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隻腕の代理王 ―腕一本で国が救えるなら、安いものだ―  作者: ryoma
【第4章:決別と喪失編】

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第23話 五百の盾が鳴る時 ~新王の陣所~

帝都外郭練兵場。

石造りの無骨な建物が並ぶ、殺風景な一画。

帝都の繁栄からは完全に切り離された場所だ。

香水の代わりに、汗と鉄錆、古い傷が疼く湿布薬の匂い。

金箔の近衛兵はいない。

継ぎ接ぎだらけの鎧を纏い、雨の中で木剣を振るう老いた傷だらけの兵士たち。

研ぎ澄まされた本能。枯れ木のような静寂。

その視線が、侵入者である若き王へ一斉に向けられる。

敵意というより、獲物を見定める狩人の目。


練兵場の中央。屋根もない泥濘の中。

一人の巨漢が立っていた。

白髪混じりの髭。巨大な戦斧を杖のように突く男。

「帝国の盾」、ベリサリウス大将軍。


若き王の「二重の視界」が彼を捉える。

帝都を覆う黒い蔓が、この練兵場の周囲だけは地中で避けて通っている。

ベリサリウスからは、黄金の「闘気」のような光が漏れていた。

呪いではない。純粋な戦士の「気」。


「……ヴォルカスか」


重厚な声。


「それに、そちらの若造がレムリアの新しい主か」


右腕を一瞥し、鼻を鳴らす。


「その腕……『杭』としての重荷を、自ら引き受けたか」


物理的な圧力を伴う視線。


「カストルの狐野郎に尻尾を振らず、わざわざこの泥臭い墓場を選んで来るとは、見上げた度胸だ」


◇ ◇ ◇


練兵場の入り口に、不穏な影。

カストルの重装歩兵と、黒装束の集団。

包囲の輪を縮めてくる。その数、二百超。

カストルは宮殿へ戻ったわけではない。

ここで始末する気だ。


「陛下、カストルは第一皇子を待たずに皆殺しにする気でしょう」


カイルが囁く。

アラリックは槍を構える。

メフィストは舌なめずりをし、リラは竪琴に指をかける。


「新王よ」


ベリサリウスが戦斧を担いだ。


「ここの連中は、俺に恩義があるか、帝都に馴染めなかったはみ出し者ばかりだ」


試すような目。


「……あんたがこれからどう戦うつもりか、俺の戦斧に納得させてみろ」


ドォンッ!!

戦斧の石突きが地面を打つ。

練兵場が震える。


「納得すれば、この五百の老兵、あんたの盾として貸してやらんこともない」


遠くから近づく、巨大な軍勢の足音。

第一皇子の本隊か。時間がない。


◇ ◇ ◇


若き王は沈黙した。

ベリサリウスの瞳を見つめる。揺るぎない「武人」の魂。

言葉だけでは軽すぎる。


「私の言葉では無理だな」


ベリサリウスの眉が動く。


「ただ」


若き王は振り返った。


「腐った兵に、我が右腕が育て上げた軍隊が負けるとは思えない」


アラリックを見つめる。


「作戦ではないが、アラリックとその軍を見てくれ」


絶対的な号令。


「アラリック、軍の士気を爆発させろ」


アラリックの目に、灼熱の炎が宿った。


◇ ◇ ◇


騎士団長アラリックが一歩前へ。

槍を掲げることもなく、腹の底から響く声で号令を下した。


「レムリアの盾、並びに志を共にする者たちよ」


厳かな声。


「主君の『右腕』を見よ」


ガシャンッ!!


レムリア兵、ヴォルカスの兵が、一糸乱れぬ動作で盾を打ち鳴らした。

恐怖を捨てた、暴力的なまでに純粋な金属音。

カストルの兵が気圧されて止まる。


「我らの王は、帝国が解き放った地獄を、その身に封じてここへ来られた」


声が大きくなる。


「我らが泥にまみれるのは、無様な敗北のためではない」


ドンッ!

槍の石突きで地面を叩く。


「この大陸の最前線に立つためだ!」


兵士たちが一斉に、地鳴りのような低い唱和を始めた。

魂の咆哮。

本物の死線を潜り抜けた者たちの「静かなる狂気」。


ベリサリウスの老兵たちが目を見開く。

知っている。

かつて帝国の栄光のために命を捧げていた頃の、あの音を。

本物の「軍隊」の音を。


◇ ◇ ◇


若き王は、隻眼の傭兵ゴルガスを見た。


「ゴルガス」

「……何だ」

「短い時間だったが、評価を率直に伝えるといい」


微かに笑う。


「私もベリサリウスも、嘘は通じない相手だぞ」


ゴルガスが鼻で笑う。


「……分かってるよ。口下手な俺に任せるなんざ、いい性格してやがる」


大剣を地面へ突き立て、ベリサリウスの前へ。

媚びることなく、唾を吐き捨てるように語る。


「大将軍、久しぶりだな。あんたの拳の味はまだ覚えてるぜ」

「……ゴルガスか。まだ生きていたか」

「ああ、地獄からも追い返された」


親指で若き王を指す。


「俺の眼は腐ったが、『本物』か『偽物』かくらいは見える」


声が低くなる。


「この若造……陛下はな、カストルの狐野郎に真っ向から『信じない』と言ってのけた。あの蛇の前でだ」


ベリサリウスの目が細くなる。


「それだけじゃない。北の地獄で、部下を救うために自ら呪いを引き受けた。……俺が見捨てた『名誉』とかいうクソみたいなもんを、泥の中から拾い上げて、独りで背負ってやがる」


濁った片目で射抜く。


「帝国は今や黒い蔓に食い荒らされている。……このまま腐った上層部と心中するか、それともこの『狂った王』の博打に乗って、武人の意地を通すか」


凶悪な笑み。


「……あんたなら、答えはもう出てるはずだろ?」


重い沈黙。

雨音だけが響く。

ベリサリウスは若き王を見つめていた。

黒い蔓。覚悟を決めた兵士たち。

そして、その目に宿る純粋な決意を。


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