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隻腕の代理王 ―腕一本で国が救えるなら、安いものだ―  作者: ryoma
【第5章:聖戦前夜編】

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第30話 魔導義手「神喰い」と、復活の魔導騎士

若き王は不眠不休で国務に当たった。

だが、心には常に棘のような懸念があった。

側近たちのことだ。

王の前では弱音を吐かない。

だが、その糸はいつ切れてもおかしくない。


「影の目」に命じる。

寝室の闇に溶け込む影が、震える声で報告を上げた。


「……側近の方々に『裏切り』の意志はありません。しかし、皆、魂を削りながら歩いております」


影は名を挙げる。


「老宰相ヴァイン様。食事を忘れ、体は枯れ木のようです。時折、鏡を見て……『陛下の右腕が奪われたのは私のせいだ』と、声を殺して泣いています」


若き王の胸が痛む。


「騎士団長アラリック様。彼は睡眠を捨てました。深夜、左腕一本で剣を振るう型を研究し続けています。……その掌は、血が固まって常に黒ずんでいます」


失った右腕の幻覚痛。

アラリックの血まみれの掌と、魂のどこかで繋がっているような。


「リオラ様とエリン様。忠誠は『信仰』に近い危険な領域です。リオラ様は過敏になり、エリン様は自らを『陛下の肉体』と思い込んでいます」


ガラスのように張り詰めた、まばたきすら忘れた目を思い出す。


「カイルについては」


声が明るくなる。


「豪遊しながら交渉を進めていますが……『レムリアの王に、大陸のすべての金貨を積み上げさせてやる』と豪語しているそうです」


微かに笑う。彼らしい。


「分かった。下がっていい」


影が消える。

北の黒い煙。胸の奥には、感謝と重い申し訳なさが沈殿していた。


◇ ◇ ◇


数日後の朝。

メフィストが「異形」を持って現れた。

黒いベルベットに包まれた、重い塊。


「ヒ、ヒヒッ……お待たせしました」


歓喜に震える仮面。


「……これは腕ではありません。『杭』であり、『牙』です」


布を剥ぐ。

黒曜石のような金属と、「蔓」の生体組織が絡み合う。

禍々しくも美しい、魔剣のような義手。


「名称は……『神喰いの右腕デウス・イーター』」


恭しく差し出す。


「機能は三つ。一つ、『黒い蔓』を射出し、物理的な破壊力を生む。二つ、宝印の光を通し、封印魔術を増幅する」


声が低くなる。


「三つ……代償ですが。装着中、陛下は『黒死病』の侵食と戦い続けることになります」


目を細める。


「精神を保たねば、肉体を『苗床』として飲み込むでしょう。……手綱は、ご自身で握ってください」


義手は静かに脈打っている。

若き王と一体化するのを待っているかのように。


「……分かった。受け取ろう」


左手で受け取る。

右肩の傷口が、共鳴するように熱を持った。


◇ ◇ ◇


同時刻。

第一皇子ルキウスの容体が急変した。

「黒い蔓」の侵食が進み、言葉を発することもできない。

だが死を待つ瞳で、北の「古い図書館の跡地」を指差し続けていた。


帝国が隠し、教皇国が恐れた「世界の真実」。

黄金の鍵を懐に収める。


状況は煮詰まりつつあった。

国内は国力が膨れ上がる一方、食糧自給の限界が近い。

外交では、教皇国の「聖戦軍」が国境まであと三日に迫る。

軍事は、神格化するほどの団結を見せ、死をも恐れぬ集団と化していた。


時間がない。

しかし、どうしてもやらねばならないことがあった。


◇ ◇ ◇


「側近四名と、信頼のおける関係者を集めよ」


命令が下る。


「少しでも落ち着いた今、活躍を労いたい。決起会も兼ねよう」


ヴァインが怪訝な顔をする。


「聖戦軍が目前です。宴を開いている場合では……」

「ヴァイン」


瞳に宿る慈愛と決意。


「彼らは緊張が行き過ぎている。糸が切れれば崩壊する。休息を与えねばいけない」


ヴァインは沈黙し、深く頷いた。


「……承知しました。準備いたしましょう」


退出後、再び影を呼ぶ。


「……宴の終盤、側近四名の酒に、眠り薬を混ぜろ。気付かれぬよう、一滴残らず飲ませろ」


影が無言で消える。


若き王は「蝕の義手」を見つめた。

裏切りかもしれない。だが、彼らを守るための唯一の道だった。


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