第32話 目覚めの朝 ~影に差す光、民との約束~
翌朝。
雨は上がり、空には鮮やかな青空が覗いている。
若き王は、少しだけ軽くなった心で、今日という日を迎える覚悟を決めた。
◇ ◇ ◇
四人の側近たちは、見違えるほど顔色が良くなっていた。
ヴァインの瞳に、知恵者としての鋭くも温かい光が蘇っている。
「陛下……昨夜の『荒療治』には参りました。ですが、おかげで夢も見ぬほど深く眠れました」
アラリックの掌には真新しい包帯。
悲壮な鋭さは消えていた。
「これからは、自らを大切にすることも、陛下を守るための務めの一つと心得ます」
リオラとエリンは並んで跪いている。
「明日をも知れぬ」切迫感は消え、戦士としての静かな鋭さだけが残る。
「影もまた、光がなければ存在できません。陛下が望むなら……時には陽の下で息をすることを許してください」
エリンが微かに笑う。年相応の、あどけない笑顔。
「……昨夜は、穏やかな夢を見ました」
彼らはもはや自分を殺すような働き方はしていない。
若き王の「一部」として機能することに、誇りと余裕を持ち始めている。
「……よし。では、始めるぞ」
◇ ◇ ◇
王が部下に頭を下げたという噂は、一夜にして広がった。
爆発的な忠誠心。だが盲目的な狂信ではない。
互いの弱さを認め合った、強固な信頼関係。
兵士たちは、若き王を共に戦う「仲間」の頂点として敬っていた。
内政も安定し始めている。
父王エドワード三世が事務を代行し、混乱は最小限だ。
難民キャンプは「王立工区」として承認され、城壁の強化が進む。
ロザリンからの「南の備蓄確保」の連絡により、食糧問題も一時の猶予を得た。
◇ ◇ ◇
メフィストの工房。
レオンが「言葉」を取り戻していた。
「……陛下」
複数の声が重なったような、不思議な残響。
だが瞳には、確かにレオン自身の意志が宿っていた。
「教皇国の軍勢は、もう国境の川を渡っています。彼らの『聖櫃』の中に……私と同じ、穴の向こうの声が聞こえます」
若き王は肩に手を置く。
「よく戻ってきた、レオン。……お前の力が必要だ」
「……御意、陛下」
◇ ◇ ◇
メフィストが「それ」を差し出す。
黒い金属と、「蔓」の生体組織が絡み合った魔導義手。
「神喰いの右腕」。
静かにドクン、ドクンと脈打っている。
「装着なさいますか、陛下」
「……ああ」
義手を右肩の切断面に当てる。
冷たい金属が、熱い神経と繋がる。
ズガンッ!!
情報の奔流が脳を駆け抜ける。
再び響き始める「合唱」。
だが、若き王には今、それを支える「鋼の心」と「四人の側近」がいた。
黒い義手の拳を握りしめる。
指が動く。滑らかに、力強く。
「……いいぞ、メフィスト。よくやった」
「ケケケ……光栄でございます、陛下」
◇ ◇ ◇
黒い煤が混じった雨上がり。
広場には、不安を抱えた民と難民が集まっていた。
若き王はバルコニーに立つ。
右肩には、マントの下で脈打つ魔導義手。
「アラリック。合図とともに、その心強さを民に示せ」
「……御意」
若き王は声を張り上げた。
命令ではなく、切実な「願い」として。
「レムリアの民よ。そして、救いを求めて辿り着いた友よ」
難民たちが顔を上げる。「友」という響き。
「情勢が落ち着かず、不安だと思う。どうか一時的に配給が不足しても、難民を責めないでほしい」
旧来の民に動揺が走る。
「彼らはきっと、この国を豊かにする助けとなる。同じ民として、平等に接してほしい」
一拍置く。
「ただ、こんな時期だからこそ……私が完璧でないため、側近ほど狂信的なまでに働いてしまう」
静かなざわめき。王が弱さを認めている。
「その影響で、その部下たちも視野が狭くなっているかもしれない」
欠損した右肩を晒すようにマントを動かす。
「……私は完璧な王ではない。見ての通り、右腕一本すら守れなかった男だ」
息を呑む民衆。
「ただ、国は王ではない。民あっての国だ」
声が力強くなる。
「行き過ぎた雰囲気があれば……民の方から、部下の目を覚まさせてほしい。心が折れかけていたら、責めずに支えてほしい。官民一体にならないと、乗り越えられない争いが迫っている」
深く頭を下げる。
「どうか、よろしく頼む」
広場が凍りつく。
王が頭を下げ、側近の心を救ってくれと願っている。
その謙虚さが心の「壁」を溶かした。
敬意、信頼、そして共に生きる決意。
◇ ◇ ◇
若き王は顔を上げた。
「ただ、安心してほしい」
声が鋭くなる。
「お前たちが互いを支える間、敵を阻む『盾』は私が用意した」
黒い義手を晒す。
異形の腕。だが、若き王はそれを誇りとして掲げた。
「この腕は、私を蝕んだ呪いから生まれた。しかし今、それは私の剣となり、お前たちを守る盾となる」
アラリックを見る。
「アラリックよ! その証拠を、民たちに示せ!」
合図とともに、重装歩兵たちが動く。
「——レムリアに栄光をッ!!」
アラリックの咆哮。
旧レムリア軍、元帝国軍、ベリサリウスの老兵たち。
一糸乱れぬ動作で盾を打ち鳴らす。
ガシンッ! ガシンッ!!
地響きのようなリズム。完璧な同調。
圧倒的な威圧感が、「守られている」という実感を民の魂に刻み込む。
歓声が上がる。
恐怖からの解放ではない。共に戦う決意の表明。
「レムリア万歳!」
「新王陛下万歳!」
難民も、旧来の民も、同じ声で叫んでいた。
もはや壁はない。
一つの国の、一つの民として、そこに立っていた。
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