第二幕 学院の第二の祭り、旅人の再会。
王立リリエント魔法学院――
妖精人から小人から魚人から獣人から人間からと、さまざまな人々の根付くこの大陸『テラ=メエリタ』において最も特徴的で、現在最も強い影響力を持つ文化『魔法』の研究機関の一つであり、大陸のとある国において、魔法使いの後進を育てるべく建てられた教育機関の一つでもある施設だ。
その国では、魔法使いを志す若者たちはすべて、リリエントをはじめとして国の各地にいくつか存在する魔法学院を目指す。すなわちそれは、国の魔法使い志望の数分の一がもれなく一つの学校に集うということであり、合格・非合格というふるいにかけてその志望者の数を減らしても、やはり相当数の人数が集まるということでもある。
何が言いたいのかといえば要するに、でかいのだ。
街の数分の一の敷地面積を使っているだとか、見た目がもはや城だとかというのは伊達ではない。
灰色の石材で作られた廊下――というか、通路は縦横無尽に延びている。二階にいたるための階段もそこかしこにあり、しかもすべてがすべて同じフロアにつながっているわけではない。二階を通過して三階にある特定の教室へのショートカットとなっている階段だの、空間がゆがんでいて、本来とは別の方向につながっている通路だのといった具合で、きちんと道順を覚えなければすぐ迷子になってしまう。
なんでも、迷子の新入生を案内して道を覚えさせるのも上回生の役割らしいとか。
「なんだって、こんなしょっぱなで医務室の場所なんて覚えなきゃいけないんだか……」
笑顔で上回生らしい生徒に目的地までの道を訪ね、聞き終われば愛想よく手を振る。一連の行動が終われば、とたんにアステリアの顔は不景気になった。そしてぶつくさとつぶやきながらも、灰色の廊下を進む。
歩きながら、額に手を当て、ため息をひとつ。普段は見るものに凛とした印象を与える赤い瞳も、精神的疲労の所為か覇気がいまいち感じられない。背筋こそぴんと伸びていて、後ろから見ればそうとわからないが、正面のほうはというと苦悩の表情を隠す気すらもない様だ。
ちなみに、その腕に苦悩の原因を担いでいたり、とかいうことはない。
彼女の荷物は背中に背負った長方形の大盾と腰に佩いたショートソードのみ。完全に手ぶらである。
「それはもちろん、ステラちゃんがイグニースさんを気絶するくらい殴っちゃったからですかね~。ほうっておくわけにもいきませんしぃ」
と、悩める騎士に対する返答は、彼女の頭上から来ていた。
かしゃん、かしゃん、と音を立て、アステリアの隣で偏執的なほどに一定のリズムで歩む、体長二メートルもない、人間用のフルプレートメイル。その黒い金属板は全て、ドヴェルグの子の職人が鍛え上げた一級品の鋼鉄、鍛冶屋や戦士たちの憧れである、世に名高い『ドヴェルグ鋼』で作られているという超贅沢仕様。しかし鎧の中には誰もいないという、場所が場所ならホラー以外の何物でもないそれに肩車してもらっている、ツナギとシャツの幼女ことマリネが、声の主である。
「でも、全力で殴れって言ったのはこいつじゃない」
「それもまあ、そうなんですけど~。でも言われたのは私ですし、それに気絶するほど殴れとは言ってなかったかと思いますよ~?」
指摘されて、アステリアは僅かにうめいた。彼女と変なヒートの仕方をしたイグニースに割って入った事は後悔していない。が、こういうとき力を入れすぎたり、変なところで素直すぎる自分の性分が恨めしい。
なお、入学したばかりの彼女らを医務室へと運ばせる原因である男、旅人のイグニースは今、マリネのまたがるフルプレートメイルこと、過去にこの学院で大破された初代ゴッちんの残骸を用いて作成された鎧型の機動鋼鉄兵、『ゴッちん二号』にお姫様抱っこされていた。打ち所が悪かったのか、目を回して気絶していて起きる気配がない。
なお、少女騎士とホラーフルプレートメイルと幼女、ついでに気絶した旅人というこの珍妙な組み合わせだが、言い合いをしていたときはともかく、今はさして人目をひいてはいなかった。
彼女らと同じ新入生であろう、真新しいローブを着ている学生からは確かに視線がくるが、それ以外のすれ違う生徒・教師からは軽く一目見ては『ああ、またか』といった反応をされてすぐに視線が元に戻る。場合によっては、なんて事ないかのように笑いながら医務室への道を教えてくれたりもするくらいだ。
案外この学院、治安があまりよくないのだろうか。
「ま~、ステラちゃんもそのうち慣れると思いますよぉ。イグニースさんの珍行動の数々にも」
「実感こもってるわね……」
「それはもぉ、二週間以上イグニースさんと暮らしてたわけですしねぇ」
それを聞いてアステリアは思わずため息をついた。
なんてことないようにマリネは言うが、しかしその裏にはきっと数々のツッコミ所を乗り越えてきた日々があるのだろうと思うと、なんともいえない気分になる。
――いや、この幼女がツッコミに励む姿は正直、まったく想像できないが。部類的に、彼女は限りなくボケだ。
「……ちなみに訊くけど、彼、普段はどうなの?」
「普段、ですか?」
「ええ。普段、貴女の故郷に居候してたとき……何か習慣的にやってたこととか、変わった所とか」
「んー……一日一回、情けないフリは必ずやってましたねぇ。で、三日に一回くらい、盛大に痛い目見てます。出発前にお尻蹴られたときみたいな感じで」
嗚呼、救いようのない馬鹿がいる。
アステリアは、ゴッちん二号の腕に抱かれてぐったりとしているイグニースを見て、心底からそう思った。
「でも、何度痛い目見ても絶対にやめないんで、おとーさんも『ある意味漢だ』って最終的にほめてましたね~」
「それ、ほめてない、絶対ほめてない」
思わず、『ちゃうちゃう』と手を横に振った。
この旅人の、一種異常とすらとれる魔法行使能力の一端が垣間見えるか、などと期待したが、この分だと望み薄だ。
思い切って、本人に真正面からストレートにたずねてみようかとも考えるが、果たして教えてもらえるものだろうか。
アステリアから見たイグニースは、真性の能天気バカだ。数日話して、手紙で何度かやり取りした程度の関係であるが――多分この男の性格は素だろうと、自信を持っていえる。そうじゃなかったら人間不信に陥りそうなくらいだ。
だが、いかにそんな男とはいえ、果たして、多重詠唱をはじめとするこの男の謎の部分、それをぽんと尋ね、はいと答えてくれるものだろうか、疑問だ。常識的に考えれば、間違いなく否であるが。
「あと、魔法の修行で瞑想は欠かしてない、とかですかねえ」
「瞑想?」
「お師匠さまに、日課としてやるように言われてるそうですよ~」
「……へぇ」
それとも、こんな話を聞くとやはり、正面切って訊くのが一番なのだろうかとも思ってしまう。
揺れている。
この男を相手に、どう接すればいいのかがいまいちつかめない。あまりにも、常識的な尺度と、そして彼女自身の尺度で、つかみどころが見えてこない。
「それで、急にどうしたんですかぁ? イグニースさんに興味でもあるとかです~?」
「まさか。特に興味があるわけじゃないわ。ただまあ、手紙じゃそういう話はあまりなかったなって」
どうでもよさそうに語られた言葉に、マリネが『へぇ~』と一声。じーっと、興味深げな、好奇心の多分に入り混じった視線でアステリアの顔を見る。
「……何」
「いえ、なんでもないですよぉ~。あ、ステラちゃぁん、あれじゃないですかぁ、医務室~」
「ああ、そう……もうついたのね」
それとも、ようやくついたというべきか。
ともあれ、そうして話しているうちに到着していた、医務室のプレートを掲げたドアを前に、すぐさまアステリアは小さくノックした。
刹那。
がたがたんっ。
と、なにやらドアの向こうから騒々しく音が鳴る。集団で、乱暴に椅子から立ち上がったみたいな、そんな音響だ。
ついで、何かひそひそ声が――声を潜めたざわめきが、向こうから微かに漏れ出す。
「え。何、今の音。何、これ」
「ダンスや朗読会でもしてるとかですかね~?」
「医務室って言葉の意味、知ってる?」
「じょ~だんですよぅ」
ぽん、と自分の手のひらを打ってすっとぼけた回答をよこすマリネにツッコミを入れつつ、ドアノブに手をかける。
ノブをひねる前に一度、部屋のプレートを見るが、そこには確かに医務室と書いてある。怪訝に思いつつも、失礼しますと一言声をかけてからドアを開けた瞬間――
『ぃらっしゃいませェッ、当医務室をご利用のお客様、何名さまでしょォかァッ!』
学院のものであるローブをきた幾人もの生徒たちに、大音量の唱和とともに出迎えられた。
獣人の獰猛な視線、人間の貪欲な視線、妖精のほの暗い視線、魚人の鈍く光る視線。
それはもう、数日振りの客を待ちわびた気力体力全開の店のよう。何が何でも客を逃がしてなるものか、という、さながら飢えた野獣のごとくぎらついた無数の目が、二人を捕らえた。
「ヒィッ。え、ここ、医務室よねッ?」
「ふわぁ、気合の入った医務室なんですね~。三名様ごにゅ~じょ~の、一名様ご利用ですよ~」
野獣たちの視線に思わずたじろいで、三度プレートを確認するアステリアと、マイペースに人数分右手の指を伸ばして答えるマリネ。
対する医務室の野獣どもであったが、怪我人の言葉を聴くと、なぜかガッツポーズをとったりもっと来いよと叫んだり、種々様々にアグレッシブな反応を見せる。
少なくとも、これが医務室で広がりうる光景ではないことは確かだった。
『もちろんですッ、こここそがわれ等が楽園、医務室! さあ、怪我人はどうぞこちらへ!』
「医務室の受け答えじゃないっ!?」
そして強まる視線。全身を嘗め回すような――体表を這い回るのではなく、奥へ奥へと侵入するような、じっとりとした粘着質な視線だ。
――食われる!
よりいっそうこちらに詰め寄ってきた、無数の飢えた視線にさらされた少女騎士は、確かにそう感じたという。
「――って、あれ、君たち、この間の子じゃないか?」
「……あっ」
「ああ、入試のときのおに~さんじゃないですかあ。その節はお世話になりました~」
食うか食われるかの極限状態で、ケモノの群れの中に一人、彼女たちの見知った顔があった。入試の騒動のとき、いかつい顔と声の教職員と一緒にいた、人のよさそうな青年だ。
ぎらついた視線の中にあって、やはり人の良さを隠しきれていない彼の存在は、依然ぽややんとしているマリネはどうかわからないが、アステリアにとっては間違いなく、とてつもない救いであったという。
再会した青年を含む三人は、医務室のベッドのそばにある椅子に並んで座っていた。ゴッちん二号は後ろで待機だ。
「さて、処置はこれで済んだし、もともとコブもないくらいだし、もう少しすれば……それこそ、すぐにでも目も覚ますんじゃないかな」
「……ありがとうございます。馬鹿の面倒見てもらって」
「ステラちゃん、なんだかおかーさんみたいですねぇ~」
薄ぼんやりとした白い光を放つ右手をベッドの上に寝転がしたイグニースの額にあてて、青年が告げる。光が輝きを保ち続けたのは僅かに数秒。それだけで白色は消えて、彼も手を引っ込める。
回復系魔法の初歩、治療の魔法だ。傷を僅かに修復して、怪我の治りを早めたり痛みを和らげたりする効果がある。魔法による怪我や病気の治癒の分野で最初に教わる、難易度の低いものだ。それを使っているというのは、まあつまり、彼に看てもらった結果、イグニースの怪我はその程度だったということである。
気絶したのは打ち所が悪かったからだが、後遺症は特になしとの見立て。しいて言うなら、頭を打って馬鹿になったかもしれないが、それを言うとアステリアはコンマ秒単位で「それは元からです」と断言していた。月日は人の絆を強固にしたり愛をはぐくんだりとか色々するが、同様にして人を残酷にもするのである。たとえ一時間、一分、一秒であろうとも。この瞬間にも、人は残酷になっていくのだ。
「頭打っても、元から馬鹿だから大丈夫って、さすがにひどくね……?」
ついでに、この一瞬一瞬のうちに『すぐにでも』なんて曖昧かつ瞬間的な時間は、過ぎていくわけでもある。
「あら、起きてたの」
「イグニースさぁん、おはよ~ございまぁす。お目覚めはいかがですかぁ?」
「すこぶる快調……とは、微妙に言いがたい感じ。何かこう、肩に重くのしかかる何かがあるっていうか」
「それは気のせいよ。絶対。ええ、絶対」
上半身を起こした旅人が、不思議そうに肩を回して周囲をぐるりと見回そうとするが、アステリアがそれをとめた。
彼の背後で、ほかのベッドや棚の陰に隠れたりしつつ、ぎらついた視線とともに一心不乱に『もっと怪我をすればいいのに』だの『今からでも倒れるんだ……悪化するんだ……』だのという呪詛を投げかけ続けている生徒たち。その呪わしげな存在に、わざわざ気づかせることもあるまい。あれは、知ったら後悔する類のモノだ。
少なくともアステリアは、そうとらえている。
どうにも彼女、医務室のケモノたちのある種独特な、異様な気配が苦手らしい。
「そう? 思ったよりも疲れてるのかな、俺。……で、えっと、ここどこ? 確か、校門から少し行ったところで会話してなかったっけ。んん、変だな、何か大事なことがあった気がしたんだけど、記憶が曖昧だ」
「気にすることはないわ。忘れてしまったなら、きっとそれはどうでもいい記憶だってことじゃない? 大事なことならきちんと覚えているものよ」
不思議そうな顔をして首をかしげるイグニースに、アステリアは輝かんばかりの満面の笑みをもって答えた。自信満々の顔で言われて、微妙に視点の定まっていない彼は、迷う様子を見せつつも、小さくうなずいてしまう。
「……ステラちゃん、いいんですかソレ……?」
「問題ないわっ」
少なくとも、ここでまた自分の失敗を悟って再度ヒートされるよりは、万倍いい。
そう判断しての思考誘導である。ぽややんとしながらもマリネが苦笑してたずねるが、アステリアに迷いはない。
「そ、そんなもんかな……それで、ここは――」
「学院の医務室だよ。偶然頭を打って運ばれたんだよ、君は。久しぶりだね。頭に痛みを感じたりとかは、しないかい?」
まるでアステリアの思考誘導を助けようとしているかの様なタイミングで、青年が彼に話しかけた。背後の生徒たちの呪詛に対する壁のような、人のよさそうな笑みだ。
そんな笑みを浮かべつつ、とりあえず話をあわせておいたほうが面倒がなくていいとでも判断したのかもしれない。イグニースと違って、頭の回転も早そうだ。
「あー、うん、大丈夫……ああ、医務室か、何で……って、あれ。ホントに何で? しかも入試のときの人だ、久しぶり!」
これまた懐かしい人物に出会えたことで、とたんにイグニースがしゃっきりとした。すっかり、帽子の下の人懐っこい笑みも復活していつも通りである。
ついでに後ろから盛大な舌打ちが多数聞こえた気がしたが、気にするものは誰もいない。
「うん、久しぶり。入試のとき以来だね。あの時は助かったよ」
「イグニース、敬語。この人、先輩なんだから」
「ああ、そっか、失礼しました、先輩。あと、ありがとうございます。……えっと、イグニースです」
ついでに、帽子も取る。くすんだ茶色の髪の毛が露出。コブがあったりも、赤くはれていたりもしない。実に健康的な頭だ。
「よろしく、イグニース君。君の友達二人には、君が寝ている間に紹介したけど――僕はイアシス=ネムスウィヌムだ」
再び、よろしくと言って彼は笑った。まぶしい笑みである。
やわらかな朝日のような印象を受ける青年だ。その顔をよく見れば、耳がやや長くて三角形を描いている。妖精人の特徴であるが、それにしては、妙に短い。人間との混血であるハーフアールヴか、たまたま個人差で極端に短いか、といったところか。少なくとも、妖精人の血は確実に入っているだろう。首や顔を動かすたびにさらりと揺れる金糸の短髪で、目は澄んだサファイア色。それに加えて長耳とくればまず間違いない。
身長はあまり高くないようだが、線が細いために長く見える。マイペースでつかみどころのないところがあるマリネとはまた違う、おっとりとした目つきと性格。しかしながら、的確な治療のことといい、後ろの呪詛を正面から見ても全然のまれていないことといい、意外としっかりとした部分もあるようだ。
笑みを向けられて僅かにまぶしそうな顔をしたあたり、おそらくイグニースも、アステリアが最初彼と向き合ったときと同じことを抱いたのかもしれない。つまり――イアシスを端的に言えば、中身の伴った美形であろう、という感想だ。
「にしても、奇遇ですね。まさかこんなトコで会うなんて」
「いや、どうだろう。毎年のことだからなあ、こういうのは。君たち中々騒がしそうだし、なんとなく、もしかしたらなー、とは思ってたよ」
「毎年のこと?」
何か知ってる? といわんばかりに、まずイグニースの視線が女子二人を見た。
その瞬間、二人が二人、ぱっと目をそらした。アステリアは何かにおびえるように。マリネは、そんなアステリアを見て楽しもうとでもいうように。
「うん。毎年ね、合格して浮かれて羽目をはずした新入生が、魔法を使って調子にのっては怪我したりさせたりするんだ」
「つまりぃ、入学試験祭が終わったら今度は~、入学後の医務室祭りがはじまるんだそうですよ~」
「そうなんだよねえ。そうなると学院のヒーラー志望学生たちが、新入生の世話を得て日ごろの成果を試すチャンスだってことで、一斉に医務室に押しかけて待機するわけだ」
その結果が、背後のケモノたちである。
それで呪詛まで吐くくらいだ。今はおとなしくイアシスに患者を譲っているが、そのうち襲い掛かってくるのではないかと、アステリアは気が気でなかったりする。
なおこの医務室祭り、性質の悪いことに教職員公認なのだとか。まあ、学院としても、生徒のモチベーションを上げるのに丁度いいとか、そんな感じなのだろう。
「ふーん……何かソーゼツそうなのはわかったような気はします」
と言いつつも、背後で呪詛を送り続ける、その壮絶さの塊には気づいていないが。
ただ、説明が入るごとに影がさすアステリアの顔を見て、なんとなくその片鱗を彼なりに感じていたのかもしれない。
「さて、とりあえず問題はなさそうだし……次は寮かな?」
と、イアシスがまず席を立った。それに対し、イグニースたちよりも早く、まず後ろの呪わしげなモノたちが、ぴくりと反応する。
「寮?」
「そう、寮。聞けばイグニース君とマリネさん、今日来たばかりなんだって? それじゃあ、寮の部屋とかもわからないだろう? 案内するよ。それも先輩の仕事さ。この時期の医務室はヒーラーが多すぎるくらいだから、一人抜けても問題ないし」
「あー……そういえば、どの部屋に行けばいいのか、わからないな。それじゃ、お世話になりますっ」
彼らに次いで、イグニースもベッドから体を投げ出す。
無駄に空中で足を折り曲げて、帽子をかぶり、一瞬だけポージング。なぜか滞空時間がちょっとだけ延びている。
平常心を保っていられればツッコんだであろうアステリアも、彼らに続いて立ち上がる。そわそわしていて、一刻も早くここから立ち去りたい、と言わんばかりの態度だった。が、残る一人の幼女が敢えてそこで、座ったままアステリアの手を引く。
「ん~、もうちょっと落ち着いてからでもいいのでは~? ……なんちゃって」
「マ、マリー……ッ!」
「ごめんなさぁい、冗談ですよぅ。ちょっと意地悪しただけですよ~。ですからそんなすがるような目で見ないで……」
ついでに、マリネが何かに開眼しかけていたが、男子二名はあえて目をそらした。幼女が見た目ずっと年上の凛々しい少女騎士にすがられて、悦に入ってるという光景。なんとも背徳的な図だった。
それにつられて開眼する勇気は、男二人にはまだなかったのだった。
ちなみに、何気に後ろのケモノたちも、固唾を飲んで少女たちを見守っていたとか。それで視線が集中して、さらにアステリアの態度が不安げなものとなるという悪循環である。
まあそれもすぐに、マリネがぽややん笑顔に戻って立ち上がったことで、終焉を迎えたのだが。
ともあれそんなこんなで、三人にイアシスを加えた四人は医務室を出るのだった。
なお、その背後で、
「ライバルが一人減った! さあ、次なる被験体! カッ、ムォォオオオオーンッ!」
という雄たけびが聞こえた気がしたが――全員、無視したという。




