表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隻腕の代理王 ―腕一本で国が救えるなら、安いものだ―  作者: ryoma
【後日談:幸福な夢編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/43

後日談3 結晶の中の茶会 ~王が見る、終わらない幸福な夢~

黒い結晶の奥深く。

無限の闇と呪いの濁流。

若き王は夢を見ていた。

苦痛の悪夢ではない。過去を責める審判でもない。

陽だまりのような、穏やかで温かい夢だった。


◇ ◇ ◇


夢の中、レムリアの私室。

柔らかい光。花々と焼きたてのパンの香り。

窓の外には平穏な街並み。

黒い煙も悲鳴もない。鳥のさえずりと風の音。完璧な日常。


「陛下、お目覚めですか。お茶が入りましたよ」


鈴のような声。エリン。

不遜な険しさも悲壮な覚悟もない。少女らしい屈託のない笑み。


「……ああ、ありがとう」


両手で——失われた右腕も使って——カップを受け取る。

ベルガモットの香り。


傍らのリオラ。殺気立った鋭さはない。

主君の安らぎを見守る、春の日差しのような光。


「リオラ、次の公務は?」

「予定は特にありません」


微かに笑う。


「急報も陳情もありません。ただ、ゆっくりお休みください」


カップに口をつけ、微笑む。

もう急ぐ必要はない。


「……そうか。なら、皆を呼んでくれ。庭で茶でも飲もう」


◇ ◇ ◇


庭園に集まった懐かしい顔ぶれ。


老宰相ヴァインは背筋を伸ばし、顔色が良い。


「陛下、今日は良い天気ですな。書類の埃を吸わずに済む空気は美味い」


穏やかな好々爺の笑み。


アラリックは鎧を脱ぎ、麻のシャツ姿。


「陛下、剣を置いて空を見上げるのも良いものですね。手の豆が痒くならなくて済みます」


カイルはスキットルを煽り、毒気のない顔で笑う。


「今日は賭けなしだ。賽子もカードも置いてきた。……勝敗のない一日ってのも悪くない」


レオンが穏やかな声で歌う。

呪われた歌ではない。美しい子守唄。瞳は澄み渡っている。


ベリサリウスとヴォルカスが酒を酌み交わす。


「おい若造、飲め。遠慮するな」

「誰が若造だ老いぼれ。腰をやるなよ」


かつての敵同士が、友のように笑い合う。


ゴルガスは木陰で静かに飲む。

険しさが消え、満ち足りた笑み。居場所を探す必要はない。


メフィストは仮面を外し、素顔を晒していた。

理知的で穏やかな学者の顔。


「ケケケ……いや、ハハハ。毒のない薬草茶というのも乙なものです」


隣に父王エドワード三世。

黒い痣は消え、健康そのもの。穏やかに微笑む。


「……よくやったな、息子よ。自慢の息子だ」


大きな手が頭を撫でる。


若き王は瞬きも惜しんで見つめた。

誰もが笑っている。

誰も死なず、傷つかず、幸せそうだ。


「……これで、よかったんだな」


静かに呟く。

目に滲む熱いもの。

悲しみではない。胸が震えるほどの幸福の涙。


◇ ◇ ◇


テラスから眼下の街を見つめる。

どこまでも続く平穏。

難民も旧来の民も、区別なく笑い合い、歩いている。

子供たちの歓声。商人たちの活気。

兵士たちは剣を抜くことなく、笑顔で巡回している。

誰もが明日を疑わず、幸せそうだ。


「……俺が守りたかったのは、これだ」


風に吹かれながら微笑む。

右腕の痛みも、呪いの声もない。


「この笑顔を、このありふれた平穏を、俺は守りたかった」


深く息を吸い込み、満足げに目を閉じる。


「……守れた。俺は、守れたんだ」


若き王の心は、永遠に続く深い安らぎに包まれた。

現実の肉体が冷たく眠り続けていても、その魂は、彼が愛し守り抜いた人々とともに、温かい陽だまりの中にあり続けた。黒い結晶の奥深く。

無限の闇と呪いの濁流。

若き王は夢を見ていた。

苦痛の悪夢ではない。過去を責める審判でもない。

陽だまりのような、穏やかで温かい夢だった。


◇ ◇ ◇


夢の中、レムリアの私室。

柔らかい光。花々と焼きたてのパンの香り。

窓の外には平穏な街並み。

黒い煙も悲鳴もない。鳥のさえずりと風の音。完璧な日常。


「陛下、お目覚めですか。お茶が入りましたよ」


鈴のような声。エリン。

不遜な険しさも悲壮な覚悟もない。少女らしい屈託のない笑み。


「……ああ、ありがとう」


両手で——失われた右腕も使って——カップを受け取る。

ベルガモットの香り。


傍らのリオラ。殺気立った鋭さはない。

主君の安らぎを見守る、春の日差しのような光。


「リオラ、次の公務は?」

「予定は特にありません」


微かに笑う。


「急報も陳情もありません。ただ、ゆっくりお休みください」


カップに口をつけ、微笑む。

もう急ぐ必要はない。


「……そうか。なら、皆を呼んでくれ。庭で茶でも飲もう」


◇ ◇ ◇


庭園に集まった懐かしい顔ぶれ。


老宰相ヴァインは背筋を伸ばし、顔色が良い。


「陛下、今日は良い天気ですな。書類の埃を吸わずに済む空気は美味い」


穏やかな好々爺の笑み。


アラリックは鎧を脱ぎ、麻のシャツ姿。


「陛下、剣を置いて空を見上げるのも良いものですね。手の豆が痒くならなくて済みます」


カイルはスキットルを煽り、毒気のない顔で笑う。


「今日は賭けなしだ。賽子もカードも置いてきた。……勝敗のない一日ってのも悪くない」


レオンが穏やかな声で歌う。

呪われた歌ではない。美しい子守唄。瞳は澄み渡っている。


ベリサリウスとヴォルカスが酒を酌み交わす。


「おい若造、飲め。遠慮するな」

「誰が若造だ老いぼれ。腰をやるなよ」


かつての敵同士が、友のように笑い合う。


ゴルガスは木陰で静かに飲む。

険しさが消え、満ち足りた笑み。居場所を探す必要はない。


メフィストは仮面を外し、素顔を晒していた。

理知的で穏やかな学者の顔。


「ケケケ……いや、ハハハ。毒のない薬草茶というのも乙なものです」


隣に父王エドワード三世。

黒い痣は消え、健康そのもの。穏やかに微笑む。


「……よくやったな、息子よ。自慢の息子だ」


大きな手が頭を撫でる。


若き王は瞬きも惜しんで見つめた。

誰もが笑っている。

誰も死なず、傷つかず、幸せそうだ。


「……これで、よかったんだな」


静かに呟く。

目に滲む熱いもの。

悲しみではない。胸が震えるほどの幸福の涙。


◇ ◇ ◇


テラスから眼下の街を見つめる。

どこまでも続く平穏。

難民も旧来の民も、区別なく笑い合い、歩いている。

子供たちの歓声。商人たちの活気。

兵士たちは剣を抜くことなく、笑顔で巡回している。

誰もが明日を疑わず、幸せそうだ。


「……俺が守りたかったのは、これだ」


風に吹かれながら微笑む。

右腕の痛みも、呪いの声もない。


「この笑顔を、このありふれた平穏を、俺は守りたかった」


深く息を吸い込み、満足げに目を閉じる。


「……守れた。俺は、守れたんだ」


若き王の心は、永遠に続く深い安らぎに包まれた。

現実の肉体が冷たく眠り続けていても、その魂は、彼が愛し守り抜いた人々とともに、温かい陽だまりの中にあり続けた。



お読みいただきありがとうございます!

もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!

ブックマークもぜひポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ