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隻腕の代理王 ―腕一本で国が救えるなら、安いものだ―  作者: ryoma
【第4章:決別と喪失編】

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第25話 帝都崩壊 ~宮殿を食い破る黒い塔~

若き王は、迷いを断ち切るようにヴォルカスに視線を向けた。


「ヴォルカス!」

「……何だ」


未だ揺れるヴォルカス。

その迷いを一刀両断する。


「もうお前は俺の部下だ!」


目が大きく見開かれる。

命令であり、「これ以上、孤独な裏切り者にはさせない」という宣言。


「練兵場をまとめあげろ! お前らも公国へ帰還するぞ! ここにはもう、守るべき帝国はない!」


真っ向からの宣戦布告。

皇帝の精鋭部隊を丸ごと「盗む」。

狂気じみた提案だが、唯一の光に見えた。


ヴォルカスは兜の中で深く息を吸い込み、覚悟を決めて頷いた。


「……御意! 腐った肥溜めで溺れ死ぬよりは、公国の泥にまみれる方がマシだ!」


面を荒々しく下げ、裂帛の気合いで叫ぶ。


「練兵場の諸君、聞け! 本日をもって我らはレムリア公王の盾となる! 全員、新王の後に続けッ! 活路を開くぞ!」


ドォンッ!!

五百の老兵たちが盾を打ち鳴らし、応えた。

裏切りではない。「誇り高き武人たちの大移動」だった。


若き王は、次にカイルを見た。


「カイル!」

「……何だ」

「また例の力で一刻を稼ぐ」


声を低く潜める。


「効果が切れた後、私の右腕を切り捨てろ」


カイルの目が揺れる。


「見極めは前の要領で行え。躊躇うな」


全員を見渡す。


「全員、異論は許さん!」


雷鳴のように響く声。


「行くぞ!」


◇ ◇ ◇


「ケケケッ! 仰せの通りに……死の淵を歩む王よ!」


メフィストが右腕に近づく。

黒い蔓が最も激しく脈打つ「根」。右肩の付け根。

太い注射針を迷いなく突き立てた。


瞬間。

凍てつく冷気が血管を駆け抜ける。

激痛が「無」へと変わる。

不気味な合唱が、防音壁の向こうへ追いやられる。


「……ッ」


右腕から一切の感覚が消えた。

ただの「呪いの塊」をぶら下げている感覚。


しかし、頭は明瞭だった。

感情が凍りついたような冷徹な集中力。

左手で「公国全権委任の宝印」を握りしめ、感覚の消えた右腕を掲げる。


「——道を開けろ」


静かに響く声。


「我らは帰るべき場所へ帰る!」


キィィィィン……!


宝印が共鳴し、鋭く冷たい蒼い光を放つ。

一点集中の「光の槍」。


ドォォォン!!


変異体たちが閃光に焼かれ、一瞬で塵へと還った。


「今だ! 全軍、突破ァッ!!」


アラリックの咆哮。

鋼の楔が、帝都の路地を風のように駆け抜けた。


◇ ◇ ◇


帝都脱出の瞬間。

ズズズ……グォオオオオオン!!


背後で破壊音が響く。大地が悲鳴を上げている。

宮殿の地下から、巨大な「黒い塔」が突き出していた。

皇帝の金剛宮を食い破るように。

帝都の建物が地割れに飲み込まれる。


民衆の悲鳴が、「合唱」にかき消されていく。

カストルの高笑いが聞こえた気がした。

あるいは、帝国の断末魔か。


若き王は、もう振り返らなかった。

前を見据えて馬を走らせた。


◇ ◇ ◇


数時間後。

雨は止んだが、空は黒い雲に覆われている。

追っ手の気配はない。帝国軍は壊滅的な混乱にあるのだろう。


街道の脇、深い森の入り口で停止する。


「……陛下、時間だ」


カイルが馬を寄せ、抜き身の短剣を握る。

雨と汗に濡れた顔。


メフィストの薬で「沈静化」していた黒い蔓が、毒すら栄養にして暴発寸前まで膨れ上がっていた。

首筋に黒い筋が浮き出る。

意識が朦朧とし、痛みと合唱が押し寄せる。


『……来イ……器ヨ……』


「陛下……言った通り、切り捨てますよ」


刃が肩口に当てられる。

アラリックは血を流すような苦渋の表情で立ち尽くす。

ベリサリウスも、ヴォルカスも、震えながら王の決断を待つ。


右腕が意思とは無関係に、カイルの喉元へ動いた。殺意を持って。


「カイル!」


掠れた声。王の意志。


「早く切り捨てろ!」


カイルの目が見開かれる。

威厳も武力も、半分失う。


「腕はもう一本ある!」


カイルは理解した。

いざとなったら左腕も杭にする覚悟。


「腕はメフィストにくれてやれ!」

「暴走させたら腕ごと切り捨てるので、覚悟がないなら受け入れるなと伝えろ!」


視界が黒く塗りつぶされる。


「早くしろ! 帰るぞ!」

「……ッ、承知した、陛下!」


迷いが消える。

逆手に握った短剣の柄を強く締め直す。


「アラリック、陛下を支えろ! 舌を噛まないように布を噛ませろッ!」


アラリックは無言で、強固な腕で主君を固定した。

周囲を囲む兵士たちが、その意志を網膜に焼き付ける。


「……一息で行きますよ」


カイルの声。

視界が真っ赤に染まる。

「合唱」が断末魔のような高音へ跳ね上がる。

黒い蔓が喉元へ這い上がろうとした、その瞬間——。


ザンッ!


閃光。

銀光が雨の帳を切り裂き、右肩を深々と貫いた。


熱い。

あまりにも熱い衝撃。

骨が断たれる、ゴリッという鈍い音と振動が脳天まで駆け上がる。


「が、ああああああああああッ!!」


声にならない絶叫。

切り離されたのは肉体だけではない。

魂から無理やり引き剥がされた「地獄の一部」。


切断面から、赤い血と共に黒い粘液が噴き出す。


ドサッ。


地面に落ちた「右腕」は、生き物のように跳ねた。

土を掻きむしり、カイルの足元へ襲いかかる。


「メフィスト! 拾えッ!!」


カイルの叫び。

メフィストが金属製の円筒を投げ被せる。

ガシャン!

筒の中で、「腕」が金属壁を叩き、呪いの叫びを上げている。


「ヒ、ヒヒッ……素晴らしい! 最高の素材だ!」


メフィストの仮面が震える。


「陛下、約束は守りますよ。この『呪い』、必ずや『忠実な飼い犬』にまで飼いならしてみせましょう!」


若き王は、失われた右肩の激痛の中で、意識を手放した。

雨音だけが、静かに響いていた。


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