとは和解できたの?」

「まぁ、ふつう? 時々は実家にも帰っているよ」

 あ、だめだ。眠い。

「お前、眠るならなんか着ろよ。風邪ひくぞ」

「う、ん。わかって、る」

 亮がタオルケット越しに背中をゆるく叩くのが気持ちよくって。

 私は、そのまま眠りに身をゆだねた。




 年が明けた。

 真紀ちゃんからの年賀状に『二人目の子供が生まれました』って書いてあって、そういえば三十四歳だな、なんてしみじみ思った。

 亮とはお互いに仕事をして、デートもして。そんな代わり映えの無い日をすごしていた。


 次の段階、って、あんた考えているの?

 チラッとそんな思いが横切る日もあって。一人で居ると、ため息が増えてきた気がする。



 心のどこかに、そんな悶々としたものを抱えながら亮の部屋に泊まった金曜の夜。

 この週末は珍しく、亮が土日と連休だという。お風呂に入ってから、二人でビールを飲みながらテレビを見ていた。 

「綾、電話なっている」

 かばんに入れたままの電話の音に気づいたのは亮だった。

「ありがと」

 携帯をとりだすと、実家からの着信だった。


 何かあったのかしら。お父さんか、お母さんでも倒れたとか……。

 嫌な予想をしてしまって、慌てて頭を振って打ち消しながら、通話ボタンを押した。


〔もしもし?〕

〔綾子、あんた来月ぐらいこっちに帰ってこれる日ない?〕 

 至極元気な、母の声がした。

〔何? 突然〕

〔あんた、見合いしない?〕

〔はぁ? 見合いー? なにそれ!〕

 叫んでしまってから、亮の顔を見た。飲みさしのビールを持ったまま、亮はあの失言を聞いた小学生の日のように目を見開いていた。

〔あんたが、いつまでもふらふらしているから〕

〔いや、私、彼氏いるって〕

〔だって、あんた一度も家に連れてこないじゃない〕

 私たちの動揺を知らず、母の話は続く。

〔でね、今日、山岸さんとお茶を飲みながら話してたんだけど〕

 何で、そこでその名前。


 母の話を要約すると、山岸のおばさんが『親に合わせられない相手って、まずい相手かもよ。ほら不倫とか』と焚き付けて『相手を見繕ってあげる』という話になったみたい。

〔不倫って、そんな娘か?〕

〔そこまで馬鹿じゃないとは思うけど〕

 でも、ちょっと心配。

 ポソっと言う母に、心に押し込めた悶々がムクムクしてくる。

 とりあえず、予定は未定で電話を切った。


「綾、見合いって何?」

 怖い。亮の瞳が怖い。

「山岸のおばさんがね……」

 母から聞いた話を一通り伝える。言われた言葉の衝撃で頭が働かない。だらだらっと聞いたままをしゃべった。

「あんの、クソババァ」

 亮が、歯の間から低く唸った。そして両手で長い前髪をかきあげるようにしながら、うつむいてしまった。


「綾」

 呼ばれたのは、どのくらい経ってからだろう。動かない亮に声もかけられず、私も携帯を握り締めたまま、じっとしていた。

「お前、俺以外のヤツの嫁になる気か?」

「あんたは、どうなの?」

「俺?」

「私以外の女を嫁にする気なの?」

「そんなわけ、あるかよ。何年、かかったと思ってる。他のヤツに譲ってなんかやるかよ」

 そう言って、やっと顔を上げた亮はまっすぐ私の眼を見た。

「うちの親に、紹介していいよな。お前の親に、紹介してくれるよな」

「紹介してやるわよ。まずい相手じゃない。世界一の相手よって」

「お見事。俺にとって最高の返事だ」

 亮はそういって、眼の力をふっと抜いた。


 そして亮はテーブルにおいてあった自分の携帯を手に取り、電話をかけた。

〔もしもし、俺〕

〔おふくろ、明日、家に居るよな?〕

〔ちょっと午前中、そっちに行くから〕

 それだけ言って、電話を切るとベッドに携帯を投げた。

「よし。勝負は明日な」

 話を進められないためには、これくらいの強引さは必要なんだ。

 大会の前のような緊張感を久しぶりに感じながら、その日は眠りについた。



 翌日、二人で電車に乗って生まれ育った町へ帰った。

 亮に手をひかれるように、小学校のほうへ向かう。

「ただいま」

 あっさりと、亮は玄関の鍵を開けて入る。声を聞きつけて、おばさんが出てきた。


「こんにちは、お邪魔します」

「あら、綾ちゃん。久しぶりね。元気?」

「はい、おかげさまで」

 玄関先で、社会人の社交辞令をしていると、イラついた亮が話しを奪った。

「おふくろ、何を田村のおばさんに入れ知恵してんだよ」

「入れ知恵?」

 おばさんが、かわいく首をかしげる。還暦間近? 過ぎたのかな? その年齢で、かわいく首が傾げられるおばさんって、さすがRYOの生みの親。


「誰が、不倫だって? コイツが、そんなことできるヤツかよ」

「不倫じゃなくたって、けじめ無く振り回しておいて何をえらそうに」

「ちょっと、待て。どういう意味だ? それ」

「あんたが煮え切らないから、背中を押したの!」

 なに、それ。山岸のおばさん、知ってたの? もしかして。

「お父さんも、あんたたちのことは知っているの。かなり前に、一緒に歩いているところを見たからね。そろそろ、けじめを付けないと、あんた、顔の形変わるわよ」

 そう言うとおばさんは、亮に手を突き出した。

「それスーツでしょ? 部屋にかけておくから、渡しなさい」

 言われた亮は素直に、スーツバッグを手渡した。

 やられたと、私にだけ聞こえる小さな声で呟いて。

 さらに亮が手に持っていた紙袋を上がり框に置いたところで、おばさんは

「大体、着てくれば良いのに。荷物になるじゃない」

 と、ごく当たり前のことを言った。今、置いた紙袋も革靴だしね。


 今朝、出かける用意をするために一度部屋に戻った私と駅で落ち合った亮は、スーツ一式は手に持って、ある意味ラフな格好で現れた。目を丸くする私に、『親父と、殴り合いの覚悟』と、とんでもないことを言って。

「まったく。綾ちゃんはきちんとスーツ着ているのに、あんたって子は」

 そんな亮の覚悟を知らないだろうおばさんは、母として当たり前の事をぶつぶつ言いながら体の向きを変えた。 

 奥に行くおばさんを見送って、亮が靴を脱いで玄関を上がった。私も、それに続く。

「お父さん、座敷に居るから、そっちに行きなさい」

「了解」

 階段に足をかけた状態で、首だけをこっちに向けてそう言うおばさんに、亮は軽く手を上げて返事を返すと、廊下を歩き出した。肩に力が入っているのが後姿でもわかった。


 連れて行かれた座敷では相変わらずクマのようなおじさんが、新聞を読んでいた。

「ただいま戻りました」

 部屋の入り口で、正座をして挨拶をする亮と並んで座る。

「こんにちは。ご無沙汰しています。田村 綾子です」

 ガサガサ音を立てて、新聞をたたんだおじさんは、ギロっと、亮を睨むと一言

「遅い」

 と、うなった。反射のように、亮の肩が動いた。そっと顔を覗くと、亮もおじさんを睨みつけている。

「お前、今、年いくつだ」

「三十四です」

「いつまでもフラフラと。一体なにを考えている」

 グッと、亮がひざの上に置いた握りこぶしに力が入った。

 違うほうに、話が転がりかけていない? 結婚云々じゃなくって、就職のところまで話が戻ったりしないよね。


「あんたたち、こんな入り口に座っていたら踏むわよ」

 親子の睨みあいの緊迫した空気を、あっさりと破ったのはお盆を手にしたおばさんだった。おばさんに促されるまま、用意されていた座布団に座る。

「で、どこまで私の居ない間に、話は進んだの?」

 お湯飲みを配りながら、おばさんが言う。

「まだ、なんにも」

 無愛想に答える亮の顔を見たおばさんは、

「あらま。なぁに? 二人で睨みあいでもしていたの?」

 私のほうに、話を振った。やめてー。私に聞かないでー。   

「じゃ、まず。亮、言いたいことをどうぞ」

 おばさんが、今度はお茶菓子を配りながら場を仕切る。おじさんは黙って湯飲みを手にした。


 深呼吸をひとつして亮は、顔を上げた。

「俺、この綾子と結婚するから」

 端的な報告だけをして、再びおじさんを睨む。うーん。就職のときもこんな感じだったのかしら。

 亮の顔を見返したおじさんは、湯飲みを卓に戻して口を開いた。


 それから、小一時間ほど。

 おじさんと、亮の質疑応答が続いた。内容は、今の亮の経済状況から始まって、将来展望、家族計画、云々。

 私は、出されたお茶を飲むこともできずに、ハラハラしながら丁々発止のやり取りを見守った。途中で、おばさんが

「綾ちゃん、お茶さめるから」

 と、声をかけてくれた時にちょっと口をつけただけで。

 でも、時間がたつにつれて、亮の肩から力が抜けていくのがわかった。いい意味でリラックスして、周りを巻き込むいつもの亮に戻っていたようだった。


 ふっと、おじさんが、息を吐いた。


「よし。これくらい覚悟が固まっているなら、大丈夫だろう。田村さんに一発殴られて来い」

 そう言って、おじさんは冷めたお茶を飲み干した。

「は?」

 亮が、キョトンとおじさんを見返した。

「私たちは、綾ちゃんが来てくれるのは大歓迎なの。ただね、綾ちゃんの相手として、この馬鹿息子で大丈夫なのかが気がかりだったわけ」

 おばさんが、にっこりしながら言う。

「テストかよ」

 亮が、頭を抱えて卓に肘をつく。おじさんは、豪快に笑いながらお湯飲みをおばさんに差し出した。 

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