第31話 決戦前夜の宴 ~愛する部下たちへの、王の謝罪~
その夜。
広間には香ばしい肉の匂いと、暖炉のパチパチという音が満ちていた。
戦時下の宴。
だが若き王は知っていた。鋼は叩けば折れ、糸は張れば切れると。
広間には側近四名と、直属の部下たちが集められていた。
酒が回り始めた頃、王は静かに口を開く。
「ヴァイン、アラリック、リオラ、エリン。席を外してくれ」
四人が顔を上げる。
「忖度のない『仕事ぶり』を聞きたい。上司がいると話しにくかろう」
王命には逆らえない。四人は隣室へと下がった。
◇ ◇ ◇
広間に残されたのは、萎縮する老書記官、若い十人長、影の部隊の端くれ。
緊張で震えている。
若き王は玉座から降り、彼らと同じ目線に立った。
「無礼講だ。ありのままを話せ。側近たちは、今、どうなっている?」
真摯な言葉に、悲痛な訴えが溢れ出す。
「ヴァイン様は……昼食を三日抜かれました。『陛下のペンが動いている間は箸は動かせん』と……もう限界なのです」
「アラリック様は……夜中に左腕一本で槍を振るう訓練を続けておられます。ご自身の右腕を縛り上げ、血を吐くような気迫で……眠ることなく地獄を歩いておられます」
「リオラ様もエリン様も……まばたきすら忘れたガラスのような目をしておられます。心を休める場所がないのです」
悲鳴に近い訴え。忠誠と愛ゆえの悲鳴。
若き王は静かに立ち上がり、跪く彼らに深く頭を下げた。
広間が凍りつく。
「……すまない」
静寂に染み渡る声。
「私の不徳ゆえ、彼らを追い詰めてしまった」
部下たちが息を呑む。
「王として命じても、彼らは忠義ゆえに聞かぬ。私の命令すら重荷になっている」
瞳が潤む。
「だから、一人の友として頼む。彼らの隙を見つけ、茶を飲ませ、背中を叩いてやってくれ。彼らを『人間』として繋ぎ止めるのは、一番近くにいるお前たちの支えだ」
部下たちの目から涙が溢れる。
「……彼らが戻ってきたら、思い切り盛り上げてやってくれ。頼んだぞ」
嗚咽が漏れる中、足音を殺して隣室へ向かう。
◇ ◇ ◇
隣室。直立不動で待つ四人。
空気は張り詰めている。
若き王は、射抜くような、しかし温かい目で見据えた。
「一生懸命に働くことと、己をすり減らすことは、似て非なるものだ」
背筋が強張る。
「ヴァイン、アラリック、リオラ、エリン」
慈しむように名を呼ぶ。
「お前たちは、私の一部だと言ったはずだ」
欠損した右肩を叩く。
「私が腕を失った今、お前たちが壊れてしまえば、私は二度と立ち上がれなくなる。それは敵に殺されるのと同じことだ」
沈黙。雨音だけが遠く響く。
「この呪いの腕を装着し、耐え抜くためには、周りの世界が『正気』でなければならん」
切々たる声。
「お前たちがボロボロで、どうして私が自分を保てると信じられる? お前たちの苦痛は、私の苦痛だ」
ヴァインの手が震え、アラリックの目が揺れる。
「いいか、これは命令だ」
鋭く、優しく。
「私を安心させてくれ」
目が見開かれる。
「お前たちが自分を大切にすることが、最大の支えであり、最強の武器なのだ」
一拍置く。
「……覚悟ができたら戻ってこい。冷めた肉は不味いぞ」
微笑んで部屋を出る。
残された四人は動けない。
張り詰めていた糸が切れた。
ヴァインは涙を流し、アラリックの拳から血が滲む。リオラとエリンは手を握り合い震える。
目に宿っていた鋭さが溶け、人間としての温かみが戻り始めた。
◇ ◇ ◇
宴は騒がしいものとなった。
涙を流す兵士たちが、無礼講で酒を注ぐ。
ヴァインも杯を干し、アラリックは照れくさそうに笑う。
リオラとエリンの目には、柔らかい光が宿っていた。
宴の終盤。
「影の者」が動く。
側近四人の杯に、深い眠りを誘う薬が投じられた。
「……陛下、一滴残らず」
四人は既に、数年分の疲れを癒すような深い眠りに落ちていた。
アラリックは豪快に。ヴァインは安らかに。
リオラとエリンは寄り添うように。
若き王は毛布をかけさせ、静まり返った広場を見つめた。
窓の外には星々。北の空には不吉な黒煙。
聖戦軍は目前に迫っている。
しかし、今夜だけは。
彼らを戦場から遠ざけ、眠らせてやりたかった。
若き王は幻覚痛を感じながら、静かに目を閉じた。
明日からまた地獄が始まる。
だが、今夜だけは——安らかに。
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