血染めの白い薔薇
その少年を一目見た瞬間、電撃が走った。
「彼が欲しい」「支配したい」と。
そのルビーの様な紅い瞳を恐怖で歪ませて、自分だけを見つめさせたい。
白磁の様な身体を鮮血が蛇の様に這うさまを眺めていたい。
この感情を世の中の人々は“恋”と呼ぶのだろうか。
いや。これ恋と呼ぶには醜く自分勝手でーー。
果たして少年はこの歪んだ“愛”を受け入れえてはくれるだろうかーー。
朝日が窓から差し込む廊下をコツリコツリと足音をたて歩く男は1つの扉の前で立ち止まる。
そして、コンコンコンとノックを3回。しかしいくら待ったとて返答は来ない。
ー仕方がない。いつものことだ。男は息を一つつくと部屋の扉を開ける。
「失礼致します。おはようございます坊ちゃん。朝ですよ。今日もいい天気です。早く起きてください。」
「...あと5分。」
「駄目です。体温を測って、お薬を飲んでください。」
「...じゃああと10分。」
「増えているではありませんか。」
そう言うと男、黒星 御影は主人である少年、白陽 煌の布団をガバリと剥ぐ。
煌は寒いのか猫の様にまん丸く丸まっている。
「...おい、あと10分って言った。布団を返せ。」
「ハァ...やれやれ。仕方がありませんね。...”Up”」
「!」
御影がそう言うと煌の身体は自然とその言葉に従ってしまう。Subの性だ。
「”Come”...Good boy良く出来ました。」
「コマンドを使うなんて卑怯じゃないか!」
「さぁお薬を。」
「い・や・だ!!」
煌は頑なに薬を飲もうとしない。毎朝毎朝、同じやり取りをしていて学習しないものなのだろうか...。
「やれやれ...”Open”」
そのコマンドにより口を開かせると御影は薬をその口に入れ込み口移しで水を飲ませる。
煌は怒りのあまり御影の舌を嚙み切る。
「...こんな簡単なコマンドでこんなになって...。だらしがないですよ?」
「コマンド耐性がないんだから仕方がないだろう?!」
「はいはい。それではお食事にしましょう。準備は整っています。」
そう言うと2人部屋から晩餐室へと移動した。
そして今朝のメニューは焼きたてのクロワッサンにベーコンとスクランブルエッグ。それにフレッシュサラダだ。煌はだいの野菜嫌い故、サラダを奇麗によけている。
「坊っちゃん。サラダも食べてください?...さもないと...」
御影がコマンドを言おうとした時、こうは耳を塞いで阻んだ。
...仕方がない。食べるか...。
煌は意を決してサラダを口に運んで行った。
その様子に御影は満足そうにして「Good boy」と褒めたのであった。
食後には決まってコーヒーを飲みながら新聞を読む。
今日の見出しは...「連続殺人鬼捕まらず。」であった。
記事によると、こうだ。殺人鬼は老若男女問わずで殺された人々にはなんの共通点もない。
ただ、殺害現場には必ず白い薔薇が置かれているようだ。
煌はコーヒーを飲みながら正気の沙汰じゃないな。と感想を口にした。
「白い薔薇を置いていくなんて悪趣味だな。血で紅くなるじゃないか。」
「それが目的なのではないでしょうか?」
「?」
御影の言葉に疑問を持ちながらも、彼はそれ以上口にする気はないようだ。
「それより坊ちゃん。そろそろ書類が溜まってきていますよ?」
「!もともと今日する予定だったの!」
そう言うと残りのコーヒーを一気に飲み干し、執務室へと向かった。
「『領地の税金が高すぎる。もっと安くしろ』...面白い冗談を言う。働かずとして金が欲しいのなら、豚の餌でも食っていろ。まったく。最近はこんな要望書ばかりだな。」
そう言うと煌は紅茶を口へと運ぶ。しかし、その時息苦しくなり咳が止まらなくなる。
御影が慌てて駆け寄るが、煌は大丈夫だと言うばかり。しかしそのかおは真っ青であった。
これはいけない、と御影は急いで医者を呼んだ。そして煌の身体を抱き上げベッドへと寝かせる。
幸い医者は10分程度で来た。
「心臓の音が弱まっていますな...。薬を出しておくので必ず、服用してくださいね?あと、近く安静にしているように。」
そう言うと医者は帰って行った。
「医者からも言われたことですし。今日からは執務はお休みにしましょう。」
「でも書類溜まってるんだろ?」
「体調が最優先です。だから大人しく眠っていてくださいね?”Roll”」
「おまっ...、ハァ。分かったよ。大人しくしてるから。」
煌の返事に満足したようで御影は部屋から出て行った。
そして、薬によって眠気がやってきたのでその睡魔に身を委ねる事にした。
...長いこと眠っていたようだ。昼も夜も何も食べていない。少し腹が減ったな。厨房に行けば何かあるだろう。そう思い煌はベッドから抜け出すと厨房へと向かった。
そろりそろりと暗い廊下を歩いていると、玄関の扉がギィ、と音を立てて開いた。
何事だ?と思いコッソリと覗き見ていると...そこに立っていたのは血濡れの御影であった。
その手に持っているのはナイフと...白い薔薇。まさか。まさかそんな事があるだろうか。
だが、これはどう見てもそうとしか言えない。...御影が連続殺人鬼だと。
煌は何も見なかったことにして自室へと戻りベッドへともぐりこんだ。これからどうするかな...
そう考えながら空腹も忘れ、眠りについた。
あれから何度の夜を越えただろうか。煌はもうベッドから起き上がることができなくなっていた。
おかしいな。言われた通り苦手な薬も我慢して飲んでいたというのに。
そう言えば新しく薬を増やされてから調子が悪くなった気がする。
あぁ、これから御影が薬を持ってくる時間だ。
「坊っちゃん薬をお持ちしました。」
「ありがとう...。あれ?新しい薬がないぞ?」
「...坊ちゃん。あれは毒でした。治すどころか死に至る毒です。」
そう言うと御影は普段の薬だけを手渡してきた。その指先はなんだか冷たかった。
そして...なんだか血なまぐさい感じがした。あぁ、きっと今夜も誰かを殺しに行ったのだろう。
薬の話が出たということは...あの医者が殺されたのだろうか?
それにしても御影にしてはお粗末すぎる気がする。お前は完全犯罪の殺人鬼だろ?
「...それでは失礼いたします。」
あぁ。こんなんじゃあ眠れやしないじゃないか...
天井をぼうっと見て何時間が経っただろうか。不意にキィ、と扉の開く音が聞こえた。
「そうか。今度はオレの番ってことか。」
煌はそう呟くと扉のほうへと語りかけた。
「やはり連続殺人鬼はお前だったんだな。御影。」
「...」
「オレを殺しに来たんだろ?なら好都合だ。オレは病や薬に蝕まれて死ぬくらいならお前のお気に入りのナイフの錆となりたい。」
「...確かに最初は貴方を殺すためにこの屋敷へと来ました。白い薔薇を死体に置いたのも、貴方の白く美しい身体の身代わりです。あなたの血は余程美しいのだろうと夢見ながら貴方に仕えてきました。ですが、貴方と過ごしていくうちに私は変わってしまった!!殺しに快感を覚えなくなった!!弱っていく貴方を見て生きていてほしいと願うようになってしまった!貴方を独りぼっちにして私だけの物にしたかった...!!愛してしまった、こんなにも!!」
まさか、御影がそんなことを思っていたなんて。あぁ...。お前も同じだったんだな。
「御影。愛してるからこそ最期をお前の手で迎えたい。だから...お願いだ。オレの最後の記憶をお前で終わらせてくれ。」
その言葉で操り人形の様にナイフを持つ手を振り上げ煌の心臓めがけて振り下ろした。
そしてどくどくと血が止まることなく流れ煌の白い身体を紅く染め上げた。
これだ。これが見たかったんだ。...それなのになぜこんなにも虚しく、悲しいのだろう。
この感情の名前は知らない。そうだ最後の手向けに薔薇の花を...。
少年の遺体が見つかったのは3日後。発見者によると、この世の物ではないような程美しい人形の様な姿だったという。そして、彼に仕えていた執事の姿を見た者は誰もいなかった。噂では主を失った悲しみのあまり海に飛び込んだとも聞く。




