後日談3 結晶の中の茶会 ~王が見る、終わらない幸福な夢~
黒い結晶の奥深く。
無限の闇と呪いの濁流。
若き王は夢を見ていた。
苦痛の悪夢ではない。過去を責める審判でもない。
陽だまりのような、穏やかで温かい夢だった。
◇ ◇ ◇
夢の中、レムリアの私室。
柔らかい光。花々と焼きたてのパンの香り。
窓の外には平穏な街並み。
黒い煙も悲鳴もない。鳥のさえずりと風の音。完璧な日常。
「陛下、お目覚めですか。お茶が入りましたよ」
鈴のような声。エリン。
不遜な険しさも悲壮な覚悟もない。少女らしい屈託のない笑み。
「……ああ、ありがとう」
両手で——失われた右腕も使って——カップを受け取る。
ベルガモットの香り。
傍らのリオラ。殺気立った鋭さはない。
主君の安らぎを見守る、春の日差しのような光。
「リオラ、次の公務は?」
「予定は特にありません」
微かに笑う。
「急報も陳情もありません。ただ、ゆっくりお休みください」
カップに口をつけ、微笑む。
もう急ぐ必要はない。
「……そうか。なら、皆を呼んでくれ。庭で茶でも飲もう」
◇ ◇ ◇
庭園に集まった懐かしい顔ぶれ。
老宰相ヴァインは背筋を伸ばし、顔色が良い。
「陛下、今日は良い天気ですな。書類の埃を吸わずに済む空気は美味い」
穏やかな好々爺の笑み。
アラリックは鎧を脱ぎ、麻のシャツ姿。
「陛下、剣を置いて空を見上げるのも良いものですね。手の豆が痒くならなくて済みます」
カイルはスキットルを煽り、毒気のない顔で笑う。
「今日は賭けなしだ。賽子もカードも置いてきた。……勝敗のない一日ってのも悪くない」
レオンが穏やかな声で歌う。
呪われた歌ではない。美しい子守唄。瞳は澄み渡っている。
ベリサリウスとヴォルカスが酒を酌み交わす。
「おい若造、飲め。遠慮するな」
「誰が若造だ老いぼれ。腰をやるなよ」
かつての敵同士が、友のように笑い合う。
ゴルガスは木陰で静かに飲む。
険しさが消え、満ち足りた笑み。居場所を探す必要はない。
メフィストは仮面を外し、素顔を晒していた。
理知的で穏やかな学者の顔。
「ケケケ……いや、ハハハ。毒のない薬草茶というのも乙なものです」
隣に父王エドワード三世。
黒い痣は消え、健康そのもの。穏やかに微笑む。
「……よくやったな、息子よ。自慢の息子だ」
大きな手が頭を撫でる。
若き王は瞬きも惜しんで見つめた。
誰もが笑っている。
誰も死なず、傷つかず、幸せそうだ。
「……これで、よかったんだな」
静かに呟く。
目に滲む熱いもの。
悲しみではない。胸が震えるほどの幸福の涙。
◇ ◇ ◇
テラスから眼下の街を見つめる。
どこまでも続く平穏。
難民も旧来の民も、区別なく笑い合い、歩いている。
子供たちの歓声。商人たちの活気。
兵士たちは剣を抜くことなく、笑顔で巡回している。
誰もが明日を疑わず、幸せそうだ。
「……俺が守りたかったのは、これだ」
風に吹かれながら微笑む。
右腕の痛みも、呪いの声もない。
「この笑顔を、このありふれた平穏を、俺は守りたかった」
深く息を吸い込み、満足げに目を閉じる。
「……守れた。俺は、守れたんだ」
若き王の心は、永遠に続く深い安らぎに包まれた。
現実の肉体が冷たく眠り続けていても、その魂は、彼が愛し守り抜いた人々とともに、温かい陽だまりの中にあり続けた。黒い結晶の奥深く。
無限の闇と呪いの濁流。
若き王は夢を見ていた。
苦痛の悪夢ではない。過去を責める審判でもない。
陽だまりのような、穏やかで温かい夢だった。
◇ ◇ ◇
夢の中、レムリアの私室。
柔らかい光。花々と焼きたてのパンの香り。
窓の外には平穏な街並み。
黒い煙も悲鳴もない。鳥のさえずりと風の音。完璧な日常。
「陛下、お目覚めですか。お茶が入りましたよ」
鈴のような声。エリン。
不遜な険しさも悲壮な覚悟もない。少女らしい屈託のない笑み。
「……ああ、ありがとう」
両手で——失われた右腕も使って——カップを受け取る。
ベルガモットの香り。
傍らのリオラ。殺気立った鋭さはない。
主君の安らぎを見守る、春の日差しのような光。
「リオラ、次の公務は?」
「予定は特にありません」
微かに笑う。
「急報も陳情もありません。ただ、ゆっくりお休みください」
カップに口をつけ、微笑む。
もう急ぐ必要はない。
「……そうか。なら、皆を呼んでくれ。庭で茶でも飲もう」
◇ ◇ ◇
庭園に集まった懐かしい顔ぶれ。
老宰相ヴァインは背筋を伸ばし、顔色が良い。
「陛下、今日は良い天気ですな。書類の埃を吸わずに済む空気は美味い」
穏やかな好々爺の笑み。
アラリックは鎧を脱ぎ、麻のシャツ姿。
「陛下、剣を置いて空を見上げるのも良いものですね。手の豆が痒くならなくて済みます」
カイルはスキットルを煽り、毒気のない顔で笑う。
「今日は賭けなしだ。賽子もカードも置いてきた。……勝敗のない一日ってのも悪くない」
レオンが穏やかな声で歌う。
呪われた歌ではない。美しい子守唄。瞳は澄み渡っている。
ベリサリウスとヴォルカスが酒を酌み交わす。
「おい若造、飲め。遠慮するな」
「誰が若造だ老いぼれ。腰をやるなよ」
かつての敵同士が、友のように笑い合う。
ゴルガスは木陰で静かに飲む。
険しさが消え、満ち足りた笑み。居場所を探す必要はない。
メフィストは仮面を外し、素顔を晒していた。
理知的で穏やかな学者の顔。
「ケケケ……いや、ハハハ。毒のない薬草茶というのも乙なものです」
隣に父王エドワード三世。
黒い痣は消え、健康そのもの。穏やかに微笑む。
「……よくやったな、息子よ。自慢の息子だ」
大きな手が頭を撫でる。
若き王は瞬きも惜しんで見つめた。
誰もが笑っている。
誰も死なず、傷つかず、幸せそうだ。
「……これで、よかったんだな」
静かに呟く。
目に滲む熱いもの。
悲しみではない。胸が震えるほどの幸福の涙。
◇ ◇ ◇
テラスから眼下の街を見つめる。
どこまでも続く平穏。
難民も旧来の民も、区別なく笑い合い、歩いている。
子供たちの歓声。商人たちの活気。
兵士たちは剣を抜くことなく、笑顔で巡回している。
誰もが明日を疑わず、幸せそうだ。
「……俺が守りたかったのは、これだ」
風に吹かれながら微笑む。
右腕の痛みも、呪いの声もない。
「この笑顔を、このありふれた平穏を、俺は守りたかった」
深く息を吸い込み、満足げに目を閉じる。
「……守れた。俺は、守れたんだ」
若き王の心は、永遠に続く深い安らぎに包まれた。
現実の肉体が冷たく眠り続けていても、その魂は、彼が愛し守り抜いた人々とともに、温かい陽だまりの中にあり続けた。
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