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61 星見の丘


「やっぱりここにいた」


 まだ日も登りきっていない。寒さの残る早朝。段々になっている岩をふわりと飛び越えて、丘へ登ってきたニティアがため息混じりにつぶやいた。


「……」


 丘の上でひとり座り、海を眺めているフィニス。


「……」


 そのままフィニスの隣に腰をかけるニティア。


「……」


 聞こえてくるのは、風になびく草と海から聞こえてくる波の音。

 しばらく続いた沈黙の後、ニティアがゆっくりと口を開く。


「なんで黙ってるのよ」

「……」


 再び流れる、静寂な時間が続いたのちに、フィニスの口が動いた。


「……なんであいつは、俺たちを殺さなかったんだろうな」

「殺すまでもないって事じゃない……?」

「そうか……」

「……」


 海の向こう側。地平線から少しずつ日が登ってくる。


 丘の芝草に付着した朝露と小刻みに揺れている波が陽の光に照らされてキラキラと星のように輝き出した。


「……すげぇ」

「綺麗……星みたい……」


 丘の上から見える一面の景色の輝きが一気に増したかと思いきや、その輝きの勢いは急激に収束していった。


「星見の丘ね……」

「名前の通りだったね(笑)」

「あぁ……」


 朝日が完全に登り、丘から見える星が完全に消えた。


「死んだら、こういう綺麗なところで眠りたいな」


 自然と思っていたことが口から漏れ出していたフィニス。突然の言葉にニティアは驚いた。


「!?あんた……何言ってんのよ!!」

「ん?別に今すぐ死ぬつもりなんてねーよ(笑)それに……あいつらが何でここにいたのかは知らないけど……放っておいたら、あの平原みたいな悲惨な状況がまた生まれちまう」

「うん」

「今はまだ無理かもしれないけど……俺は絶対にあいつらを止めてみせる」


 くすりと笑うニティア。


「刺しても死なないんじゃあんたじゃ無理でしょ。私が倒してあげるわよ!」

「縛られてたくせによく言うよ」

「何よ!」

「なんだよ」


 睨み合う2人。そしてどちらからとも無く自然と笑い合う。


「強くならないとな……」

「そうだね……」


 視線が自然と海へと移る2人。波風に吹かれながら、2人は並んで海を眺めていた。



集落


 集落へと戻ってきたフィニスとニティア。


「お、戻ってきたか」


 ガルドの荷馬車に荷物をやさしく積み込んでいるルシオが2人に気づいた。


「どうかしたの?」

「いや、これを積んだら会長は王都へ戻るんだってさ」

「王都って……ヴォルガムにか?」

「はい。ここで作っているこの陶芸品。これらを王都へ持ち帰ろうと思いまして。私たちのレストランにも使えそうなくらい素晴らしいですから。あ、もちろん一旦私が買い取りましたし、王都でさらに利益が出ればここへ還元いたしますよ!」

「厄介な魔物は倒したしね。おそらく前ほどここへの往来が危険……と言うことはないだろうし」

「それに、あの言い方……目的はわかりませんが、魔族達が居座ることもなさそうですしね」

「はい。再び観光地として……そしてこの陶芸品を通して、ここが賑わってくれれば私も嬉しいですからね」


 静かな集落を見回して優しく笑うガルド。


「それもそうだな」


 フィニスが馬車の近くに置いてある荷物を持ち上げ、ルシオ同様優しく積み込み始める。


「おっちゃん。とりあえずまた補給やらでディヴァイの村に寄るだろ?」

「ええ、もちろん」

「今回の護衛、そこまででいいか?」

「いやいや!むしろそこまで護衛していただけて感謝です!あそこからは道中危険もありませんでしたし、大丈夫ですよ!」

「悪いな」

「フィニスさん達もやるべき事がありますからね……」

「いえいえ!それでは行きましょうか!」


 荷物を積み終えた荷馬車の先頭に座るガルド。フィニス達は荷物を運ぶのを手伝ってくれた集落の人たちに頭を下げ、荷台へと入っていった。



カタカタカタ……


「それにしても……魔女を倒せないか……」


 ルシオが後方の幌を少し巡り、外をぼーっと眺めている。


「まぁ……俺に魔力が無いからなのか……そもそも倒すための条件があるのかまでは知らないけどな……」


 大きなため息をするフィニス。


「過去に魔女を倒している英雄達がいる以上、絶対に倒せない……と言うことはないと思いますけど……」

「アクリムにも図書館とかあるのかな?」

「うちの図書館みたいな感じだと、使わせてくれるかは微妙だけどな……」

「うぐっ……」


 そんな会話をぼーっと聞いているエラリス。

 そんなエラリスが視界に入ったルシオがふと口を開いた。


「エラリスはどうするんだ?俺たちはこの後アクリムへ向かうけど……」

「ん?私はフィニスの事が気になるから。フィニスについて行くよ」


 空気が一瞬だけ凍る。不穏な魔力を感知したアルテアとルシオが同時にニティアを見る。


「エ、エ、エラリスが来てくれるのは凄い嬉しいんだけど……え、フィニスが気になるって……え?なに、どういうこと……?」

「ん?」


 ニティアの言葉を聞いたエラリスが、ゆっくりと立ち上がり、フィニスの正面でしゃがみこんだ。


「……はい?」


 きょとんとしているフィニスの顔にエラリスが目を閉じて自分の顔を近づける。


「な!!」

「おぉ……」

「まぁ……」


くんくんくん


 鼻先がぶつかるほどの距離で、匂いを嗅ぐような仕草をするエラリス。ひとしきり臭いを嗅いだ後ゆっくりと目を開ける。


「魔力が無いだけじゃない。不思議な匂い。私はフィニスの事がもっと知りたい」

「〜〜〜っ!!!!」


 フィニスとニティアの顔が真っ赤に染まる。


「いや!エラリスお前!!それはそう言う意味じゃないだろ!」

「何のこと?」


 エラリスはわざとらしく笑い、元いた場所に座り直す。


「フィニス……やるな……」

「フィニスさん……いつの間に……」

「いや、だから違うって!!」


ゾクッ


 魔力を感じないフィニスが、背中に冷たい何かを感じ、全身に鳥肌が立ちはじめる。


「へぇ〜……良かったわねぇフィニス。あんな美人のエルフに好かれて。モテモテじゃない」


 顔と声色が一致していない。ニコニコの笑顔に対して、明らかに殺意のある声。


「いや、だからその……」

「ちょっと外の空気吸ってくる……」

「は、はい……いってらっしゃい……」


 ふわりと浮かんだニティアは、馬車の荷台から出ていくと……


ギシッ


 幌の上に何かが乗っかった音。ニティアがそのまま上に座り込んだのだろう。


「はぁ……」

「またしばらく大変そうだな(笑)」


 これまでのやり取りを見ていたエラリスがくすりと笑い、つられてアルテアとルシオも笑う。

 フィニスも困ったような顔をしつつも、ふと小さく笑っていた。


「あ〜何なのよもう!!」


ビクッ!!


 荷台の上から聞こえてくるニティアの声に驚くフィニス。

 一度視線を上に送った後、フィニスは大きなため息をついた。



ギシッ


 馬車の幌の上に仰向けで寝そべるニティア。


スッ


 右腕を空にかざし、魔力を込めると、空気中の水分が少しずつ右手に集まり出した。


「……」


 更に魔力を込める。


ニュルニュル


 集まった水が細長い蛇へと姿を変える。


(……アクアリバインド……)


 水でできた蛇がニティアの右腕に巻き付く。


(魔女のあの魔法……私のこれに似てた……)


カプっ


 水蛇がニティアの親指に齧り付く。全くもって痛くない。


(空気中の水分による拘束と、魔力でできた光の集合体での拘束……レベルが段違いね……)


「あ〜何なのよもう!!」


 足をばたつかせながら右腕の魔力を解き、巻き付いている水蛇を離散させるニティア。


(魔女なんかに負けてらんない……)


 空高くかざしたままの濡れている右手。


 その手をギュッと握りしめる。


 太陽越しに見るその握り拳。


 ニティアは握りしめた自分の拳をじっと見つめていた。

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