後日談2 聖堂への巡礼者たち ~十年後の感謝と祈り~
若き王が黒い結晶の中で眠りについてから、十年が流れた。
国境の荒野は緑豊かな聖域へと姿を変え、中心には荘厳な石造りの「杭の聖堂」が建つ。
レムリアの民のみならず、大陸中から人々が訪れる平和の象徴となっていた。
◇ ◇ ◇
「誓いの日」。
旧帝国の民、教皇国の巡礼者、自由都市連合の商人、エルフの使者、ドワーフたち。
多様な人々が訪れる。
聖堂はひんやりとした静寂と、献花の甘やかな香りに包まれている。
彼らは巨大な黒い結晶の前で足を止め、祈りを捧げた。
「最後の王よ、ありがとうございます。麦も豊作でした」
「私たちは争うことなく、平穏に暮らしています」
「どうか安らかにお眠りください」
感謝の念は一つ。
あらゆる光を吸い込む漆黒の結晶の中で、若き王は時を止めて眠っている。
顔には苦痛の色はなく、子供のような穏やかな笑み。
平穏な日々を、夢の中で嬉しそうに見守っているかのようだった。
◇ ◇ ◇
ある晴れた日の昼下がり。
花束を抱えた十歳くらいの少女。帝都崩壊から逃れた難民の娘だ。
「王様」
結晶の前に立つ。
「お母さんが言ってました。私が生まれる前、何もかも失って逃げてきた時、王様が私たちを受け入れてくれたって」
冷たく硬い結晶に、温かい手を触れる。
「『難民を責めないでほしい。この国を豊かにする助けとなる』って。……お母さん、その言葉で生きようって思えたんだって」
大きな瞳に涙が滲む。
「お母さんは今、城下町で一番人気のパン屋さんをやってます。毎日、たくさんのお客さんが笑ってくれます。私もお手伝いしてます」
誇らしげに微笑む。
「王様の言った通りになりました。私たちは、お荷物じゃなかった。助けになれました」
スカートの端を摘んで深くお辞儀をする。
「ありがとうございます。……いつか目覚めたら、私の焼いたパン、一番に食べに来てくださいね。約束ですよ」
少女は軽やかに聖堂を後にした。
光の中で、若き王の表情がほんの少しだけ、さらに柔らかく緩んだように見えた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時。
足を引きずる一人の老兵。アラリックの部下として戦った歴戦の証を持つ男。
「陛下」
重々しく跪き、兜を置く。
「あの夜のことを覚えておいでですか。陛下が私たちのような一兵卒に頭を下げてくださった、あの夜を」
声が震える。
「陛下は頼まれました。『側近の方々を支えてくれ』と。彼らを人間として繋ぎ止めるのは、私たちの支えだと」
しわがれた頬を涙が伝う。
「私たちは片時も忘れませんでした。ヴァイン様が倒れそうな時は茶を運び、アラリック様が無理をなされば剣を取り上げ、馬鹿話をして笑わせました」
誇らしげに顔を上げる。
「私たちは約束を守りました。あの方々は皆、心を壊すことなく、幸せに生きておられます。誰一人として、孤独にはさせませんでした」
震える手で敬礼する。
「陛下……私たちは、あなたの『最後の頼み』を守り抜きました。だから……どうか安心してください」
老兵は人生最後の敬礼を捧げ、聖堂を後にした。
静寂が戻る。
若き王は眠り続けていた。
その顔には、変わらず、満ち足りた笑みが浮かんでいた。
彼が蒔いた種は、十年という時を経て、確かな「幸福」という実を結んでいたのだ。
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