第30話 魔導義手「神喰い」と、復活の魔導騎士
若き王は不眠不休で国務に当たった。
だが、心には常に棘のような懸念があった。
側近たちのことだ。
王の前では弱音を吐かない。
だが、その糸はいつ切れてもおかしくない。
「影の目」に命じる。
寝室の闇に溶け込む影が、震える声で報告を上げた。
「……側近の方々に『裏切り』の意志はありません。しかし、皆、魂を削りながら歩いております」
影は名を挙げる。
「老宰相ヴァイン様。食事を忘れ、体は枯れ木のようです。時折、鏡を見て……『陛下の右腕が奪われたのは私のせいだ』と、声を殺して泣いています」
若き王の胸が痛む。
「騎士団長アラリック様。彼は睡眠を捨てました。深夜、左腕一本で剣を振るう型を研究し続けています。……その掌は、血が固まって常に黒ずんでいます」
失った右腕の幻覚痛。
アラリックの血まみれの掌と、魂のどこかで繋がっているような。
「リオラ様とエリン様。忠誠は『信仰』に近い危険な領域です。リオラ様は過敏になり、エリン様は自らを『陛下の肉体』と思い込んでいます」
ガラスのように張り詰めた、まばたきすら忘れた目を思い出す。
「カイルについては」
声が明るくなる。
「豪遊しながら交渉を進めていますが……『レムリアの王に、大陸のすべての金貨を積み上げさせてやる』と豪語しているそうです」
微かに笑う。彼らしい。
「分かった。下がっていい」
影が消える。
北の黒い煙。胸の奥には、感謝と重い申し訳なさが沈殿していた。
◇ ◇ ◇
数日後の朝。
メフィストが「異形」を持って現れた。
黒いベルベットに包まれた、重い塊。
「ヒ、ヒヒッ……お待たせしました」
歓喜に震える仮面。
「……これは腕ではありません。『杭』であり、『牙』です」
布を剥ぐ。
黒曜石のような金属と、「蔓」の生体組織が絡み合う。
禍々しくも美しい、魔剣のような義手。
「名称は……『神喰いの右腕』」
恭しく差し出す。
「機能は三つ。一つ、『黒い蔓』を射出し、物理的な破壊力を生む。二つ、宝印の光を通し、封印魔術を増幅する」
声が低くなる。
「三つ……代償ですが。装着中、陛下は『黒死病』の侵食と戦い続けることになります」
目を細める。
「精神を保たねば、肉体を『苗床』として飲み込むでしょう。……手綱は、ご自身で握ってください」
義手は静かに脈打っている。
若き王と一体化するのを待っているかのように。
「……分かった。受け取ろう」
左手で受け取る。
右肩の傷口が、共鳴するように熱を持った。
◇ ◇ ◇
同時刻。
第一皇子ルキウスの容体が急変した。
「黒い蔓」の侵食が進み、言葉を発することもできない。
だが死を待つ瞳で、北の「古い図書館の跡地」を指差し続けていた。
帝国が隠し、教皇国が恐れた「世界の真実」。
黄金の鍵を懐に収める。
状況は煮詰まりつつあった。
国内は国力が膨れ上がる一方、食糧自給の限界が近い。
外交では、教皇国の「聖戦軍」が国境まであと三日に迫る。
軍事は、神格化するほどの団結を見せ、死をも恐れぬ集団と化していた。
時間がない。
しかし、どうしてもやらねばならないことがあった。
◇ ◇ ◇
「側近四名と、信頼のおける関係者を集めよ」
命令が下る。
「少しでも落ち着いた今、活躍を労いたい。決起会も兼ねよう」
ヴァインが怪訝な顔をする。
「聖戦軍が目前です。宴を開いている場合では……」
「ヴァイン」
瞳に宿る慈愛と決意。
「彼らは緊張が行き過ぎている。糸が切れれば崩壊する。休息を与えねばいけない」
ヴァインは沈黙し、深く頷いた。
「……承知しました。準備いたしましょう」
退出後、再び影を呼ぶ。
「……宴の終盤、側近四名の酒に、眠り薬を混ぜろ。気付かれぬよう、一滴残らず飲ませろ」
影が無言で消える。
若き王は「蝕の義手」を見つめた。
裏切りかもしれない。だが、彼らを守るための唯一の道だった。
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