第29話 金で買える正義 ~南の商人たちとの交渉~
「南に自ら行きたいが、国をあけすぎている」
玉座に深く腰掛け、カイルとロザリンを見据える。
隻腕となった肩の痛みは、未だ引かない。
だが瞳の光は鋭い。
「カイル、ロザリンを連れて南に向かえ」
カイルの目がギラリと光る。
「お前にもう縛りはいらない。自らの判断で、面白い選択をしてこい」
微かに、信頼を込めて笑う。
「最近は真面目に働かせすぎた。たまには羽を伸ばして、毒を撒いてこい」
カイルはスキットルを煽り、ニヒルに笑う。
「……面白い選択、ですか。陛下、俺を甘く見ない方がいい」
知性と狂気が混ざり合う目。
「あんたが気づいた時には、南を丸ごと公国の『金蔵』に変えているかもしれない。奴らの金で、奴ら自身を買収してきますよ」
ロザリンが紫煙の中で笑う。
「あの石頭の商人どもには、神に祈るより、金貨の音で踊る方がお似合いよ」
艶やかに立ち上がる。
「任せて。教皇国が聖戦の準備を終える前に、資金の蛇口を閉めて干上がらせてみせるわ」
◇ ◇ ◇
二人は影のように控えている。
「リオラとエリン。お前たちは私専属の護衛となれ」
目が見開かれる。
「いついかなる時も、私の側にどちらかはいろ。寝ている時も、食事の時もだ」
静かだが、重い声。
「私の命、お前らに預けるぞ」
リオラは無言で跪く。
指先が王の影を震えながらなぞる。
「……陛下の側を離れぬこと。それが唯一にして絶対の『命』」
エリンは「暗殺者」の静謐な美しさを纏い始めていた。
「……陛下。あなたの背中は、私が守る。教皇国の坊主どもがどんな手を使おうと、喉元に届く前に心臓を止めるわ」
「そなたたちの部隊『銀の鴉』は、我が国の血液だ」
若き王は続ける。
「居なくては機能が止まる。必要に応じて拡充しろ。予算は惜しむな」
「承知しました」
「教皇国の希望、古儀式派との接触も頼む。多少無茶をしても価値はある。リラの歌を頼りに糸を繋げ」
「……御意。闇の中で、光を見つけてまいります」
◇ ◇ ◇
若き王はヴァインに向き直る。
「ヴァイン、父上を隠居させておく余裕がなくなった」
老いた目が驚きに見開かれる。
「助力願いに行くぞ。父上の元、信頼おける貴族とともに、難民が増えて複雑化している内政を任せる」
冷徹な指示。
「一部セバスチャンに全権を与え、好きにさせろ。あの男の『数字への執着』は使える。ただし影の者で探らせろ。裏切れば即座に消す」
「承知しました。手綱は私が握りましょう」
「帝国については、ヴォルカスたちに任せろ。第一皇子を救う努力はしてほしいが、死ぬリスクを負う必要はないと伝えろ」
声が低くなる。
「保護できたら隔離して様子を見ろ。皇子が『使える駒』か『ただの火種』か、見極める必要がある」
「承知しました」
「また、貴殿の後継も探し、育成を始めろ」
ヴァインの目が揺れる。自身の老いと、王の気遣い。
「そなた一人じゃ足りんし、この国の頭脳であるそなたに何かあったら、この国は機能停止する」
深く頭を下げる。
「……陛下のお心遣い、痛み入ります。私の知識、残らず継承させます」
◇ ◇ ◇
若き王は父王の寝所を訪れた。
胸の黒い蔓を隠すようにローブを纏った父王。
「父上」
ゆっくりと振り返る。
病人の弱々しさはない。「鉄獅子」の光。
「……分かった」
息子の隻腕を一瞥し、深く頷く。
「この老いた体でも、民の盾にはなれる。内政は引き受けよう。お前は外の敵に専念せよ」
微かに笑う。
「……セバスチャンという男、気に入った。あれは毒だが、使いどころを間違えねば特効薬だ。私が上手く使いこなしてみせよう」
◇ ◇ ◇
最後に、アラリック。
泥と血にまみれた鎧のまま駆けつける。
「アラリック」
「はい」
「レオンのことは一任する」
目が揺れる。
「復活してほしいが、彼の元の清い心は失わせるな。遅くなっても構わない。メフィストと連携せよ。あいつが暴走しないよう、お前が監視しろ」
「……陛下の慈悲に感謝いたします」
深く頭を垂れる。
「心を殺さぬまま、魔導の力を宿す……メフィストには、私からも厳しく言い含めます」
「また」
王の威厳を帯びた声。
「今後お前は、リオラ達とは違い、私の命ではなく、国の命を背負っていることを肝に銘じろ」
背筋が伸びる。
「『公国にはアラリックあり』と思わせろ。お前がいる限り、この国は落ちないと敵に思わせるのだ」
一拍置き、悪戯っぽく付け加える。
「……反乱だけはしてくれるなよ?」
アラリックは窓の外を見つめた。
練兵場の熱気が見える。
「……反乱、ですか」
微かな、揺るぎない笑み。
「陛下、そんな冗談は、私が『公国にはアラリックあり』と全大陸に轟かせた後にしていただきたい」
見つめ返す瞳は澄み渡っている。
「私は貴方の剣であり、国の壁。……失われた右腕の代わり、しっかりと務めさせていただきます」
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