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隻腕の代理王 ―腕一本で国が救えるなら、安いものだ―  作者: ryoma
【第2章:狂った忠臣と北の地獄編】

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第9話 聖騎士を煙に巻く、鮮やかな逃亡劇

一時間後。

濃霧の朝。

リオラは城下の路地裏を、影のように疾走していた。


朝の清らかな鐘の音はない。

代わりに空気を震わせるのは、ガンガンガンガンッ! と乱打される不吉な早鐘。


教皇国の聖騎士たちが動いた。

「異端狩り」の名目で。


リオラは呼吸を乱さず、旧市街の廃醸造所へ。

朽ちた煉瓦造りの前、純白の外套の集団。

掲げられた松明の炎が、不気味なオレンジ色の影を落とす。

焦げた油と、狂信的な殺気。


「異端の芽を焼き払え! 光神の沈黙は、即ち我らの鉄槌を求めている!」


指揮官が剣を振り上げる。

火が放たれようとしていた。


リオラは唇を噛む。

裏手からの侵入経路を探るが、包囲は厚い。

強行すれば、中の男ごと消し炭だ。


その時。

ダダダッ!

石畳を叩く激しい蹄音。


アラリックの懐刀である若き将校が、聖騎士たちの目前に愛馬を割り込ませた。


「待て! 教皇国の無頼ども!」


鋭い一喝が朝の冷気を裂く。

松明を投げる手が止まる。


「貴国のビショップ・マルクスは、あろうことか病床の公王に呪詛をかけ、暗殺を企てた!」


聖騎士たちに動揺が走る。

マルクスの拘束は未発表だが、噂は届いているのだ。


「弁明も正式な謝罪もないまま、さらに城下を焼き、主権を蹂躙するか? それは即ち、レムリア公国への公然たる宣戦布告と見なしてよろしいか!」


物陰のリオラは内心で舌を巻く。

完璧なタイミング。完璧な温度感。


「な、何を馬鹿な……マルクス様が……」


狼狽する指揮官。

将校は畳み掛ける。

わざとらしく大きな溜息。野次馬に聞こえる声量での独り言。


「……やれやれ。教皇国がこうまで傲慢で、話が通じぬとは。……もはや致し方ない。殿下に『帝国の保護下に入る交渉』を直ちに進めるよう、進言するほかあるまい……」


「帝国に下る」。

聖騎士たちにとっての死刑宣告。

レムリアが帝国の拠点になれば、彼らの喉元に刃が突きつけられる。

独断の「浄化」が原因で国が寝返れば、本国で火あぶりだ。


「……火を、下ろせ」


苦渋の声。

松明が投げ捨てられ、じゅうっと音を立てて消える。


「……誤解だ。我らは悪魔を匿う者を追っていただけだ。……殿下には他意はないとお伝えせよ。マルクス様の一件は……本国からの音信を待つ」


聖騎士たちが、唾を吐きながら後退する。


その一瞬の隙。

リオラは動いた。

裏手から侵入。腐った木材の匂いがする地下へ。

闇の中、怯えた小動物の気配。


「ウーゴか」

「ひっ……! ……だ、誰だ」

「レムリア公国、侍女長リオラ。殿下の命で保護に来た」


闇から痩せた男が現れる。

深い隈。汚れきった帝国の軍服。


「う、嘘だ……。なぜ王が、脱走兵を……」

「お前の情報が必要だからだ。詳しい話は城でする。今は従え」


強引に腕を掴む。骨と皮だけの細さ。


「生きたければ黙ってついてこい。聖騎士が戻る前に」


二人は隠し通路から地下水路へ滑り込む。

数分後、聖騎士たちが踏み込んだ時には、鼠一匹残っていなかった。


◇ ◇ ◇


数十分後。

城の最奥、隠し部屋。

魔導ランプの明かりだけが灯る。

泥と汚臭にまみれたウーゴが、震えながら跪いていた。


「……お救いいただき、感謝します、殿下」


リオラが片膝をついて報告する。


「こちらがウーゴ。帝国の輜重部隊の男です。……殺される寸前でしたが、舌は無事です」


ウーゴは床に額を擦り付ける。


「で、殿下……。信じてください、私はただ生きたかっただけで」


声が上ずる。


「帝国の軍糧が、北の鉱山からの『略奪』で賄われていることや、侵攻の本当の狙いが青晶石だけではないと知ってしまったから……! 口封じを恐れて逃げたのです!」


若き主君は静かに見つめる。

情報は本物だ。

ドワーフの怒りの根源。その証拠。


若者はリオラを見た。


「リオラ」

「はい」

「自分の命が、私の命令よりも何よりも優先すべきだと肝に銘じろ。お前を失えば、私の目は潰れる」


リオラが目を見開く。

「死んででも果たせ」ではない。「生きろ」と。


「……ただ、今回はよくやった。見事だ」


胸の奥が熱くなる。深く頭を垂れる。


「……肝に銘じます。この命、殿下の御心のままに」


若者は頷き、次の指示を出す。


「誰にも気づかれずウーゴを避難させることは可能か? 北へ」

「北へ……ですか」

「守るべき命を増やした手間賃として、カイルの交渉材料にウーゴの情報を伝えろ」


リオラは瞬時に理解した。

ウーゴという「生き証人」は、ドワーフの怒りに油を注ぎ、同盟へ傾かせる最高の燃料になる。


「ただし、カイルの荷物をこれ以上増やすな。ドワーフ領に入る前にウーゴは引き返させろ」


若者はアラリックを見た。


「アラリック。先ほどの若き将校の力を借りられるか?」


アラリックが誇らしげに胸を張る。


「レオンでございますな。平民ながら、貴族の傲慢さを見抜く目と機転を持っております」


声がかかり、青年が入ってくる。

黒髪に理知的な瞳。精悍な顔つき。


「レオン、前へ」


レオンは流れるように跪く。

新たな任務への高揚と、緊張。


「殿下、このレオン、命に代えてもこの男と情報をカイル殿へ届けます」


力強い宣言。


「境界にて情報を引き継いだ後は、速やかにウーゴを連れ、帝国にも教皇国にも手の届かぬ『北の隠れ里』へ身を隠させましょう。追手は、私が煙に巻いてみせます」


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