第35話 「俺は強欲だ」 誰も犠牲にしないという傲慢な選択
崩壊する図書館から外に出た若き王。
夜明け前の空を赤く染める「戦火の光」。
北の地平線。国境線を守る陣地に、無数の「光の矢」が流星雨のように降り注ぐ。
教皇国の本隊——数万の「聖戦軍」が総攻撃を開始したのだ。
「……始まったか」
祖国が燃えている。
その時、泥を跳ね上げ、一頭の馬が駆け込んできた。
◇ ◇ ◇
ボロボロの衣服。泥だらけの顔。不敵な笑み。
カイル。
「……ハァ、ハァ……! 間に合ったか、陛下!」
転がり落ちるように飛び降りる。
極限の疲労と、勝利への確信。
「南からの手土産だッ!」
黄金の印が押された「融資承諾書」。
見たこともない「火薬兵器の図面」。
「南の説得条件は『新王による新たな交易圏の確立』。……それと、陛下、面白い情報だ」
目が鋭く光る。
「教皇国の『聖櫃』……あれは、帝都にあった『黒い塔』の小型版だ」
若き王の目が見開かれる。
「奴ら、あれでレムリアを物理的に消し去るつもりだぞ! 聖戦なんて名ばかりの大量虐殺兵器だ!」
聖櫃。黒い塔の小型版。
教皇国は呪いを制御し、武器として使っている。
図書館の知識と、すべてが繋がった。
◇ ◇ ◇
若き王の状態は限界に近かった。
義手が肉体と同化し、大陸全土の「呪いの拍動」がノイズのように脳内に聞こえる。
精神的負荷の激増。
だが、黒い蔓を操る精度と力は飛躍的に高まっていた。
戦況は最悪。
国境の河川で連合軍が死闘を展開中。
「聖櫃」の未知の魔導攻撃により、防衛線は崩壊寸前。
だが、希望もある。
南の援軍——「傭兵艦隊」と「最新兵器」が接近中。
到着まで、あと一日。
「……行くぞ」
馬に跨る。
「祖国本軍と急ぎ合流する。今度は、俺たちが攻める番だ」
◇ ◇ ◇
漆黒の煙。凍てつく雪が泥へと変わる最前線。
防衛線の河川は、教皇国軍の猛攻で死の淵と化していた。
アラリックの叫び。ベリサリウスの老兵たちの盾。ヴォルカスの騎兵の突撃。
その時、戦場の霧を裂いて王が現れた。
「陛下……!」
アラリックの目が見開かれる。
「陛下が戻られたッ!」
声が波紋のように広がる。
絶望に沈みかけていた兵士たちの目に、魂の火が灯る。
異形の腕を携えて戻ってきた「身代わりの王」。
その姿こそが、何よりも強固な盾であり、勝利への旗印だった。
◇ ◇ ◇
若き王は馬上で側近たちを見渡した。
アラリック、ヴァイン、カイル、リオラ、エリン。
疲労と希望の入り混じった顔。
「聞け!」
喧騒を圧する声。
「黒い呪い、教皇国のエネルギーは、負の感情を原動力に力を増す! 恐怖すればするほど奴らは強くなる!」
側近たちの目が鋭くなる。
「部下を、民を不安にさせるな! 元気づけろ! 笑い飛ばせ! お前たちが先頭に立って士気を上げろ! それが奴らへの最大の毒になる!」
義手の拳を握りしめる。
「反撃のきっかけは俺が作る! その後……俺はぶっ倒れるかもしれんが、一日頼んだぞ!」
「御意ッ!!」
アラリックが叫ぶ。
「アラリック。レオンも、純度の高い感情に支えられれば良くなるはずだ。あいつも恐怖に飲み込まれかけているだけだ」
騎士団長の目が揺れる。
「一番練度の高い、怪物にも折れない心を持つベリサリウス、ヴォルカスの連合軍の先鋒として使ってやれ」
「どうにもならない時用に、メフィストも連れていけ。……あいつなら、地獄の蓋を閉める方法を知っている」
「……承知しました。レオンを、必ずこちらの世界へ引き戻してみせます」
◇ ◇ ◇
若き王は馬首を巡らせ、全軍へ声を張り上げた。
「——最強公国の皆よ!」
戦場に轟く声。
「よくぞ王不在で持ちこたえた! 誇りに思う!」
兵士たちが顔を上げる。
絶望ではなく、燃えるような闘志。
「今から我らの反撃だ!」
声が大きくなる。
「この一日、みんなの百二十パーセントを出し切れ! そうすれば援軍も到着する! 勝てるぞ!」
雄叫びのような歓声。
恐怖の霧が晴れ、熱気が渦巻く。
「士気を上げろ! 叫べ! 笑え!」
黒い魔導義手を天高く掲げる。
「行くぞぉ!!」
その瞬間、禁忌の術式——【共鳴する墓標】を起動した。
義手が、爆発的な輝きを放ち始めた。
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